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第52話

「うん、そうだよね。わかったよ、なら四人で話そうか。せっかくの旅路だしね」

 もっと険悪な雰囲気になるのかと覚悟をしていたのに、翡翠さんは案外ケロリとしていた。そんなに初音に執着していたわけではなさそうで安心する。

「そうね、それにしても驚いたわ。あなたがアイドルだったなんて! 最近はワイドショーを見ることもなかったから全然知らなくて……あぁでも、そういえば。初めて会った時には、どこかで見かけたような人だって思っていたわ」

 それ程有名ではなくても、でもどこかのメディアで見た記憶だけが残っていたのだろうか。

 あの違和感は、そういうことだったのかと納得も出来た。

「あ、そうっすか。これからはもっともっと有名になっていろんな人に知ってもらうから、期待していてね」

 翡翠さんは、チラッと初音を見た。

 俯いていた初音には見えなかったと思うが、眼差しに熱いものを感じた。


「僕も驚いたよ。この前声をかけられた時に知ったのだけどさぁ、やっぱりどこかオーラがあるよなぁ」

 裕也さんも最初に会った時から気になっていたようだったっけ。

「そう言われると嬉しいなぁ」

「ぶっちゃけ、どうなの? メジャーになる契約金とか、やっぱり破格なのかい?」

「いやぁ、それ程でもないよ。出来高払いというか、これから人気が出れば上がっていくと思うけどね。だからさ、今回の件では投資の支援は出来ないと思うんだ、だけど人を集めるために使ってくれていいからさ。客寄せパンダにでもなんでもなるよ」

 翡翠さんがそう言ったら、初音が顔をあげた。何か言いたそうだったが、そのまま黙っていた。


「初音、少し眠ったら? 朝早かったから疲れたでしょ」

「ありがとう、そうする」

 どうして初音がこれほど翡翠さんを警戒するのかはわからないが、話に参加するつもりがなさそうだったのでそう提案する。初音は素直に応じて目を閉じた。


「早起きは三文の徳って言うけどさ、俺には無理だなぁ。休みの日は昼間で寝ているよ」

「私もそうね、早起きは得意じゃないの」

「僕もだよ、夜は得意なのだけどね」

「初音の家は厳しいから、幼いころから早寝早起きが習慣なのよ」

「あぁ、そんな感じがするね」

 その後はとりとめのない話を三人で交わしながら、新幹線は東へと向かっていった。




「初音、そろそろお昼にしない?」

「あ、もうそんな時間なのね、今日はどうしようか」

「このデリバリーが気になっていて、実はもう頼んでしまったの。そろそろ着くはずよ」

 私は一枚のチラシを初音に見せる。

 関西への出張から三日が経過していた。

「へぇ、おにぎりなの? いいわねぇ」

「そう、変わり種のおにぎりみたい」

 事務処理も一段落し、裕也さんからの出資もあって、正式に会社の設立の許可が降りそうで一安心だ。

「あ、届いたみたい」

「お茶いれるわね」


「どれがいい?」

「私は、ハンバーグと卵入りのものがいいな」

「なら私は、ポークと明太子にしよう」

「ねぇーえ、初音」

「ん、どうかした?」

 私の言葉の調子を聞いて、何か重要なことを言われるのだと身構えたのがわかった。

 この辺りは、親友だからお互いの気持ちを察することが出来る。

「翡翠さんのことなのだけど」

「あぁ、やっぱり?」

「話してくれないかな? もちろん、嫌なら無理にとは言わないけど……」

 ずっと初音の態度が気になっていた。それは、初めて翡翠さんと接触した時から感じていた。いつか話してくれるのではないかと思っていたが、その前に翡翠さんが関わってきてしまった。

 初音の気持ちの本当のところを知らないことには私も動きようがない。


「そうね、香澄には正直に話すわ」

「実はね、前から翡翠さんのファンなの」

「えっ、前からって? 不動産屋で会う前からってこと?」

「そう。一度だけライブに行ったことがあって、そこでファンになってしまって」

「初音がライブ……?」

 全く予想していなかったから、初音がライブ会場で盛り上がっている姿を想像してみるがどうにも腑に落ちない。

「たまたまね、チケットが一枚余ったからって友達に誘われて行ったの。もちろん初めてだったから緊張したけど、曲が始まったら高揚感の方が勝ってね。あんなに感動したのも初めてだったの。だから――」

「だったら、どうして翡翠さんに対してあんな態度なの? 今はファンじゃないの?」

「ううん、今も好き。だからよ、信じられなくて」

「信じられない?」

「だって、アイドルなのよ? そんな人が私のことなんて相手にするはずないじゃない」

「どうしてよ、嘘をついているようには見えないけどなぁ」

「自信満々な香澄にはわからないわよ」

「もう、またそうやって自己否定するんだから! 初音は私よりも賢いのに、なんでいつもそうなの?」

「いつもって……酷い」

 しまった、つい言い過ぎた。そう思ったけれど、初音にはもっと自信を持ってほしいと思っているのは本音だから。

「ごめん、言い過ぎた。でも翡翠さんはちゃんと初音に向き合ってくれているんじゃない? はぐらかしているのは初音の方だと思うわよ。信じられないなら、自分の言葉で聞いてみれば?」

「それは、そう……よね」

 シュンとしている初音の姿を見ていて、もしかしたらと思った。

 初音ってば、恋しているの?


 もし、そうなら――私は一気に明るい気持ちになった。

「二人きりで会うのが怖ければ、私も一緒に行くわよ、どうかな?」

「そうね、それなら……」

 あらやだ、初音ったら。はにかんでいるじゃない、可愛い。

 これは、私がキューピットになってあげようじゃないの。久しぶりにワクワクしてきたわ!



To be continued

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