目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

#28 ねぇ、かみさま


誰もいない草原

ボクらは二人きり

そんな日々もいつかは終わる

知っていながらやめられぬ


二人で作った棺桶

狭い部屋でふたりきり

一緒に死ねたらいいと告げた

そして来世は優しい世界へ


Where is heaven

Where is heaven

さよなら


天使が笑う

天使が嗤う

笑われる

嗤われる

みんなみんなみんなみんな

笑ってた

嗤ってた


誰もいない草原

ボクらは二人きり

誰も見てない世紀の発明

こんな世界とはおさらばだ


二人で天国に行こう

狭い棺桶ふたりきり

ボクらはキスをしたんだよ

そして天使が降りてきた


    *


「ねぇ、そこにいるんでしょ? ――フレア」

 目の前の黄色髪の少女は、俺を見据えながら告げた。

「はは、誰のことだい」

「きみの中にいるだろう。すごく、苦労したよ。『世界システムかみさま』のクソ野郎め」

 話が見えなかった。俺の中? 神様? なんのことやら。

 彼女は話を続けた。

「『あのあと』、ぼくは生き延びた。ぼくだけが、生き延びた。……世界線を有意に管理している存在が即ちシステム管理者――仮称・『神』。それと同等の存在に成り上がろうとしたボクらを、『神』は許すはずがない。システムに組み込んで、監視するだろう。そして、何らかの例外措置――『世界線渡り』をした人間に対して監視カメラ役を担わせる可能性がある。システムに」

「レモン、落ち着けよ。何言ってるか」

「とにかく、ぼくの仮説に間違いは無いはずなんだ。……証明、しなくては」

 そう言いながら、彼女は一本の刃物を取り出す。

「フレアほどうまくは出来ないよ。まして、人間の分解なんて――でも、きみを、取り戻せるなら……アクアちゃんのときと同じように……」

「落ち着け……」


「手段は、選んでいられない、よね……ッ!」


 瞬間、彼女はかき消えた。

 瞬間移動デバイスか。空間をゆがめ、視界内ならどこでも移動できるやつ。

 思考の一瞬ですら遅い。もう、彼女の刃の射程内だった。


 しかし、『わたし』の腕は、彼女を受け止めていた。

「……手段くらい、選びなさいよ。ばか」


 俺の意識は瞬時、混濁した。

 何かが思考に介入した。自分ではない何者。

 けれど、どこか安心感のある感覚。防衛反応によって顕現した、世界システム上の存在。

 ――いままでシス子と呼んでいた存在の、本性は――。


「フレア、ちゃん」


 目の前の少女がその名を呼んだ。

「……『あのとき』なにがあったの」

 赤い髪をなびかせる『わたし』の問いかけに、彼女はぽつぽつ語り出した。


    *


嗤う天使は矢を放つ

嗤う天使は矢を放つ

五千百度の炎をまとった

すべてを燃やす矢を放つ


    *


 あの日ぼくらは、神様の怒りを買ったようだった。

 ――天使が、降りてきたんだ。

 天使はものも言わず、ただ矢を放った。

 地震が起こった。

 地面はひび割れはじめ、紅い空は割れた鏡のように崩れ始めた。

 その果てに、地面から赤いものが、血のように吹き出し始めた。

終局アポカリプス』を引き起こしてしまったのだと自覚した。


    *


ボクたちには友達がいたよね

よく一緒に遊んでた

ほら、あの日一人で遊んでて

ボクらは愛してたのに

一人きりで、足を滑らせて……


神様は奇跡を与えなさったのかもね

これは彼女の望みで、ボクたちみんな灰になっちゃえって

すべて燃えて灰になってみんな等しく粉になって

冷めた風に吹かれ忘れた詩のように

消えて消えて消えて消えて

その果てに何が残るのかな


都合の良い妄想はここまでにしよう。

誰もが、漂う、惨めな、灰に、還


    *


 カプセルは閉じる前だったから、急いできみは起き上がって言った。

「先に行ってて。あとから、追いかけるから」

「え」

 そしてカプセルは閉じた。

 電源装置が故障したそうで、エラー音がビービーと鳴り響いていた。

 そのうち、バツンと全てが暗くなって――「あなただけは、生き延びて」という声だけが、虚空に響いて。


    *


誰もいない草原

ボクだけが一人きり


    *


「なんで……なんで」

 目の前の少女は虚空に向かって叫ぶ。

「なんで、ボクを、ボクだけを――この世界に、遺したの」


 少女の世界は、滅びたという。


 観測できない次元。戻ろうとした座標。

 エラー:コード404。NOT FOUND。

 その世界は存在しておりません。


「ねぇ、神様。どうしてボクにこんな試練を与えるの? ねぇ、答えてよ」

 何もかもをなくした少女は、涙を流し、空に吠えた。

「答えろよ! …………どうして、ボクばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないんだ」


「……神様はものを言わない。あくまで世界を粛々と管理する、システムの一部に過ぎないのだから」

「だとしたら……ぼくはいったい、何にすがれば良いの」


「わかんないよ。もう、なにもかも」


 ぽつ、と雨が降り始めた。

 次第にサーサーと勢いを増す雨。

 彼女は曇天を見上げて、雨か涙か汗かもわからないものを流しながら、膝をついた。

 そんな少女に、声をかける人が居た。


「落ち着いた?」


 紛れもなく、『俺』だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?