「でもさ、姉ちゃん。そもそも、蓮さんとはどうやって知り合ったの?」
運ばれてきた抹茶パフェのアイスをスプーンですくいながら、祐介が軽い調子で尋ねる。
「……駅で、酔っぱらいに絡まれているところを助けてもらったの」
「マジで!? 蓮さんヒーローじゃん!」
「それはキュンだ! ドラマティックな出会いだ!」
祐介と須賀さんが同時に身を乗り出してきた。その熱量に押されて、私はちょっと照れながら話を続けた。
「怖くて立ち上がれなくなっていた私を見て、蓮さんが膝をついて起こしてくれたの。そのとき目が合って……なんていうか、その、きれいな瞳だなって……」
「なるほど、まるで王子様だ。僕が映画監督なら、バックに壮大なオーケストラを流すシーンだな」
自然と顔がにやけてしまい、慌てて言葉を付け足す。
「まだそのときは好きとかじゃなくて……ただ、素敵な人だなぁって思っただけだからね?」
「薫くん、わかるよ。その状況で助けられたら、怖くてドキドキしているのか、恋してドキドキしているのかわからなくなってしまうよね。まさに吊り橋効果だ」
「姉ちゃん、それで? どうやって付き合うことになったの?」
「──そのときの私、疲れ切っていて……思わずその場で、私と結婚してって言っちゃった……」
「……は?」
スプーンを口に運ぼうとしていた祐介が固まり、須賀さんは絶妙な間を置いて、低い声で言った。
「薫くん、それは……かなり斬新なアプローチだね」
「姉ちゃんマジで!? それはいくら彼氏いない暦が長くても、やっちゃいけないやつだぞ……?」
「それはピュアキュンではないな。その部分はカットして、もっとほかのピュアキュンを教えてくれ」
祐介は昔から聞き上手だったが、須賀さんも話を引き出すのが巧みだった。うまいこと乗せられていると気づきながらも、私は、彼との暮らしで胸が高鳴った小さな瞬間をいくつも語ってしまっていた。
「なるほど、庭のチェアで寝ている出雲くんにブランケットを掛けようとしたら、寝ぼけて手首に触れてきたのか……。まさにピュアキュンの教科書に載せたいエピソードだ」
須賀さんはノートを閉じて、満足げに微笑んだ。
「ありがとう。これでスランプから抜け出せそうだよ」
私は肩の力を抜いて「どういたしまして」と返事をする。ふと窓の外に目を向けると、街はすっかり夜の
いつの間にか、須賀さんに対する警戒心はすっかり消え去っていた。その代わりに、まるで女子会で恋バナを語り合ったあとのような、ほのぼのとした温かさが胸の奥に広がっている。
「そういえば、明日はクリスマスイブだね。出雲くんと過ごすのかい?」
私は小さく笑って、「二人きりじゃないですけどね」と答える。
「私も蓮さんも、クリスマスは家族で過ごす日っていう認識なんです。祐介がわざわざ有給を取って、豪華な料理を作ってくれるそうなので、仕事が終わったら家で三人で過ごそうと思っています」
祐介の方を見ると、彼は宇治抹茶パフェの抹茶クリームをスプーンですくいながら、得意げに頷いた。
「信州・塩尻名物の山賊焼き、作っちゃいます!」
「そうか。それは素敵な時間になりそうだね」
須賀さんが柔らかく微笑んだ。その笑顔には皮肉や駆け引きの影はなく、今までに見たどんな彼の表情よりも素敵に見えた。
「須賀さんは、知里さんと過ごすんですか?」
ふと気になって尋ねると、彼は静かに首を横に振りながら微笑んだ。
「広瀬さんと過ごすのも楽しそうだけどね。残念ながら、しばらくは恋人に束縛される予定なんだ」
「恋人?」
驚いて聞き返すと、彼は肩をすくめて笑った。
「ああ、名前を『原稿』というんだ。とても執着心が強い恋人でね、クリスマスも正月も僕を独占して離してくれない」
そういうことか。私は思わず笑ってしまった。
「執筆スケジュールが大幅に遅れてしまったから、これから新幹線で定宿に向かって、
須賀さんの言葉には迷いはなかった。彼にとって、それが何より大切な選択なのだろう。
少し迷った末、私は思い切って口を開いた。
「須賀さん……知里さんが、あなたを春木賢一朗だと誤解している件なんですが……」
他人のことに口を出すのは気が引けたけれど、知里さんが知らないことを自分だけが知っているという状況をこれ以上重ねるのは、どうにも居心地が悪かった。
須賀さんは穏やかに首を横に振る。
「大丈夫だよ。館詰から戻ったら、すぐに彼女に話すつもりだ。心配しなくていい」
そう言ったあと、須賀さんは少し照れたように微笑んだ。
「彼女の美しさだけじゃなく、その情熱にも惹かれたんだ。きちんと話をして、僕という人間を見てもらえるようにするよ」
その誠実な言葉に、私は安心して頷いた。ああ……今日は本当に来てよかった!
「メリー・クリスマス、ボブ! なんだか最高のクリスマスになりそうっすね!」
まるで子どもに戻ったかのような無邪気な声で、祐介が言う。
「ボブって……誰?」
私が尋ねると、須賀さんがわざとらしくため息をつき、冷ややかな表情に戻って私を見る。
「薫くん、まさか君、ディケンズの『クリスマスキャロル』も読んだことがないのか? あの名作を?」
言葉に詰まる私の代わりに、祐介が楽しそうに口を挟んだ。
「うち、ばあちゃんが本好きだったから、子どもの頃から本をたくさん買ってもらってたんですよ。でも姉ちゃん、『ニルスのふしぎな旅』と『赤毛のアン』ばっかり繰り返し読んでてさ。俺みたいに、いろんなジャンルをバランスよく読めばいいのに」
「だって、何度読んでも新しい発見があるし……」
須賀さんはふっと微笑んだ。
「薫くん、それはよくわかるよ。心に響いた物語は、いつだって心の中に特等席を作るものだ。そして、人は何度でもそこへ戻りたくなる」
私は頷きながら、カップを手に取る。コーヒーはすっかり冷めてしまったけれど、心はほんのりと温かかった。──まるで、クリスマスのささやかな魔法にかかったみたいに。
だけど──そのときの私は、まだ知らなかったのだ。
須賀さんと祐介、そして私がここで談笑している場面を、偶然通りかかった知里さんが、窓の外からじっと見つめていたことを……。