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第95話

 奴の気配と魔力は掴んであるが、まるでこの世界から消えたかのように気配がなくなったわい

 わしが力を取り戻し始めてからの探知範囲はこの世界のおよそ半分をカヴァーできる

 じゃが、飛び回って探知しても奴の気配はどこにもなかった

 どういうことじゃ?

 そんなはずは絶対にない。どこかに痕跡があればそれすら探知できるというのに

「一体どこへ行ったんじゃ」

 カズマの薬でもあるまいし、あの薬でも効果が切れれば気配は漏れ出る

 そこまでの力を使えるのは予想外じゃった


 セイヴは勇者だったころ、誰に対しても優しく、魔人にも対等に接しておった

 今のあの蘇った魔王オルガとは違う別の魔王シソ

 彼と和解し、あの頃は本当に魔人やヒト族が共に手を取り合えたかもしれなかった

 母も、それを喜んでおった

 女神に託された使命

 それは魔人と人々が平和に暮らす世界じゃった

 元は魔物である魔人じゃが、やつらには自我があり、心があり、個性がある

 話し合い、分かり合える未来もあるのじゃ

 女神ルシエル

 我が母を含め、神獣たちの母でもある。つまりわしの祖母じゃな

 今は力を失い存在もあいまいになっておるため、世界の管理はできぬようになったが、神獣たちが今それを担っておる。わしの姉のようにな

 我が母に認められるほどの仁徳者

 それが、女神を裏切り、魔王シソを裏切り、我が母を裏切り、我らの心を裏切った

 あれほど信頼し、カズマより以前にわしは、奴を・・・

 奴はなぜああなった?

 女神をたばかるほどの詐欺師じゃったのか? それとも奴が操った王兄ロウドのように操られておるのか? それは分からぬ

 ヒトの心を掌握し、操り、先導し、何を目的に動く?セイヴよ


 時を同じくして、闇勇者セイヴはかつての思い出に浸っていた

「楽しかったな、冒険は。この世界に来てから新しいことずくめで、今まで剣も握ったことのない僕が、剣と魔法を覚えて、仲間と一緒に」

 それは彼がとある世界からこの世界へと落とされたことから始まった

 彼がこの世界で得た力は絶大で、歴代最強の勇者と呼ばれるようになった

 数々の偉業を成し、魔王や魔人、神獣たち、果ては女神にも認められた

 だが、彼は飽きた

「これだけ世界が平和になったんだ。ならもう、壊しちゃおう」

 それは、この世界にかつていたどんな邪悪よりも深い悪に染まった笑顔

 そして

「やめなさいセイヴ! 一体どうしたのです!? まさか、操られて」

「いいやぁ。僕は僕のままだよティフォン。ああ、これだよこれ、積み上げてきたものを、自分の手で壊す。ああ、いいね。じゃあまずティフォン、君からだ」

 セイヴは神獣ティフォンの心臓たる核を、いきなり一突きにして殺害した

 そこに駆け付ける二匹の娘たち

「お母様!」

「母様!」

 それが後の神獣アルビオナと、その妹、後のダークドラゴンのティアだった

「あ、ああ、母様を、なんで、なんでじゃセイヴ!」

「セイヴ様、これは一体どういうことなのです!」

「ああ、君たちか。こんなにすぐにばれたくはなかったんだけど、見られたからには仕方ないか。もう少し君たちで遊びたかったんだけどねぇ」

 セイヴはアルビオナの後ろに転移し、その翼をもぎ取った

「あぐっ!」

「姉様! セイヴ、なぜ、わしはお前を」

「ティア、僕も君が好きだ。その絶望した顔が、涙を浮かべた目が」

「セイヴ・・・、セイヴ! 許さぬ! わしの母と姉を!」

「だめティア、その力は」

「へぇ、君、今の自分のこと、分かってる? 染まっちゃってるよ」

「うるさい! 許さぬ! 絶対に! グラアアアアアア!!」

 ティアの白銀の体が黒く黒く染まり、彼女はダークドラゴンへと姿を変えた

 自我を失ったティアはどこかへと飛び去ってしまった

「自滅、かな? さてと・・・。うーん、君の命は助けてあげる。ただ一つ条件がある。僕の行動に目をつむれ」

「あ、ああ」

 恐怖するアルビオナはうなづくしかなかった


 そして飛び去ったティアは

「すまぬ、すまぬ姉様。わしらでは今セイヴには勝てぬ」

 彼女は自我を失ったわけではなく、その闇の力を見事に取り込んでいた

 その力は大きく膨れ上がっていたが、彼女は力に溺れ、飲み込まれるほど馬鹿ではなかった

「今はセイヴを倒す力を蓄える時じゃ」

 のちに姉アルビオナが無事であったことに安堵しつつ、数百年をかけてセイヴに勝てる勇者を待った

 時にはセイヴの動きを捉え、国々を渡ってはその悪行を消していった

 その行動により、ダークドラゴンとして後々に名を残すことになってしまった


 それから時はすぎ、セイヴを超えるかもしれない勇者が生まれた

 それが魔王を討ち、ダークドラゴンを討ったとされる勇者ランス

 だがその実態は悲惨なものだった

 裏で暗躍していたセイヴによりヒトと共に歩もうとしていた魔王を討ち、ダークドラゴンとなったティアとも戦うしかなくなった

 全てがセイヴの手の上だったが、彼に一つ誤算があった

 それがランスのことだった

 彼はダークドラゴンとの戦闘の際にセイヴの存在を感じ取り、ダークドラゴンと目で意思疎通をし、セイヴを討つに至った

 その際に聖女リアラスが命を懸けた魔法と、ダークドラゴンが全身全霊の力を持ってランスの聖なる力をセイヴにぶつけた

 そして、聖女リアラスとランスは死に、ダークドラゴンティアもその力の大半を失った


 そして現代

 ティアは過去を思い出しながら世界を飛び回っていた

「あの時、完全に滅ぼしたはずじゃ。あの邪悪な勇者を・・・。なぜ今になって」

 ランス、リアラスが全てをかけ、わしにつないだ

 セイヴは必ず討つ


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