山田教授と、彼のお知り合いのドクター達との会食の場に、遅れてやってきた一人の男性。
「どうして、貴方が?」
初音が驚くのも無理はない。私だってとても不思議に思っているのだから。
最初は不動産屋で会って、裕也さんとのバーベキューの時に偶然迷い込んできたあの男性で、もしかしたら初音のストーカーかとも疑った人だ。
「やぁ、よく来たね」
そう言って迎えたのは裕也さんだった。
「えっ、裕也さんが呼んだの?」
バーベキューの時には裕也さんも知らなかったようだから、あれがキッカケで仲良くなったのだろうか?
「あぁ、実はちょっと前に偶然会ってね、なんだか意気投合したんだよ。彼も力になれると思って呼んだんだけど、ダメだったかな?」
私と初音は会った事あるけれど、教授は初対面なのに……事前に相談して欲しかったわよ。
恐る恐る教授の表情を窺うと、やはり渋い顔だ。
「ねぇ貴方、翡翠さんよね?」
教授が呼んだゲストの中の一人の女性が大きな声で聞いた。
「おや、僕のことをご存知で? 嬉しいなぁ」
「だって、メジャーデビューが決まったって芸能ニュースでやっていたもの」
その発言を聞いて、隣で初音がハッと息を飲んだような気がした。
周りのドクターたちもザワザワとしている。
「素敵だわ、こんなサプライズゲスト!」
先程の女性は俗にいうミーハーらしい。
「後でサインを頂けるかしら?」
周りの方たちも盛り上がっていた。
「教授?」
私は小声で話しかける。
「なんだか申し訳ありません」
「いえ、そういう事なら仕方ないですね」
会場全体が既に彼を歓迎する雰囲気になっているのだからと、教授は苦笑いをしていた。
「それでは、始めましょう。まずは簡単な自己紹介からいきましょうかね」
主催者である山田教授の音頭で会が始まる。
「では、みんなが知りたがっている君からでどうかな?」
教授は、『翡翠』と呼ばれた彼に向き合った。
「僭越ながら、是非そうさせてください」
彼は笑顔でそう言う。みんなの注目を浴びることにも物怖じしない、慣れているように思える。
「突然の参加を快く許していただきありがとうございます。僕は翡翠と申します。先程そちらの綺麗なご婦人が言われたように、長らく地下アイドルをしていましたがこの度メジャーデビューが決まりました。これからどんどん有名になっていきます、応援よろしくお願いします。そんな僕はここにいる彼女たちとご縁がありまして、何かお役に立てる事があればと思っております」
彼女たちというのは、私と初音のことだ。参加者がこちらを見るので会釈をする。
私は平静を装っていたけれど内心はとても驚いた。
アイドルですって? そんなの知らないわ!
ねぇ初音も知らなかったのよね? そう思って振り返った初音の視線は、しっかりと翡翠の方へ向いている。というか、二人は見つめ合っているようだけど……なんで?
「それでは、次の方――」
二人のことは気になったけれど、会の進行の方にも気を配らなければならない。
教授が呼んだドクターは関西の名門大学病院の部長クラス以上の肩書を持っていた。
さすがだ。
「ええ、今日集まっていただいたのは皆さんにご理解と協力をお願いしたいと思ったからです」
教授の説明に、皆一様に真剣な表情になる。
「私たちが研究しているIPS細胞による再生医療は、今後の医療界になくてはならないものです。今はまだ限られた部位・限られた人・そして高額な治療ですが、一日でも早く、それが当たり前の治療になるようにしていくのが使命だと思っています」
参加者は頷いている。
「そこで、再生医療についての勉強会を開こうと考えています。それぞれの分野で講師を引き受けていただける方を募集します」
参加者は、今度はざわついている。
「勉強会の対象者だとか、時期や時間など詳しいことはこれから詰めていきます。細かいことは食事をしながら個々で相談していきましょう、またアイデアなどもありましたら是非お願いします。それでは、食事を頂きましょうか」
その後は、和やかに歓談がすすんでいく。
美味しい食事と軽めのアルコールでおもてなしをする。
「勉強会の目的はなんですか?」
そう尋ねてきたのは脳神経外科が専門だと言っていた男性だ。
「今回はとにかく、一人でも多くの人に知ってもらうのが目的です。医療関係者だけではなく一般の素人の方も対象としています。だって、いつ誰が患者さんになるかなんてわからないでしょう?」
病気になりたくてなる人なんていない。ある日突然、健康だった人が難病になることもあるのだ。たくさんの人に関心を持ってもらいたいと思っているのは、教授も一緒だと思う。
「なるほど」
「知ってもらって、関心を持ってもらえば、寄付や投資も期待できると思うのです」
「わかりました、私も微力ながら協力しましょう」
「ありがとうございます」
同じような会話があちこちから聞かれている。概ね良好な反応のようで嬉しい限りだ。
裕也さんも、積極的に動いてたくさんの人に話しかけている。
人当たりは良いから、対応している人も笑顔になっている。
翡翠さんはというと……
裕也さんとは対照的に、じっとしていて動く気配がない。ただ視線は動かしていて……やっぱり、初音を目で追っているわねぇ。
「翡翠さん、少しお話よろしいかしら?」
あら、今度は女性たちに囲まれたのね。本物のアイドルだものねぇ。
滞りなく会は終了し、私たちは教授に挨拶をして帰路につく。
私と初音、裕也さんと翡翠さんの四人で新幹線に乗りこむ。
「いやぁ、今回は有意義だったよ。香澄さん、どうもありがとう」
「いえ、裕也さんのお役に立てたなら嬉しいし、再生医療については是非裕也さんにも投資をしていただきたいわ」
「そうだね、考えておくよ。翡翠もどうだい?」
「えっ、あぁ、そうだなぁ」
「おい、ちゃんと話、聞いていたか?」
「あぁ、すまない」
食事会の最中は愛想よくしていたのだが、終わった途端に憮然としていた翡翠さん、何か気に障ったことがあったのだろうか。
「大丈夫かい?」
「あの……ひとつ確認してもいいかな?」
「なに?」
「初音さんと教授の関係は……その、なんというか……親密なのかな?」
「はい?」
それまで無言だった初音が目を丸くしている。
「なにそれ、そんなわけないでしょう」
「そうかなぁ? やけに二人で、長いこと話していたじゃないか」
「それは、いろいろと趣味が合っていたから、ただそれだけよ」
「そうか、なら、今度俺と二人で会って欲しい」
「え…………なに、言って……」
「ダメかな?」
「だめよ、そんなこと」
「どうして?」
「だって、貴方、アイドルなのでしょう?」
「なんだよ、アイドルはデートしちゃいけないのか?」
「デ……? な、駄目よ、絶対そんなの無理だから、お断りします」
「初音?」
やっぱりおかしい、今日はずっと初音の反応がいつもと違うのだ。
「大丈夫?」
「大きな声を出してごめんなさい」
初音は私に対しては素直に謝る。
「わかったよ、デートが無理なら少しだけ二人で話をさせてくれないか?」
翡翠さんは私に向かって聞いてくるから、私は初音の表情を瞬時に読み取る。
「申し訳ないけれど、翡翠さんのご期待には沿えません。諦めてください」
私は初音の保護者ではないけれど、大切な親友を守る責任があるもの。
To be continued