「ねぇ、初音と旅行なんて初めてじゃない?」
「そうね、まぁ単純な旅行ではないけど……」
そう言いながら、初音も嬉しそうだもの。たとえ、仕事絡みだとしても楽しまなきゃ損よね。
「許してもらえて良かったわ」
相変わらず、初音の両親は初音が遠出をすることを良しとしない方針だったが、私が頼み込んだのだ。
実際、初音が一緒の方がきっと山田教授との交渉は上手くいくと思うから。
今、私たちは新幹線で関西へと向かっている。旅行ではなく、山田教授に会うために。
「ねぇ、また早朝に約束したのよね?」
「そうよ、教授の朝活に誘われたら喜んで参加するわよ」
「朝活……はぁ、大丈夫かなぁ」
「あら、香澄にしては珍しく弱気じゃない?」
「だって、朝は弱いんだもの」
「私がフォローするから大丈夫よ」
やっぱり初音は優しい。自分が主体で動いたって良いはずなのに、そうやって私を立ててくれる。
「ううん、今回は初音に任せるわ」
「え?」
「いろいろ調べているのでしょ? 初音の熱意、山田教授に伝えてみたら?」
初音は目を丸くしたまま私の顔をじっと見る。
たっぷり数十秒、きっと頭の中でシュミレーションしていたのだろう。
「うん、やってみる」
そう、言ってくれた。
良かった、今回の旅はこの一言を引き出せただけで大きな収穫だ。
以前の初音だったら、きっと言えなかったと思う。親や先生、他の大人たちの言いなりだった初音。能力があるのに、それを活かせないなんてもったいないもの。
もしも今回の案件が上手くいかなかったとしても、この初音の成長は必ず今後に繋がる。
「そういえば、裕也さんはどうなったの?」
「あぁ、約束が早朝だったから都合がつかなかったみたい。またもし約束を取り付けられたら連絡することになったわ」
「そう」
無事に関西に着いた私たちは、早めの夕食を取り翌朝に備えた。
「おはようございます、山田教授」
「やぁ、気持ちの良い朝だね」
今朝は、前回よりも一時間も早く集合した。
朝六時から、何をするのかと思えば。
「では、行きましょうか」
「きょ、教授。準備運動とか、なくても良いのでしょうか?」
「大丈夫ですよ、ゆっくりなので。こうやって、ゆっくり走ることがすなわち準備運動なのです」
「は、はぁ」
「香澄、息が切れないスピードが重要なのよ」
そうは言われても……
「初音は、なんでそんなに余裕なのよ?」
「時々、朝に散歩しているからね。やってみたかったのよ、ジョギングも」
今回は、教授の朝活である早朝ジョギングに同行している。
しっかりとランニングウェアに着替えて、ぱっと見は一人前のランナーではあるが、私の息はおもいきり上がっている。
「ごめん、もう無理。ちょっと休憩」
「香澄ったら、まだ一キロじゃない」
「いえ、無理しない方がいいですよ、休みましょう」
「あ、お二人はお先にどうぞ。私は休憩してから歩いて向かいますから」
せっかくの朝活を私のために台無しになんて、させられないわよ。
「では、このコース周回ですから、ゆっくり歩いていてください。きっと追いつけると思います」
「あぁ、はい」
そうなのね、コースの情報は知らなかったけど、どうやら休憩していれば合流出来るらしい。助かった。もう一歩も走れる気がしないもの。
「はぁぁ」
二人が走り去ったあと、私は大きく深呼吸をして近くのベンチに座った。
澄んだ空気がおいしいと感じる。
公園内の遊歩道だから、車の排気ガスなんてないし、木々や花々のおかげかな。
太陽の陽が背中を暖めてくれるから、なんだかうたた寝してしまいそう。
「あれぇ、香澄ずっとここにいたの?」
三十分ほど経った頃、初音と教授はやってきて声をかけられた。二人とも余裕で会話をしながらゆっくりと走っている。凄い。
「そうよ、だって気持ちいいもの」
「あはは、確かに気持ち良さそうだ。では、この辺りで朝ご飯にしましょうか」
「え、ここで?」
