目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

#27 鉄の棺桶


「……ここは、どこだ?」

 俺の呟き。

 草原、なびく髪の感覚。

 暖かい太陽の光と爽やかな風。

 そして、聞いたことのない動物の声。

「――ねぇ、フレア。聞いてる?」

 呼ばれたその名前が自分のものだと気づいたのは、数秒後のこと。同時に、今は夢の中らしいことも理解した。明晰夢ってやつだ。

「うん、えっと、なんだっけ」

「やっぱ聞いてないんじゃん!」

 黄色の髪をした女の子が視界の端から飛び出してきた。

「世界線転移装置のことだよ、フレア!」

 紛れもなく、さっき会食をした女の子だった。

「そう、ごめん。レモン」

「フレアにしては珍しいよね。ぼーっとしちゃうなんてさ」

「ちょっと疲れてるみたいね。ここ最近根詰め過ぎたかしら」

 自分の意思ではない何かが自動的に言葉を紡いでいた。聞き覚えのある声と口調で。

「しっかりしてよぉ。計画の要は、きみなんだから」

「それもわかってるから。大丈夫よ」

「ならいいけど」

 話の内容はまるでわからなかった。まるで、別の誰かの目を借りているだけのような感覚。映画のような夢だ。

 故に、これから起こる出来事に対して、自分は何も行動できないことを悟っていた。


 目の前に巨大な棺桶があった。

 金属製で長く丸い、上半分が透明なアクリルで出来た大きめの機械だ。近未来もののSF映画で出てくるみたいな、カプセルと呼ばれるようなアレだ。

 けれど、棺桶のような印象を受けた。


「これで『あの子』が生きてる世界に移れるんだよね」

「そのはず。……たぶん、だけど」


 なんだか壮大な何かを計画しているらしかった。

 ふたりは――「わたし」と彼女は、深く呼吸をした。

 棺桶の蓋が開いた。

 二人の少女はその脇をよじ登り「さあ」

 同じ棺桶、同じ部屋、狭い空間、二人きり。ボタンを押そうと手をかけ「待って」

「……さみしくなっちゃった? この世界から離れるの」

 『わたし』が口にした言葉。黄色の髪の少女は「ううん。さみしくないよ、ふたりなら」と答え、「けどね」と続きを綴る。

「…………せめて、最後にキスしてよ」

「えー? いくら友達だからって」

「友達なんて生ぬるいもんじゃないでしょ。……十年も、いっしょだったんだよ?」

 甘ったるい声でささやいた少女に、『わたし』は頬を熱くして。

 少しの逡巡の後に。

「もう、最後になるかもしれないものね」

「うん。世界線移動の成功率は限りなく低いから……どっちも成功するとは限らないから…………もう、あえないかもしれない、から――っ!?」

 言い訳を重ねる彼女の唇を奪ったのは、間違いなく『わたし』の意思だった。

 数秒の口づけ。そののちに、『わたし』は笑って告げた。

「また会えるはずだから。きっと。絶対」

「……絶対なんてないって口癖、どこへいったのさ」

「何に対しても、例外はあるものよ。だから――そんな、悲しい顔しないで」

 優しい声音の言葉。彼女は『わたし』の真紅の髪に触れて、目を細め――――。


 ビィビィとサイレンが鳴った。


    *


 すは、と上体を起こす。


 …………夢、だったのか?


 違和感を抱いていた。

 夢にしては妙にリアリティを伴っていた。

 二人で入った棺桶の冷たい質感。触れあった肌のぬくもり。吐息の匂い。唇。鼓膜に残る不協和音――。異様に生々しい、感覚を伴った――これは、夢なのか?


『思い、出した』

「シス子――」

 いや、彼女はそんな名前ではない。

「お前の本当の、本当の名前は」

『落ち着きなさいな。……誰か、近づいてくるわ』


 それは突然だった。

「ここにいたんだね」

「レモン――どこから現れた」

 振り向くと――窓の外、庭に黄色い髪の少女、レモンが立っていた。

「簡単なことさ」

 そう言いながら、昨日ひったくりから取り返したシルバーの板を出す彼女。

「平行世界間を転移する技術を応用すれば、同じ世界の間を瞬間的に移動するなんて、容易いこと」

 刹那、彼女の居る空間が「歪んだ」。

「こんな風に、ね」

 次の瞬間には、すでに目の前に居た。文字通り、窓なんてすり抜けて目の鼻の先まで。

「知ってる? この……瞬間移動装置、というべきかな。これ、自分の視界内以外に、行き先を三つまでマーキングしておくことが出来るんだ」

「へぇ……そのうち一つを俺につけてたってことか」

「ご明察。一つは空きスロット。もう一つは、わかるかい?」

「さあな。……お前の寝床かい?」

「正解。ボクの降り立った場所さ」

 言いながら、彼女は俺の手を取る。

 端末はすでに操作済みのようだった。

「一名様、ごあんな~いっ!」


 バツン、と音がした。


 一瞬の視界のスパークが収まった。

 目を開くと、そこは広い草原。見渡すと、背後に宮廷が見えて。

「国の外さ。確か、ここは誰の管理下でもないんだろう?」

「確かそうだな」

 国の塀の外は、街道以外は誰が管理しているわけでもないとされている。国境線から先は、公地か、あるいはどこかの貴族の私有地なのだそうだ。

 そういうことなので、誰のものでもないこの土地を誰がどう使おうと勝手なのだ。

「とはいえ、これはやり過ぎな気もするけど」


 目の前には巨大な、鉄の棺桶が鎮座していた。


「ねぇ、そこにいるんでしょ? ――フレア」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?