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#49 Tomorrow never knows


「俺のことはいい! ——全てを片付けてから、往く」

 地下牢。反響する青年の声。

 見送る少女たちの背中。『俺』は呼吸をする。

「待て——」

 手を伸ばす恰幅のいい男に、俺は怒鳴った。

「貴様の相手は、我だ。斑鳩——評議会ッ!」


 びくりと反応した斑鳩。その瞬間に、彼女たちは出て行く。

 毒の煙は空気より重いらしい。床に漂う煙に口が接したら、たちまち危うくなるだろう。

 煙は少しずつかさを増してゆく。その前に——脱出せねば。

 けれど、斑鳩はなおも立ち塞がり、にたりと笑う。

「皇帝。アンタにゃ死んでもらうぜ」

 それを見据え、俺は剣を構えつつ。

「——どうしてだ」

 疑問を呈した。

「何故、お前らは我を殺そうとする」

 それに斑鳩はほとんど迷い無く応える。

「この国を『より良く』するためさ」

「欺瞞もいいところだ。——己の命を賭してまで、どうして我に固執する」

 すると、彼は俺をじっと見据え、告げるのだ。

「——もはや、止められんのだよ。我らはこの国を滅ぼすために、全てを尽くしてきた。何が犠牲になろうとも。——その犠牲を、今更無駄にはできぬのだ。故に」

 彼はナイフを取り出す。

「死んでもらうぜェ。なんとしてでも。お前の命、頂戴するッ!」


 絶叫して飛びかかる斑鳩。しかし——それを止めたのは。

「——吉谷里」

「お逃げください、皇帝陛下」


「裏切りよって、よく言う」

 俺はそんな言葉を彼に投げかけた。

 血が、ぽたと垂れる音がした。


「吉谷里ァ! ——よくも裏切りよったな」

 斑鳩の言葉に、しかし彼は「先に裏切ったのはどちらだ、下種が」と唾を吐き捨てる。

 呼吸音が反響する。

 沈黙のなか。

 ただ乱れた呼吸音と、ポタポタと血が垂れる音。

「俺は、裏切られたのだ。何もかもに」

 吉谷里は独白した。


「——俺は、テロリストだ。だが、それ以前に愛国者だ。この国を愛する、一人の国民なのだ。

 故に、腐りきったこの国を、どうにかして良い方向に導きたかった。

 だから、国に仕えた。しかし、出来ることには限りがあった。

 ——悪に手を染めてでも、この国に光を導きたかった。

 故に、俺は皇帝を殺したかった。皇帝も、評議会も、何もかも全てを壊して、リセットしたかった。その末に、光があると思っていたのだ」


「……ッ、だから、俺ァ——」

 水を差し掛ける斑鳩に、彼は怒鳴る。

「だが、貴様に裏切られた。利権にまみれ、強欲に支配された評議会に。——テロすら、この国を救う光にはなり得ないと知ったのだ!」

 再び、しんとする牢の中。

「何もかも、信じられなくなった。——その中に、ただ一つ希望が残っていることすら」


 そして彼は、腕からナイフを引き抜き、俺を見た。


「——貴方こそが、希望なのだ。皇帝よ」

「何を——」

 疑問を口走りかける斑鳩に、吉谷里は叫んだ。


「貴方は今、民を知ったはずだ。国の現状を知った。その身体で、受け止めた」

「——ッ!」

「故に、貴方は『変えられる』。その希望を、私は目の当たりにしたのだ」


 そう言いながら、彼は斑鳩に駆け寄り——その首に腕を回し、羽交い締めにする。

「き、りや——貴様ァァァァァ!」

 叫ぶ斑鳩の声に負けぬように、吉谷里は叫ぶ。


「お逃げください。私のことは気にせずに。——次の時代を、作るために!」


「……っ、しかし」

 躊躇う俺の背に、暖かさを感じた。


「——貴方は、優しすぎる」


 目を見開く俺に、吉谷里は語りかけた。

「知ってますか。優しすぎるような方に、皇帝は向いていないのですよ。——貴方のような方には」

 目の前に光が見える。——いつの間にか、階段の上にいた。

「——だからこそ、新時代を担ってほしい。『皇帝なき時代』を、率いてほしい。そう思うのです」

「……その横に、お前がいてほしい。そう思うのは野暮か」

 語りかける。だが。


「その席を担うには、私は汚れきってしまいました」


 ああ、彼ほど崇高な犯罪者が、未だかつていただろうか。

「さあ行ってください。——貴方の理想を、見せてください」

 背中越しに微笑んだように見えた。


 どん、と背中を押された。

 振り返ると——既に、鉄の扉は閉まっていた。

「……開けろ。開いてくれ——開かない。吉谷里。吉谷里ッ!」

 がんがんと叩いても開かない扉。

 中の空気は、今頃毒ガスに置き換わっていることだろう。

「開けてくれ! 開けろ! 出てこいよ! なあ、吉谷里!」

 声は聞こえない。それどころか、息さえも。

「苦しいだろう。つらいだろう。……なあ、泣き言くらい言ってくれよ。声を、聞かせてくれないか——」

 その願いが叶わぬものであるとは、既に解っていた。


 鉄扉の前。俺は、拳を握りしめた。

 頬に垂れた水滴が、傷口に滲む。


 門の前は凄惨だった。

 幾人もの死骸。その中に、青年が一人立っていた。


「先ほどの——白銀と言ったか」

 そう尋ねると、彼はナイフを空に振って、血を切ってから首を縦に振った。

「……お主は、取り返しのつかない喪失を味わったことはあるか」

「ええ。……そういう人は、たくさん見ていきました」

 目を伏せる青年。彼自身も、そういう喪失を味わったことは、想像に難くない。

 静かになった空を見上げ。

「そういうときは、どんな顔をすれば良いだろうか」

「人それぞれです。泣き崩れる人も居れば、笑顔を作る人だって居ます」


「……終わったのだな」

「いえ。まだ始まったばかりですよ」

 そう彼は答えた。


 嫌になるくらい晴れ晴れとした空。

「而して——いまだけは、許してくれ」


 親友のために、『俺』は一人、涙を落とした。


    *


 ——それから、四ヶ月が経った。


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