教授の提案に驚いていると、既に、どこかに連絡を取っている。さすが、仕事が早い。
「配達をお願いしました。届くまでお喋りでもしましょう」
「あ、ありがとうございます」
なんだか、高尚な人なのにこんなに気さくで戸惑ってしまう。
「ジョギング中に、初音さんとはいろいろ話していたのですよ」
「あら、何を?」
「香澄さんの噂とか……」
「えっ?」
クスクスと二人で笑っているから、からかわれたのだと気付く。
「もう、やめてよ」
「いえいえ、香澄さんのことを褒めていましたよ」
「香澄にはいつも助けられて感謝しているって話よ」
「あら、そんな」
今度はやけに恥ずかしくなる。
「噂どおり、可愛らしい人ですね。おっと、これは人間的に魅力的だということでセクハラではありませんよ」
「光栄ですわ」
「あ、届いたみたいです」
自転車で、アルバイトの若者が朝食を届けてくれた。
「まぁ、美味しそう」
「クラブハウスサンドですか? 大好きです」
「お口に合うと良いのですが」
どうやら、初音と教授は早朝ジョギングでとても仲良くなったようで、朝食も和やかに過ぎて行った。
別れ際、教授が私に言った。
「それでは香澄さん、明日の夜に時間を作ります。知り合いのドクターにも声をかけますので何人か集まると思います。そこで話を詰めましょう」
「え、はい。よろしくお願いします」
私は深々とおじぎをして、別れた。
「ねぇーえ、初音。どういうこと?」
二人きりになって、初音に問いただす。
「ん?」
「教授に話を詰めるって言われたのだけど?」
「あぁ、あれね。実はジョギング中に提案してみたのよ。ダメで元々って気持ちでね、そうしたら教授が興味を持ってくれてね、やってみようか? という話になって――」
「待って、話がみえない。何を提案したの?」
「IPS細胞を使った再生医療についての勉強会を開くことよ」
「勉強会?」
「そう、資金を得るにはまず知ってもらうことが必要だと思うの。出来るだけたくさんの人に知ってもらえば、それだけたくさんの資金提供を受けることが出来るでしょ」
「まぁ、そうよね」
「勉強会っていっても堅苦しいものではなくてね、クイズ形式にしたり、素人にも分かりやすいようにかみ砕いて説明するのはどうかなぁと思っているの」
「なるほど。それで、参加者はどういう人を想定しているの? 集められるの?」
「専門家以外にも個人投資家や、インフルエンサーなんかも呼べれば面白いと思うわ。まぁ、そのあたりも明日しっかり話し合って、納得した上で開催したいわよね」
「初音――」
私の言葉に、少し不安そうな顔になっている。勝手なことしてごめんなんて呟く。
「――凄いわね、初音。最高よ!」
初音は安心したように、目尻を下げて笑った。
上手くいけばいいなぁ。いや、初音のためにも絶対に成功させなくちゃ。
約束の時間よりも早めに到着して準備をする。
「あら、裕也さんも?」
まだ遠くにいるのに、初音が早々に気付く。
「そうそう、連絡したら来るって言っていたわ」
「やぁ、おつかれさま。今日は楽しみだ」
初音は複雑な表情だが、強く拒否することはなかった。
そして時間になって、教授がやってくる。
「こちらの方は?」
「懇意にしている、個人投資家なのです。是非、教授にご挨拶をということで――」
「ええ、こういうものです。今日はお会いできて光栄です」
「そうですか、どうぞよろしく」
裕也さんは、無事に名刺交換も終えていた。
そして私たちは、教授が招待したドクターたちをお迎えする。
「やぁ、よく来てくれました」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「今夜は、ありがとうございます」
「これで、全員揃ったかな?」
「遅くなって、すみません。僕も参加させてください!」
「あ、あなたは……」
「どうして、貴方が?」
初音の顔が引き攣った。
To be continued