「……ここは、どこだ?」
俺の呟き。
草原、なびく髪の感覚。
暖かい太陽の光と爽やかな風。
そして、聞いたことのない動物の声。
「――ねぇ、フレア。聞いてる?」
呼ばれたその名前が自分のものだと気づいたのは、数秒後のこと。同時に、今は夢の中らしいことも理解した。明晰夢ってやつだ。
「うん、えっと、なんだっけ」
「やっぱ聞いてないんじゃん!」
黄色の髪をした女の子が視界の端から飛び出してきた。
「世界線転移装置のことだよ、フレア!」
紛れもなく、さっき会食をした女の子だった。
「そう、ごめん。レモン」
「フレアにしては珍しいよね。ぼーっとしちゃうなんてさ」
「ちょっと疲れてるみたいね。ここ最近根詰め過ぎたかしら」
自分の意思ではない何かが自動的に言葉を紡いでいた。聞き覚えのある声と口調で。
「しっかりしてよぉ。計画の要は、きみなんだから」
「それもわかってるから。大丈夫よ」
「ならいいけど」
話の内容はまるでわからなかった。まるで、別の誰かの目を借りているだけのような感覚。映画のような夢だ。
故に、これから起こる出来事に対して、自分は何も行動できないことを悟っていた。
目の前に巨大な棺桶があった。
金属製で長く丸い、上半分が透明なアクリルで出来た大きめの機械だ。近未来もののSF映画で出てくるみたいな、カプセルと呼ばれるようなアレだ。
けれど、棺桶のような印象を受けた。
「これで『あの子』が生きてる世界に移れるんだよね」
「そのはず。……たぶん、だけど」
なんだか壮大な何かを計画しているらしかった。
ふたりは――「わたし」と彼女は、深く呼吸をした。
棺桶の蓋が開いた。
二人の少女はその脇をよじ登り「さあ」
同じ棺桶、同じ部屋、狭い空間、二人きり。ボタンを押そうと手をかけ「待って」
「……さみしくなっちゃった? この世界から離れるの」
『わたし』が口にした言葉。黄色の髪の少女は「ううん。さみしくないよ、ふたりなら」と答え、「けどね」と続きを綴る。
「…………せめて、最後にキスしてよ」
「えー? いくら友達だからって」
「友達なんて生ぬるいもんじゃないでしょ。……十年も、いっしょだったんだよ?」
甘ったるい声でささやいた少女に、『わたし』は頬を熱くして。
少しの逡巡の後に。
「もう、最後になるかもしれないものね」
「うん。世界線移動の成功率は限りなく低いから……どっちも成功するとは限らないから…………もう、あえないかもしれない、から――っ!?」
言い訳を重ねる彼女の唇を奪ったのは、間違いなく『わたし』の意思だった。
数秒の口づけ。そののちに、『わたし』は笑って告げた。
「また会えるはずだから。きっと。絶対」
「……絶対なんてないって口癖、どこへいったのさ」
「何に対しても、例外はあるものよ。だから――そんな、悲しい顔しないで」
優しい声音の言葉。彼女は『わたし』の真紅の髪に触れて、目を細め――――。
ビィビィとサイレンが鳴った。
*
すは、と上体を起こす。
…………夢、だったのか?
違和感を抱いていた。
夢にしては妙にリアリティを伴っていた。
二人で入った棺桶の冷たい質感。触れあった肌のぬくもり。吐息の匂い。唇。鼓膜に残る不協和音――。異様に生々しい、感覚を伴った――これは、夢なのか?
『思い、出した』
「シス子――」
いや、彼女はそんな名前ではない。
「お前の本当の、本当の名前は」
『落ち着きなさいな。……誰か、近づいてくるわ』
それは突然だった。
「ここにいたんだね」
「レモン――どこから現れた」
振り向くと――窓の外、庭に黄色い髪の少女、レモンが立っていた。
「簡単なことさ」
そう言いながら、昨日ひったくりから取り返したシルバーの板を出す彼女。
「平行世界間を転移する技術を応用すれば、同じ世界の間を瞬間的に移動するなんて、容易いこと」
刹那、彼女の居る空間が「歪んだ」。
「こんな風に、ね」
次の瞬間には、すでに目の前に居た。文字通り、窓なんてすり抜けて目の鼻の先まで。
「知ってる? この……瞬間移動装置、というべきかな。これ、自分の視界内以外に、行き先を三つまでマーキングしておくことが出来るんだ」
「へぇ……そのうち一つを俺につけてたってことか」
「ご明察。一つは空きスロット。もう一つは、わかるかい?」
「さあな。……お前の寝床かい?」
「正解。ボクの降り立った場所さ」
言いながら、彼女は俺の手を取る。
端末はすでに操作済みのようだった。
「一名様、ごあんな~いっ!」
バツン、と音がした。
一瞬の視界のスパークが収まった。
目を開くと、そこは広い草原。見渡すと、背後に宮廷が見えて。
「国の外さ。確か、ここは誰の管理下でもないんだろう?」
「確かそうだな」
国の塀の外は、街道以外は誰が管理しているわけでもないとされている。国境線から先は、公地か、あるいはどこかの貴族の私有地なのだそうだ。
そういうことなので、誰のものでもないこの土地を誰がどう使おうと勝手なのだ。
「とはいえ、これはやり過ぎな気もするけど」
目の前には巨大な、鉄の棺桶が鎮座していた。
「ねぇ、そこにいるんでしょ? ――フレア」