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#29 Never Ending Jouney


「落ち着いた?」

 俺は差し伸べた。

 少女に、手を。


「……わかんないよ」

 彼女はそう口にして、ただ俯く。

「そうか」

 言って、その場に沈黙が漂う。

 数秒の刹那。交錯する視線。なおも降り続く雨。


「神様がもしいるとして、きっと俺たちを救ってくれやしないんだろうよ」

 ふとこぼれた言葉に、少女は「……どういうこと?」と尋ねる。

 目を細める俺。しばしの沈黙の後、はにかんで、告げた。

「俺、たぶん神様に嫌われてんだ」

「だから、なんで」

「転生する前から、恵まれてないのはわかってたさ」

 貧乏な孤児院、血のつながりのない家族。ひどいこともされたし、誰も助けてくれやしなかった。

 そんなことを思い出し。

「もし神様が平等に人々を救ってくださるのであれば、きっと俺だって少しは幸せに生きれたかもしれない。でも、そうはならずに死んだ!

 だから俺は、神なんてもん信じないようにしてんだ」

 ついヒートアップする口調。荒く息を吐く俺。あっけにとられるレモンを見据え、俺は屹然と告げた。


「いつだって、信じられるのは自分自身だけなのさ」


 少女は目を見開いて――しかしすぐに俯いて。

「……自分を信じて、それで何が変わるのさ」

 呟いた少女に、俺は「変わるわけねぇだろ」と溢す。そして、こう続けた。

「でもさ。……何でもかんでも神様のせいにして嘆いているよか、その運命すら自分で背負って地獄を歩いて行く方がまだマシだと俺は思うぜ」

「本当に、神様のせいだとしても?」

「ああ。あくまで俺の考えでしかないけどな」

 そして、棺桶と遠く霞む城を交互に見て、息を吐いて告げる。


「誰のせいかは関係ねぇ。大事なのは、『これから』だろうよ」

「これから?」

「そう。これから、どうするか」


 どんな困難があったとて、楽しかった過去には戻れやしないのだ。

「時間は巻き戻りやしない。俺たちは、前にしか進めないんだ」

「…………」

「もちろん、良いことばかりではないさ。いやなことだってたくさんある。でも、それだけじゃあないだろう?」

 そんなことを問いかけると、彼女はまたわずかに俯いて――こくりと、小さく首を縦に振った。

「迷ってもいい。生きるための固定化されたレシピなんてないから。その迷いの果てに、少しずつ動いていけばいい」

「…………なにを、どうしたらいいの?」

 問いかけるレモンに、俺は息を吐く。

「そんなん聞かれたってわかんねぇよ。自分で考えな」

「……無責任だ」

 静かに怒る彼女。しかし俺はそんな彼女に。

「考える場所は、用意する。時間なんて、用意しなくてもたくさんあるさ。だから」

 今一度手を差し伸べた。

「また一緒に、メシ食おうぜ」

 逡巡する彼女。迷いつつ、しかし伸ばした手を、俺は掴んで、引き寄せた。


「君のことを知れて、よかった」

 抱き寄せる彼女の軽い身体。

 黄色い髪から覗く赤らめた顔。そして彼女は目を細めた。


    *


「奉景さんって男だったの!?」

「レモン、声大きいぞ」


 後宮の風呂はまあまあでかい。

 浴槽がバカみたいに広く、洗い場のスペースも異様に広い。非常に快適な銭湯である。

 ……もっとも、今まで使ったことはなかったのだが。「拭けば十分じゃん」って言ったら怒られたので仕方なく案内した次第だ。

「なんかしゃべり方が男勝りだと思ったら……なるほど、転生前は男だったんだ」

「そうなんだよ。女の子になっちまって毎日が大変さ。それより」

 俺の方はというと、彼女の方を見てため息をつく。

「レモンの方も、まさか二十三歳なんて思わねぇよ」


 後宮へ向かう道すがら、俺たちは互いに自分のことを話した。これからのこととか、あとは自分の秘密とか。

 その中で判明したこととして、目の前の少女――少女にしか見えない女性は、実のところ見かけより十歳ほど年が上だったらしいということだった。まさかこの少女と俺がほぼ同じ年齢だなんて思うまい。

「いやー、時空に関する研究の中でフレアちゃん共々肉体年齢が止まっちゃってさー」

「そんなことあるんだ!?」

「不思議なこともあるもんだね」

 本人が言っちゃうんだそれ……。

 小学生か、大きく見積もっても中学生程度。発達しかけの身体を見て俺は少しだけあきれ顔。

「……あんまりじろじろ見ないでよ。えっち」

「ごめん」

 平謝りする俺に「まあいいけどさ。今は同性だし」と許しを貰いつつ。


「これから、どうしよ」

 彼女の呟き。ため息をつく俺。

「これから考えていけば良いんじゃない? ――ひとまず、働き口は見つかったことだしさ」

「きみの専属給仕メイドに、ね」

 あのあと、俺は彼女を専属の使用人として雇うことに決めたのだ。

 自分専用合法ロリメイドとか、男だったら絶対やましい意味にしか聞こえなかっただろう。女になってよかった。

「……くれぐれも『変な気』は起こさないでよね?」

 釘を刺され、俺は少しうなだれ。

「でもまあ、これからよろしくな」

 差し出した手を、彼女は微笑んで取ったのだった。


「こちらこそ、よろしくね。ご主人様っ」


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