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#閑02 奉景ちゃんの日常


 私、奉景! ふだんは小説書いたり詩を作ったり大忙し!


 ――と、ここまで文章を書いて、すぐに限界は訪れた。

 少女漫画みたいなエッセイってなかなか書けないものだ、ということに改めて気づく。児童文庫の作者さんはようやるよ、と思い知った。

 え、なんでこんなことになったかって?

 理由は単純明快で。


ラン「せんせー、文体変えてみたらどうですか?」

奉景「……かわいく『おねーちゃん』って呼んでくれたら考えても」

ラン「おねーちゃん、おねがいっ」

奉景「うおおおおおおおおやってやるぜええええええええ」


 そういうことである。

 ……だからって今回は迷走しすぎだろ。我ながら。


 はぁぁぁぁ、と大きなため息を吐いて。

「没ッ」


(ここから下は何も書かれていない)


    *


 今日も紙をくしゃくしゃに丸めた俺は、大きく背伸びをして。

 そうだ、たまには自分からランに会いに行くのも悪くはないか。

 思い立つが早いか、俺はさっさと準備をする。

 準備とは言ってもだいぶやることは多いんだがな。


 まず、無駄に長いこの黒髪をとかす。

 ……短髪にしようとしたら、朔月が泣きそうになるんだもんなぁ。大事な「お姉さま」の面影が消えることが惜しい気持ちもわかるけど。

 そもそも、この国では女性の短髪はあまり見かけない。短くても肩までだ。

 調べてみると、結構最近まで女性の短髪を禁じる法律があったんだとか。時代的なもんだとはいえあんまりな話だ。

 現皇帝の「態々わざわざこんなことに目くじらを立てるな。器量が足らん」という(なんというかすっごくあの人らしい)ご意向によりこの法律はなくなったと言うが。

 それでもたった三年じゃあ風習や文化なんかが変わるはずはなく、未だに女性は長髪が九割以上なのだという。閑話休題。

 要するに、珍しい格好をして悪目立ちしたり、ましてそこから芋づる式に正体がばれたりする可能性を考えれば、結局今の髪型のままの方が都合が良いのである。

「いわばこの国の都市迷彩ってね」

 暗殺者とかじゃないけどね。

 馬油とか椿油とかそういうのを使って髪を丁寧にとかして手入れして、それから服である。


 下着は肌襦袢的な白い着物。現代のブラジャーに値するものは発明されてないらしい。……洋式のドレスを着たとき、コルセットで腰と胸をガッチガチに固められたのは今でも忘れていない。

 あと無駄にでかい胸を支えるためにさらしを巻くのも忘れないように。ぶっちゃけジャマだが、擦れるんだよ。どことは言わないけど。

 ……ちなみに本来は「はかない」らしいが、俺は勝手に男性用のふんどしを身につけてたりする。さすがに現代日本人の倫理観ではちょっと耐えられなかった。

 普段着はロングスカート状の袴みたいなものと、着物に似たような上着。黒を基調として赤の差し色が入ったものをよく着る。生地が結構分厚いのに加えて自身の筋力のなさも相まって結構重く感じる。

 さすが上流階級というか、普段着でさえ、庶民からすればめちゃくちゃ良いものをぜーたくに使ってんだなぁ、と感じるわけだ。

 そうして軽くメイク――鏡台の前で白粉や化粧水みたいなもので軽く顔を整える。昔化粧品店でちょっとバイトしてたので、下手なりにちょっとくらいなら出来る。


 なお本来、位の高い人物の外出準備は専属の使用人がしてくれるものらしいが、俺にはそんなものなかった。どうやら(転生する前の奉景が)使用人を自分から断ったらしい。

 なので朔月に教えて貰いながらなんとか身につけたわけだった。

 ……専属の使用人とか、羨ましいなぁ。一瞬思ったりして。

 ま、大体のことはひとりで出来るから――出来ないといけなかったからね――いるかいらないかで言えばいらないんだけど! 「欲しい」と「いる」は別!


 一連の準備を大体終えた俺は、ふーっと息を吐いて持ち物を整える。

 持ち物とは言っても、最低限のお金を入れた財布と、ハンカチとちり紙(メモ帳を兼用できるくらい分厚いものだが)くらいか。あとそれを入れる鞄。そこら辺はちょっと身軽。

 で、自室を出ると、平屋建ての建物の中を一周するようにまあまあ長い廊下がある。いわゆる回廊ってやつで、真ん中には小さなお堂のある中庭。

 多分北であろう方向に食堂や入り口の門など表向きの施設があって、俺の部屋は一番宮廷に近い東側に面した一室である。廃妃はここの廊下の四部屋に一人ずつがあてがわれているのだとか。

 皇帝曰く「好いた者を自分の側に置いておくことの何が悪い」とのこと……だとあの性悪の人、もとい吉谷里さんが言ってた。すっごく不機嫌そうにね。


 そうして門までやってきた。

「よぉ。なにか用事かい? インキな廃妃のねーちゃん!」

「陰気は余計だ。なぁに、弟子に会いに行くだけさ。お仕事お疲れさん、門番のオッチャン」

「まだオッチャンって年でもねーよ。ほれ、仕事は仕事だ。書類にサイン、頼むぜ」

 そんな少しのやりとり。門番はダハハハハと笑いながら書類を渡してくる。

 もはや用意するまでもなく持ち歩いている細い万年筆でさらさらさらっと名前を書き。

「これでどう?」

「おう、確かに。行ってこい」

 そんな感じで門を出た。


 街の様子は以前書いたと思うので割愛するが。

 東に見える小高い丘を一目見て、それから西に巨大な商館が見えるのを確認し。

 俺は北のスラムに入る。目指すはその先、北東の方角にある小さな古びた教会である。


 ……と、ここまで考えてから。ふと思った。

 たまには自分の日常の様子を事細かに書いておくのも悪くはないか、と。


    *


「で、出来たのがこれですか」

「うん。メモ帳に書いたにしてはよく出来てるでしょ」

「ええ。……事実陳列にしかなってないのはいささかいただけないですが」

 孤児院。ランのあきれた声に、俺は「だめかー」と笑う。

「でもこういう描写も必要だろ?」

「それは認めますけど」

 唇をとがらす彼女。インクの乾ききっていない紙。走り書きの文章は、まさしく上に書いたとおりのものだった。


「次の作品、長編小説に挑戦しようと思ってんだよ」

「だから、その練習ですか」

 ランの言葉に、首を縦に振る俺。

「話は出来てるんですか?」

「うっ」

 そんな純粋な問いが胸に突き刺さった。

 泣きそうになる俺の背中を、ランは「頑張ってください」とさすった。

「わたしもがんばりますので」

「……そういえば、皇妃選抜ではライバルか」

 思い出し告げた俺。

「…………そうなります、ね」

 急に黙り込んだラン。

「どうしたんだ?」「………………なんでもないです」

 頬を赤らめ固まる彼女に俺は少し不信感を抱きつつ……けど、問い詰めるのもなんか野暮な気がして。

 二人きりの空間を、ただ沈黙が支配した。


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