誰もいない草原
ボクらは二人きり
そんな日々もいつかは終わる
知っていながらやめられぬ
二人で作った棺桶
狭い部屋でふたりきり
一緒に死ねたらいいと告げた
そして来世は優しい世界へ
Where is heaven
Where is heaven
さよなら
天使が笑う
天使が嗤う
笑われる
嗤われる
みんなみんなみんなみんな
笑ってた
嗤ってた
誰もいない草原
ボクらは二人きり
誰も見てない世紀の発明
こんな世界とはおさらばだ
二人で天国に行こう
狭い棺桶ふたりきり
ボクらはキスをしたんだよ
そして天使が降りてきた
*
「ねぇ、そこにいるんでしょ? ――フレア」
目の前の黄色髪の少女は、俺を見据えながら告げた。
「はは、誰のことだい」
「きみの中にいるだろう。すごく、苦労したよ。『
話が見えなかった。俺の中? 神様? なんのことやら。
彼女は話を続けた。
「『あのあと』、ぼくは生き延びた。ぼくだけが、生き延びた。……世界線を有意に管理している存在が即ちシステム管理者――仮称・『神』。それと同等の存在に成り上がろうとしたボクらを、『神』は許すはずがない。システムに組み込んで、監視するだろう。そして、何らかの例外措置――『世界線渡り』をした人間に対して監視カメラ役を担わせる可能性がある。システムに」
「レモン、落ち着けよ。何言ってるか」
「とにかく、ぼくの仮説に間違いは無いはずなんだ。……証明、しなくては」
そう言いながら、彼女は一本の刃物を取り出す。
「フレアほどうまくは出来ないよ。まして、人間の分解なんて――でも、きみを、取り戻せるなら……アクアちゃんのときと同じように……」
「落ち着け……」
「手段は、選んでいられない、よね……ッ!」
瞬間、彼女はかき消えた。
瞬間移動デバイスか。空間をゆがめ、視界内ならどこでも移動できるやつ。
思考の一瞬ですら遅い。もう、彼女の刃の射程内だった。
しかし、『わたし』の腕は、彼女を受け止めていた。
「……手段くらい、選びなさいよ。ばか」
俺の意識は瞬時、混濁した。
何かが思考に介入した。自分ではない何者。
けれど、どこか安心感のある感覚。防衛反応によって顕現した、世界システム上の存在。
――いままでシス子と呼んでいた存在の、本性は――。
「フレア、ちゃん」
目の前の少女がその名を呼んだ。
「……『あのとき』なにがあったの」
赤い髪をなびかせる『わたし』の問いかけに、彼女はぽつぽつ語り出した。
*
嗤う天使は矢を放つ
嗤う天使は矢を放つ
五千百度の炎をまとった
すべてを燃やす矢を放つ
*
あの日ぼくらは、神様の怒りを買ったようだった。
――天使が、降りてきたんだ。
天使はものも言わず、ただ矢を放った。
地震が起こった。
地面はひび割れはじめ、紅い空は割れた鏡のように崩れ始めた。
その果てに、地面から赤いものが、血のように吹き出し始めた。
『
*
ボクたちには友達がいたよね
よく一緒に遊んでた
ほら、あの日一人で遊んでて
ボクらは愛してたのに
一人きりで、足を滑らせて……
神様は奇跡を与えなさったのかもね
これは彼女の望みで、ボクたちみんな灰になっちゃえって
すべて燃えて灰になってみんな等しく粉になって
冷めた風に吹かれ忘れた詩のように
消えて消えて消えて消えて
その果てに何が残るのかな
都合の良い妄想はここまでにしよう。
誰もが、漂う、惨めな、灰に、還
*
カプセルは閉じる前だったから、急いできみは起き上がって言った。
「先に行ってて。あとから、追いかけるから」
「え」
そしてカプセルは閉じた。
電源装置が故障したそうで、エラー音がビービーと鳴り響いていた。
そのうち、バツンと全てが暗くなって――「あなただけは、生き延びて」という声だけが、虚空に響いて。
*
誰もいない草原
ボクだけが一人きり
*
「なんで……なんで」
目の前の少女は虚空に向かって叫ぶ。
「なんで、ボクを、ボクだけを――この世界に、遺したの」
少女の世界は、滅びたという。
観測できない次元。戻ろうとした座標。
エラー:コード404。NOT FOUND。
その世界は存在しておりません。
「ねぇ、神様。どうしてボクにこんな試練を与えるの? ねぇ、答えてよ」
何もかもをなくした少女は、涙を流し、空に吠えた。
「答えろよ! …………どうして、ボクばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないんだ」
「……神様はものを言わない。あくまで世界を粛々と管理する、システムの一部に過ぎないのだから」
「だとしたら……ぼくはいったい、何にすがれば良いの」
「わかんないよ。もう、なにもかも」
ぽつ、と雨が降り始めた。
次第にサーサーと勢いを増す雨。
彼女は曇天を見上げて、雨か涙か汗かもわからないものを流しながら、膝をついた。
そんな少女に、声をかける人が居た。
「落ち着いた?」
紛れもなく、『俺』だった。