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#30 異聞:異世界メイドは恋をする


 前略。異世界転移したらなんやかんやでメイドになりました。


「レモンさ、街を見に行ってみたらどうだ?」

 そうご主人様に言われた。

「街を」

「そう。どうせ買い出しとかで見に行ってくる必要があるんだ。なら、いま行って見てこい!」

「えー……」

 渋るインドア派のぼくに、その人は近寄って。


「お駄賃もやるから、さ」

「行ってきます!」


 さすがに金には弱かった。

 けれどかろうじてはっと正気に戻ったぼくは

「で、でもなにもせずに遊び歩いてお駄賃もらうのは……」

 気が引ける。そんなことを言おうとすると「じゃあわかった!」と彼女は手を打つ。

「俺の弟子、ランをここに連れてこい。駄賃はその対価だ。『今日中に』帰ってこいよ」

 暗に「弟子を連れてくるまでは遊んできていい」と言わんばかりに、にこやかに告げる彼女。

「はは、仰せつかりましたっ」とぼくも歯をむき出して笑った。


 というわけで、僕は街に繰り出していた。

 奉景さんごしゅじんさまのお弟子さんの人相書き――十二歳程度、青っぽい黒髪の美少女、というメモと、ミミズののたくったような下手くそな絵が添えられた一枚の紙――と地図はもらってあるし、特に問題は無いと思う。

 けど、街は思いのほか人波が大きく、脇道に入ると非常に治安が悪い。

 要するに。


「ここはどこ……?」


 ぼくは迷子になっていた。

 二十三歳にもなって、「子」って年齢でもないのに「迷子」になって……ちょっと笑える。

 息を吐き、「すみません」通りすがりのひとに話しかける。

「あ? なんだァクソガキ」

 クソガキとは失礼な。だけどこんなことで怒ってたらきりが無いので先を続ける。

「大通りに向かう道を教え」「黙れ死ねクソガキ!」「はぁ!?」

 中指を立てぼくを蹴り飛ばそうとしてくるオッサン。やっぱり治安悪い!

 涙目になりつつなんとか蹴りをかわしたぼく。三十六計逃げるにしかず、ということわざの通りに一心不乱に逃げ出した。

 どこかもわからない曲がり角を右へ左へとにかく曲がった。もうとにかく逃げ回り。


 ゼーゼーと息を吐いた。もはやここがどこかもわからない。国の中なのか外なのかさえも。

 あーもう、なんかもう一週回って笑えてきたっ。

 泣きながら笑うぼく。仰向けに倒れて、青い空を見上げて――。

 なんか、昔見たなんかの映画のワンシーンみたいだ。

 煤けた青春ものの――ずっと昔の、名前も思い出せない映画。

 あーあ、なんだか泣けてきた。思い出したくはなかったんだけどな。――親友がいた、あの頃のことなんて。


 どのくらい倒れていたか、わからない。

「だいじょうぶ、ですか?」

 ふいに声がした。

 声の方を見た。


 ぼくは出会った。瑠璃色の美少女に。


 夜空の色をした髪が、いつの間にか傾きだした日に照らされて輝く。

 あっけにとられた顔のぼくを反射する、不思議そうな瞳。

 伸ばされた手に、ぼくはつい口にした。

「まさに映画じゃん」

「エイガ? なんですか、それ」

 ああ、そういえばこの世界はまだそんなものなかったんだっけ。

 笑う彼女に、ぼくは「なんでもないよ」と言って、彼女の差し出していた手を取った。


「行こ」

「どこへ?」

「どこへでもっ」


 取った手を引いたぼく。駆け出すぼくに引っ張られる彼女。互いに名前も知らないはずなのに、ぼくらはもうすでに仲良くなっていた。

 ひどくまぶしい青春映画のような、そんな瞬間だった。


「で、ここどこだっけ」

「もう。……案内してあげます。ついてきて!」


 それからはもう、日が落ちるまで遊んだ。

 年甲斐もなく街を駆け回って、商店でお菓子を分け合って、城の周りの川で夕陽を眺めて――。

「青春みたいだ」

 ふと口にしたそんな言葉に、彼女は「それってどんな意味?」と尋ねる。それにぼくは少しだけ考えてから――。


「こういうこと」

 彼女のほっぺにキスしてみせた。


 数秒して、彼女はいまされたことに気づいたのか、キスされた場所を赤く染める。

「久々に楽しめたよ。ありがと」

 ニコッと笑ってそう告げ「じゃあね」と別れようとすると。

「……名前、教えて」

 袖をつかまれた。ぼくは少しだけ迷ってから。

「レモン。よろしく」

「わたしはラン。……またね、レモンちゃん」


 ……あれ? この名前どっかで聞いたことあるような。

 ぼくは半日近くも前になった自分の「ご主人様」の頼み事を思い出して――。


「あーっ、ちょっとついてきて!」


    *


「おう、おつかれ。仲良くなったようで何より」

 後宮に帰ると、のんきな顔をした奉景さんがいた。


「せんせー! なんでわたしというものがありながら!」

 少女――ランちゃんはぼくを指さして頬を膨らませた。

「どーして使用人なんて雇うんですか!」

「いやぁ、大人にはいろいろあんのよ」

 にへらっと笑ってかわす奉景さん。さすが、慣れてらっしゃる。

 西洋風のミニスカメイド服――奉景さん曰く友達の友達に仕立ててもらった高級な服だそうで、別に制服とかではないらしい――に着替えてちょこんと座っていたぼくは、ただ「あはは……」と笑うほかなかった。

「しかもあんなにかわいい子だなんて……」

「だいじょうぶ、ランちゃんもかわいいよ」

「なっっ……いちいち王子様みたいな言動しないでよレモンちゃん!」

 勘違いしちゃうじゃん! とは彼女の言である。何を勘違いするんだろう。

「ランもだいぶ元気に言いたいことこと言うようになってきたじゃねぇか」

「話そらさないでください!」

「レモンも、新しい友達できてよかったじゃん」

「十歳以上年下だけどね。……あっ」


 こうして賑やかな後宮の夜は更けていく。


「え、つまりレモンちゃんって――」

「ちょ、待って! 引かないでランちゃん!」


 いつの間にか、ぼくもそんな日常に組み込まれていたのだった。



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