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第3-2話 新たなる旅立ち(2)

 ギルドの宿で一夜を明かし、ルウルウはジェイドとともにレハームの森へと出発した。いままでの旅を思えば、レハームの森は目と鼻の先だ。昼頃には森に入れるだろう。


「……この道を」


 細くなっていく街道を見ながら、ジェイドは回顧する。


「カイルを背負って、走っていたんだ」

「そっか……」


 この旅の発端は、思えばそうだった。ナディバの街を襲った魔族の軍勢、それを防衛するために雇われたジェイド。ジェイドはカイルと出会い、傷ついたカイルを背負って走った。


 思えばその時から、魔王の悪意は動き始めていたのだろう。ジェイドとカイルの出会いは仕組まれていたに違いない。――そして、ルウルウと出会うことさえも。


「ルウルウはどう思う?」

「えっと……ジェイドがカイルを連れてきたこと?」


 ジェイドに問われ、ルウルウはその意図を確認した。ジェイドが「そうだ」とうなずき、ルウルウは考える。


「よかったんじゃないかな。……ううん、よかったに決まってる」

「ルウルウ……」

「ジェイドがカイルを見捨てないでよかった。わたしのところに連れてきてくれてよかった」


 ルウルウの心の中が、クリアになっていく。


「わたしを頼ってくれて、よかった」


 ルウルウははっきりとそう言った。いままでの旅に後悔も恨みもない――それをルウルウはジェイドに伝えたかった。


「カイルと友達になれてよかった、ランダさんやハラズーンさんと旅ができてよかった」


 いままでの旅は、苦しく悲しいことばかりではない。ときに喜び、ときに嬉しくもなった。ルウルウは旅の明るかった面を思い出していた。


「お師匠様に、もう一度会えてよかった」


 そう言い切ると、ルウルウの心の中がスッキリと晴れ渡った。

 そんなルウルウを見て、ジェイドが小さく笑った。


「ルウルウ。君はいいひとだ」

「……そう?」

「ああ」


 ジェイドは歩き続けながら、東から差し込む太陽光を見上げた。


「君の道行きに幸あれ、と願わずにいられない」

「それは……ジェイドも、だよ」

「ん?」

「わたしは……ジェイドにしあわせになってほしい」


 そう告げた途端、ルウルウの胸の中が苦しくなる。心臓がドキドキと高鳴って、切ない気持ちになる。


「ジェイド……」

「ルウルウ、それは」


 どちらからともなく歩む足を止め、ルウルウとジェイドはたがいに顔を見る。ルウルウは自分の頬が急に熱くなるのを感じた。まだ冷たい春風を、如実に感じる頬の熱さだ。


「ジェイド……」


 淡青色の瞳で、ルウルウはジェイドを見つめる。ジェイドの漆黒色の目が、ルウルウを見つめている。


「えっと……」


 ルウルウは思わず目を伏せてしまった。困ったように足で地面をかいて、ルウルウは顔を上げた。


「レハームの森まで……待ってくれる?」

「……ああ」


 なにを言うべきか、まだすこし待ってほしい――とルウルウは言っている。ジェイドは快くうなずいてくれた。ルウルウはホッとした。


 ふたりで歩いていく。

 数時間ののち、ルウルウとジェイドはレハームの森へと到達した。ルウルウが生まれ育った地――慣れた足取りで、ルウルウは森の中を歩く。木々の様子も、流れる小川のさまも、なにもかも変わっていないように思える。


 しばし歩いて、ルウルウはその場所に到達した。


 タージュとルウルウが過ごした庵の跡。焼け焦げた地面と、瓦礫の山。雨風にもさらされただろうが、ほとんどはあの朝と変わっていない。――ここを旅立った朝と。


 タージュの庵は魔族によって焼かれてしまった。いまはその残骸しかない。タージュが持っていた書物も、ルウルウが作った薬も、柔らかな寝床も、いまは黒く焼けてしまった。


「…………」


 ルウルウはその光景を見ても、泣かなかった。ルウルウは庵の残骸の前にひざまずく。両手を組んで、祈るようにつぶやく。


「いままでありがとうございました、お師匠様」


 そしてルウルウは立ち上がり、目の前に杖を立てた。土に突き立てるように、タージュの杖を立てる。春風の中に、杖の御守りが揺れた。


「いままで……本当にお世話になりました」


 杖に向かって、ルウルウは心の底から感謝を捧げた。


「さようなら、お師匠様」


 ルウルウの様子を、ジェイドが黙って見守っている。ジェイドは静かにルウルウに近づき、その肩を軽く叩いた。


「がんばったな」

「……うん」

「本当によくがんばった」


 ルウルウはうなずいて、ジェイドにほほ笑んで見せた。


「ジェイド」

「ん」

「わたし……」


 ルウルウは決心していた。ジェイドに告げるべき言葉を、紡ぐ。


「わたしも……ジェイドのことが好きです」


 心から出して、喉へと流し込み、言葉にする。それだけなのにひどく心臓が早く脈動している。ルウルウは必死に言葉を続けた。


「わたしがお師匠様と魔王の子であることは、変えられない事実。このことはずっと、ずっと、わたしの中でしこりのように残ると思います」


 真珠色の髪も淡青色の瞳も、魔王から受け継いだものだ。そのことは一部の人間しか知らないが、誰よりもルウルウ自身が知っている。ルウルウが強く意識してしまう事柄だ。


「たぶん……西方大陸にいるかぎりは、わたしのなかでしこりが膨らむでしょう。だからわたしを……わたしを……東方大陸へ、連れて行ってください」

「ルウルウ……」

「ずっと、一緒にいてください」


 言い切った、と思った瞬間、ルウルウは目頭が熱くなるのを感じた。泣かないと思っていたはずなのに、涙があふれてくる。


「あ、あれ……ご、ごめん、なんか……」


 涙があふれて止まらない。ルウルウはあせって顔を手でぬぐった。熱い涙が次から次へと手を濡らして、留まることをしらない。


「ルウルウ」


 ジェイドが優しい声で語りかける。ルウルウの顔を隠すように、ジェイドはルウルウを抱きしめた。


「ありがとう、ルウルウ」

「……ううん」

「これからはきっと、苦労させる」

「そんな、こと」


 ルウルウはジェイドの外套マントをギュッと握って、首を横に振った。いままではルウルウがジェイドに苦労をかけた。その分のあがないができるのだ。そう思うと、ルウルウは嬉しくもあった。


「これからも、ずっと一緒だ」


 ジェイドの言葉が力強い。ルウルウはうなずいて、泣き続けていた。

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