男たちが倒れている間に、なんとか私も逃げ出すことが出来た。
それにしても驚いたわ。いきなり透が現れるなんて……なんでなの?
それに、彼が透を良く知っているような口ぶりだった……どうして?
家へ帰って落ち着いてから、彼に連絡をしてみる。
「今日はどうもすみませんでした。許してください。もうあの連中とは手を切りますから」
開口一番、謝ってくる口ぶりが涙声で必死な様子が窺える。
あれから、透と何かあったのかしら?
「どういうことか説明してくれる?」
「はい。僕は貴女からの投資の話があった時、自分の力が認められたと思ってとても嬉しかったのです。だけどプレッシャーもあって、こんな僕なんかの研究が本当に製品化出来るのかなって不安にも思っていたのです。でもその後すぐに、透さんにも足りない分の資金を与えられたことで、こんなにも認めてくれる人がいるなら、僕は凄いんだって思い上がってしまったのです。それで魔がさしたというか、少し賭け事に手を出してしまって――」
「待って、ストップ!」
まだ話が続きそうだったので、一旦止める。
どうして、透が?
「透が、私が尋ねたすぐ後に来たっていうの?」
「あ、はい」
「透と、元々知り合いだったの?」
「いえ……」
「それで、足りない資金を透が出すと?」
「はい」
どうして? さっきから同じ疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。そして何故か心臓がトクトクと拍動している。
「まぁいいわ。それで、続きを話してくれるかしら」
「あ、はい。それまで僕は真面目に生きてきたつもりですが、タガが外れたと言いますか、ギャンブルに夢中になってしまって、それでズルズルと……」
「そう、借金とかあるわけ?」
「えっと」
「もう、この際洗いざらい喋っちゃいなさいよ」
「はい、借金がありました。それで交友関係が変化して、昨日のああいう事になった次第です。ですが、今はもう彼らとは一切縁を切るつもりで……」
「そんなことが出来るの? 借金は?」
「全て透さんがなんとかしてくれるって……」
「は? なんで……」
どうして透がそこまで?
またしても、そこに行きついてしまうのだ。
透にとって、どんな利益があるというのか。
「あの、透さんと貴女は付き合っているのですか?」
「え? まさか、違うわよ」
「そうなのですね、最初から透さんは貴女のために動いているような気がしていて。そうだったら、とっても溺愛されているのだなって……あ、失礼しました。失言でした、忘れてください」
「そうね、聞かなかったことにするわ」
透が私を……なんて、そんなことある筈がないもの。
「それで、どうするつもり?」
「はい、もう一度死に物狂いで頑張ってみます。透さんに助けてもらった命だと思って取り組みます。今度こそ、信じてください」
「わかったわ、連絡はマメに取ってちょうだいね」
「はい」
彼――辰巳瞭――が、私が投資したことによって本来歩むべき道を外してしまったことは予想通りだった。だけど、そこに透が関わっていたなんて想定外よ、どうして透は彼を助けて、更に立ち直らせようとしているの?
彼は、私のためだというけれど、どうして私のために?
一人でグダグダと考えていたって埒があかないわよね。
私はひとつ、大きく深呼吸をする。
そして、スマートフォンを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。
いつかブロックした、透の番号を表示させる。
たっぷり十秒、画面を見つめたまま心を落ち着かせる。
そして、タップした。
繋がらないかもしれない、そう思っていた。
だけど、三回のコールの後に「もしもし」という声が聞こえてきた。
「あっ……」
自分からかけたくせに、言葉を発することが出来ずにいた。
「どうした、何かあったのか?」
透の声だった。何度か聞いた、心底心配している時の声だと思う。
「今日は、どうもありがとう」
「あぁ、別に。大したことはしていないから」
「でも、助かったわ。それと辰巳くんのことも、いろいろ便宜を図ってくれたって聞いたのだけど」
「あいつ、喋るなって言ったのに」
「どうして? 透がどうしてそんなことをするの?」
「いや別に。ただの気紛れだよ」
「そう」
そうよね、きっと私なんかのためじゃない。だって、私は勝手に透をブロックして拒絶したのだから。
「忙しいのにごめんなさい、お礼を言いたかっただけだから。それじゃ」
「待ってくれ」
「なに?」
「あぁ、いや。ブロックは解除してくれたんだろ? それともまた俺のことをブロックするのか?」
「それは、別に……」
「こちらからは意味もなく連絡はしない。でももし、また困ったことがあったら頼って欲しい。腕には自信があるから」
「そうね、それじゃあボディーガードとして雇おうかしら」
「え?」
「冗談よ、本気にしないで」
「あぁ、そうだよな。すまない」
本当に、そうだったなら良かったのに。
透と二人で力を合わせて生きて行けたなら……
そんな妄想を、今日だけは許してほしい。
結局、ブロックは解除したままとしたが、その後の透からの連絡は一切ない。
本当に困った時のための、頼みの綱といったところか。
「あれ香澄、何か良いことあったの?」
翌日、初音に会った途端にそんなことを言われる。
「どうして?」
「なんだか、そんな風に見えたのだけど。違うの?」
「うーん、どうだろ」
透との事は、良いことなのか悪いことなのか……
「なによ、それ。まぁいいわ。今日は私は書類作成に勤しむわね」
「うん、よろしく。初音がいれば心強いわぁ」
会社設立のための申請書類等の作成は、私よりも初音の方が得意分野だ。
というか、私の性格上の問題かもしれない。細かいことが苦手なのだ。
だって、面倒なんだもの。
「私は、資金調達に行ってくるわね」
「はーい、よろしく」
うん、適材適所よね。
「あれ香澄、また嬉しそうな顔じゃない?」
「あ、わかる?」
同じような会話で、次の日も事務所で初音に会う。
「何かあったの?」
「昨日ね、銀行を回った後に裕也さんに会ったのよ」
「そう、それで?」
「足りない資金を出してくれるって」
「ほんとうに?」
「うん」
私は良い報告だと思ったのに、初音は浮かない顔をしている。
「担保は?」
「え?」
「まさか、条件なしで?」
「あぁ、えっと……」
「なによ」
「大したことじゃないわ、今度、山田教授に会いに行く時に同席したいって」
初音の可愛い顔が渋い表情になる。あぁ、これは。長い付き合いだから分かる、お説教されるパターンだ。
「香澄のそういうところ、私はダメだと思う」
ほら、やっぱり。
「どこがよ?」
「お金を借りる代償よ? 大したことないわけないでしょ。何か思惑があるのよ、それで山田教授に迷惑がかかるかもしれないのよ?」
「そうかなぁ?」
「お嬢様の香澄には危機感が少なすぎるのよ」
「じゃあ、断った方がいい?」
「そうねぇ、それは香澄が判断すれば良いと思うけど」
「山田教授に迷惑がかからなければ良いのよね?」
「まぁ、そうだけど」
「私が、ちゃんとするわ。警戒していれば大丈夫よ」
初音はちょっと心配症なのよ、この時の私は根拠のない自信に満ちていたのだった。
To be continued