息をついて、俺はただ街を彷徨っていた。
こんな事を考えながら。
あー……ネタ、どうしようかなぁ。
ネタ。そう、小説のネタである。
世の作家には無限に話のネタが湧く人もいるらしいが、俺はあいにくそんなスキルはない。
枯渇したネタの源泉を探しにこうして街に繰り出すはいいものの。
「なにも無ぇ……」
現実なんてそんなもんである。
とりあえず腹が減ったので飯屋でも探すことにする。
大衆食堂でいい。今の格好は町娘に紛れるようにグレードを落とした普段着である。
ため息を吐いた。
どっかに事件が落ちてたりしないものかしら。ちょっとク○吉くん、校庭の隅で白骨化でもしなさいよ。とどこかでみたギャグ漫画の探偵キャラみたいなこと言って……流石にパクリはいかんな。ボツ。とまた脳内でボツを量産したりして。
もういっそ気でもおかしくしたふりするか? とか考え始めた時だった。
何かにぶつかった。
「気を付けろよカス!」
ぶつかった男の割とよく聞く暴言に「お前もなドブカス」と割とお決まりの中指を立てたはいいものの、その先にもうその男はいなくて。
待て? 今の男、なんかきったねぇ図体の割にいいもの持ってなかったか? なんというか、まさしくスマホ、というかiPhoneみたいな色した、シルバーメタリックの。
この世界でそんなものを見るなんて、なかなか珍しいどころの話ではない。多分文明レベルで数世紀先の発明だ。
流石の俺でも見当がついた。あの男、異世界から……
『いやひったくりでしょ』
シス子の冷静な声。少し後ろから走ってくる少女。ああ、うん。そうみたい。
色々察した俺は、あの男を全速力で追いかけたのだった。
*
「ふーっ、ふーっ……ようやく捕まえた……」
なんやかんやで捕まえた。
……というか、この国にも警察的なシステムあったんだ。衛兵さんなんて初めて見たよ。
ロープでぐるぐる巻きにされて兵隊さんに連れてかれるひったくり犯。哀愁漂う背中を横目に。
「助かりましたぁ……」
レモンイエローの髪色の、小柄な女の子がお礼を告げてくる。シルバーメタリックの薄い板を片手に。
「……ところで、それなに?」
「ケータイで……あっ」
思い出したかのように、そのケータイを隠す彼女。
「あー、なるほど」
冷や汗をだらだら流す女の子。俺はニッと笑った。
*
ところ変わって、表通りのちょっとお高い料理店。急遽借りた個室にて。
「まさか、同郷の人がこの街にいるとはね」
「…………」
笑いかけた俺に、彼女はばつが悪そうに苦笑いする。
「たぶん、正しくは近しい平行世界かな」
「それでも同じ、異世界から来たんだろ? それだけで安心するよ」
「それだけでこんな高そうなご飯食べられるのは……なんか嬉しいかも」
えへへ、と笑った彼女。
……個室じゃないと、密談なんて出来やしないからな。異世界がらみの話を、市井の人が居る前でするのは危うい。
その思惑はほどほどに。
「名前を聞くのがまだだったな。俺は奉景。君は?」と尋ねると。
「ボクはレモン。よろしく、奉景さん」
手を差し出してきた。俺はなんら警戒することなく手を取った。
「ところで、その平行世界ってなんだ?」
「そこからかぁ……」
嘆息するレモン。わずかな違和感。
……なんかいま、シス子もため息ついてなかったか?
『なんでもないわよ』
心の中の声をくみ取るように、頭の中に声がした。
『……ただ、心がむずむずするのよ。なんか、なんていうか、喉の奥になんか引っかかってるみたいな……』
「確かに、そりゃむずむずするよな……」
『変よね。わたし、システムボイスのはずなのに』
「いや、自我を持ってる時点でなんかおかしいから今更だろ」
「誰と話してるの?」
レモンに急に問いかけられ、俺はびっくりして。
「……脳内のガールフレンド」
咄嗟に出た言い訳に、彼女は苦笑いしながら。
「あー…………
「いますごくドン引きしてなかった?」
曰く、この世界はいくつにも枝分かれしているのだという。
「たとえば、猫ちゃんを箱に入れるとする。中には餌を入れておいて、蓋を閉めよう」
「優しいシュレディンガーの猫だ」
「そう。それで、十分後。餌は食べられているかいないか。奉景さんはどっちだと思う?」
レモンの問いかけに、うなる俺。
「元ネタだと、食べられているかいないかは五分五分で、観測されない限りは確定しない……ってな話だったっけ」
「よく知ってるね。でも、どうやら正解は『どちらでもある』らしいんだ」
「どういうことだ?」
「つまり、どちらの世界も存在するってこと。餌を食べた世界と食べていない世界に分裂するんだ」
「……でも、結果は一つに確定するんじゃない?」
「それは、ボクらはどちらか片方の世界しか観測できないってだけ。もう片方の世界は、観測できない次元に存在するのさ」
「その理論でいくと、細かい一挙手一投足で無数に世界が分岐することになると思うんだけど……」
「そう。世界は無数に存在する。遙か昔から現代にかけて無尽蔵に生まれ続けているのさ」
「……つまりそれが、異世界の正体ってこと?」
「そういうこと!」
そんな与太話ののち。
「ねぇ、ボクの友達知らないかな」
レモンが、カニみたいな何かを頬張りながら尋ねてきた。
「どんな子?」
「えーと、赤い髪でポニテの、冷静な子。あと、水色の髪の内気そうな子も」
「……そんな奇抜な髪色の人は割とこの国には少ないかな」
少なくとも、赤や水色は見たことなかった。金髪はいるけど。
その事実を告げると、彼女は少ししゅんとした表情で「そっか」と告げた。
「そう落ち込まないで。見かけたら教えるよ」
「ほんと? お願い! 二人ともボクの親友なんだ」
あまりにも切実そうな顔で告げる彼女。旅行先のここで、はぐれでもしたのかな。
推測しつつ、「わかったよ。探すの手伝うから、しばらくはこの国を楽しんでな」と声をかける。
「ありがと!」
本当に礼儀の正しい子だ。かわいい。
はにかみつつお礼を言った彼女に、俺は「こっちこそ」と言い、お吸い物をすすった。
「今日はありがとうございました!」
レモンのお礼に、俺は「いや、こっちこそ楽しかったよ」と笑って返す。
「じゃあね」「ああ。またな」
言いながら別れた後、俺はほくほくした顔で後宮へと戻った。
その夜のこと。
「……ここは、どこだ?」