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第3話 新たなる旅立ち(1)

 東の地へと、ルウルウとジェイドは至った。

 レハームの森へと向かう前に、ハーリス山北西にある街へと立ち寄った。冒険者ギルドのある小さな街だ。


 街に到着したのは、昼間だった。冒険者ギルドへと向かう。ジェイドがギルドの扉を開けると、酒と食物の匂いが混じってただよってくる。お腹が空く匂いだ。


 ギルドの中には、多くの冒険者たちがいる。ある者は酒を飲み、ある者は昼食をとり、ある者は壁の依頼書を見ている。にぎやかな酒場に似た場所だ。


 ジェイドが中に入っていき、ルウルウも続く。


「よお! お前やっぱり……ジェイドだな!?」

「ジェイドだ! ジェイドが帰ってきたぞ!!」


 ギルドの中の冒険者たちが、ジェイドに声をかけてくる。彼らの騒ぐ声はギルドの奥まで響き、カウンターにいかつい中年男が顔を出す。ギルド支部長のオーブリーだ。ジェイドたちは彼の前まで移動する。


「おお……ジェイド! 間違いねぇな、生きてやがったか!」

「おやっさん、いま帰った」

「おうおう、聖杯の魔女の秘蔵っ子も……ルウルウ、だったか。元気だったか?」

「はい、おかげさまで……ありがとうございます」


 オーブリーはジェイドとルウルウの無事を喜ぶ。


「あのエルフの小僧はどうした? 一緒じゃないのか?」

「カイルは別の場所でつとめができた。だから別れてきた」

「そうか……そういうこともあらぁな」


 オーブリーはすこし残念そうだが納得した顔でうなずいた。


「それに、タージュはどうした? 探しに行ったんだろう?」

「ああ、会うことはできた。だが……彼女もまたつとめを果たした。連れて帰ることはできなかった」

「……そうか」


 オーブリーは事情を察したように、表情を曇らせた。


「冒険者どもがいろいろ噂してたんでな、心配してたんだ。話を聞かせてもらえるかい?」

「ああ、そのつもりだ」


 カウンター席にジェイドとルウルウは座る。オーブリーは従業員たちに指示を出し、食事を用意させた。隠者のパンアンカライト、鶏肉の炙り、ドライフルーツなどが並ぶ。


「腹減ってるだろ? 帰還祝いだ、俺がおごってやる」

「感謝する、おやっさん」

「ありがとうございます」


 ジェイドとルウルウはまず昼食をとることにした。アンカライトは、歯ごたえのあるパンに塩の効いたハムが挟んである。鶏肉の炙りは、ハーブをまぶして焼いたものだ。ドライフルーツは、果実を大ぶりに切ってから干してある。どれも腹ペコの身にはありがたいものだった。


 食後にはハーブを煮出した茶が出される。爽やかな香りの茶だった。気分が落ち着く。


「さて、詳しい話を聞かせてもらおうか」

「どこから話そうか……」

「あのエルフ……カイル、といったな。あいつはどこへ留まったんだ?」


 オーブリーの関心はまずカイルのことに向いた。ジェイドが答える。


「ルーガノン……竜人谷だ」

「竜人谷!? 噂に聞く、リザードマンたちの国か。それはまた思い切ったな!」

「ああ。そこの次の王がカイルの能力を見込んでくれたんだ」

「ほほう、リザードマンの王が……」

「次王の名はハラズーン。ハラズーンとも一緒に旅をしたが、いいヤツだった」


 ジェイドはハラズーンのことを「いいヤツ」と評した。


「ふむ。ジェイドがそう言うなら、間違いないだろう」


 オーブリーはジェイドを信頼している。ゆえにジェイドのハラズーンに対する評価も、信頼したようだ。

 オーブリーはカウンター内の椅子を引き寄せ、どっかりと座った。カウンターを挟んで、ジェイドとルウルウと対峙する。


「……風の噂で聞いていた。ジェイド、ルウルウ、お前さんら……魔王を倒しに行ったんだろう? どうなった? いや、無事なんだからある程度の結果はわかるもんだが」

「魔王は……タージュ殿の助力で倒した」


 ジェイドは「倒した」と言ったのち、なにかを付け加えるか迷っているようだった。ルウルウがオーブリーに向かって身を乗り出す。


「お師匠様が魔王を倒して、封印したんです」

「封印……」

「はい。この世界よりずっと遠くに……ご自分とともに」


 ルウルウは意外にすんなりと話せた自分に驚いていた。


「そうか……」


 オーブリーはなにかを察したようで、深くため息をついた。彼はしばらく目を閉じ、そしてルウルウに視線をやる。


「ルウルウ、タージュのことは残念だったな」

「……はい」


 オーブリーの悼む言葉に、ルウルウは素直にうなずいた。


「タージュは……いい魔法使いだった。薬を作る腕前も、回復魔法も、ピカイチだったろう。それに心根が優しい魔女だったよ」

「…………」

「あれほどの魔女がした選択だ。その思いは計り知れないが、ルウルウ、お前さんのためでもあったんだろう」


 オーブリーの言葉を、ルウルウは黙って聞いていた。オーブリーは席を立ち、棚から酒瓶と杯を三つ、取り出した。酒瓶の中身を杯に注ぐ。赤紫色の果実酒だ。


「ああ、聖杯の魔女タージュに献杯といこう」


 杯に少しずつ注がれた酒。それをルウルウは見つめ、杯を手に取る。オーブリーもジェイドも杯を取って、掲げた。


「聖杯の魔女タージュ、安らかであれ」

「タージュ殿、見守っていてくれ」


 オーブリーとジェイドが杯に口をつけた。ルウルウは酒の香りを嗅ぐに留める。そして杯をカウンターに置き、ルウルウは頭を下げた。


「……ありがとうございます、お師匠様も報われると思います」

「そうだといいが」


 ルウルウは不思議と気持ちがおだやかになっていく。自分が本当にしたかったことは、こういうことだったのかもしれない――ルウルウはそう思った。

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