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#閑11 転生文豪少女 肆


 冬の風は寒い。

 マフラーを首に巻いて、白い息を吐きながら、私は歩く。

 ――ハルカゲくんを蘇らせるための儀式。私はその渦中にいる。

 でも、誰が? どうして?

 私は何をすれば良いのか、それすら解らない。

 ただ、歩いた。歩くしか出来なかった。


 そのうち手がかじかんで、歩くことすら苦しくなる。

 上がる息。思わず立ち止まる。

 携帯を確認。メッセージアプリの通知。

《いなかった》《こっちも》

 その文字列に、背筋が凍る。

 私がいま向かっている場所にもいなかったら――。


 そのとき、携帯のバイブが鳴った。

 閉じた画面を開き直し、確認すると――着信。

 思わず、番号も見ないまま電話を取った。


『あー……聞こえているようね。そっちはもう、思い出したかしら?』


 あのとき――転生する直前に出会った、システムを名乗る少女だった。

『そちらの様子は大体把握してるわ。その上で、問いたいの』

「なにを!?」

 怒鳴るように聞いた。

 彼女は冷静に尋ねた。


『――あなたは、元の世界に帰りたい?』


 冷や水をかけられたようだった。

「……え」

『そろそろ試練も――儀式も終わるってことよ』

「…………どういうこと?」


 ――言うに、私と『ハルカゲ』は別世界線の同一存在だったのだという。

 ほとんど同時に命を落とした私たちは、本来交わることはなかった――のだが。

 何者かがハルカゲに対して反魂の儀――つまり、黄泉がえりの黒魔術的なものを行ったのだという。そうまでして、彼を蘇らせたかった人が居たのだ。

 だが、ハルカゲ自身は蘇りたくなかった。死んで、そのまま消滅するのが彼自身にとっての幸福であり、本心からの願いだったのだ。

 故に、どちらの願いの方が強いか、『願いの力比べ』を行うことにした。

 どちらかの願いが叶うまでの仮の状態として、ほぼ同時に死んだ同一存在同士で魂を入れ替える。そうすることで肉体の腐敗を防ぎ、かつどちらの願いも中途半端にしか叶っていない平等な状態を作り出したのだという。

 その状態で、どちらの願いの方が強いかを試しているのだと、システムは言っていた。


『まあ、アイツ自身は帰りたがってるように見えるけど……』

「言ってることと本心が真逆って、よくあることですよ」

 そう告げると、彼女も納得したようで。

『なら仕方ないか。それより――さっきの答えは決まった?』

 再度、選択を強いる。


 元の世界へ帰りたいか、帰りたくないか。

『力比べは拮抗しているわ。そこで、選択はあなたに委ねられた。――あなたがどちら側に着くかによって、結果は変わるの』

 どちらが最善か。

 私が元の世界に帰って、何がある?

 逆に、ここに留まったとして――。

『最善とか、利益とか、そういうの抜きで――本心で答えることをおすすめするわ』

 私の心を見透かしたように、システムの少女は告げる。

「……わかんないよ」

 声が零れた。

「わかんない。私には決められない。これが本心。これで満足?」

 気が抜けたように口走る私。

 呆れたようなため息が電話口から聞こえた。


『……ハルカゲと話せるって言ったら、どう?』

 一瞬、何を言われたかわからなかった。

『アンタの転生元の肉体と、まだ結びついているコネクションを経由して会話できるわ。なんかの後押しにはなるかもしれないわよ? どうする?』

 呆れ半分でそう告げる彼女。……私の目から、涙が零れた。

「……おねがいします」

 半ば、縋り付くように告げた。


 数秒の待ち時間の後に、プツッとノイズが聞こえた。

 そのあと、「はい、もしもし」とひどく聞き慣れた女性――自分の声。

「……私、奉景です。ハルカゲさんで、合ってますか?」

『ああ、うん。……入れ替わった元の身体……異世界からの電話ってことであってるか?』

「はい。そのような認識で構いません。あの子は元気ですか?」

『あの子……朔月のことか? ああ、元気だ』

 どうやらすぐに状況を理解したらしく、元気そうな声に切り替わる。

『そっちは……ルナとか、元気にしてるか?』

 質問に「はい」と返事すると、彼は『そうか、それはよかった』と笑う。どこか垣間見える空虚さに尻込みする私に、彼は尋ねる。

『……施設、大丈夫か? まだ潰れてないか?』

 私の今住んでいる施設は借家らしく、ハルカゲのバイト代によってまかなわれていたという。それがなくなったいまの状況は、想像に難くない。

 盗み聞いた話によると、もう春には閉所することが決まっているのだという。

 けれど。

「……みんな、大丈夫ですよ」

 そう告げると、彼は『…………そうか、大丈夫ならよかった』とだけ答えた。


 私は、いままでのことを思い返していた。

 施設でのことや、この世界で出会った人たちのことを。

 ……決めた。


「朔月のこと、よろしくお願いします」

 それだけを言って、私は電話を切った。


 そして駆けだした。

 ……まずは、ルナちゃんを止めなきゃ。

 儀式を止めるために。


 この日常を、また続けるために。


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