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第75話

 安倍霊障相談サービスを義彰と立ち上げて一年。

 安倍清隆といえば、南海大学の陰陽師。そんな風に言われるくらいには、そこそこの有名人となった。

「なんか、俺が知らない間に知られているかと思うと落ち着かないな」

「大丈夫だよ。安倍君の顔を知っている人はごく僅かだからね。その証拠に、誰も僕たちなんて気にしていないだろ」

 文学部の近くにある食堂で遅めの昼食を食べていた。講義の合間、会社のミーティングも兼ねている。

「先月の依頼は二件。どちらもウチの学生だったね。稼ぎは一四万円だ」

「俺が六万、義彰が三万、残り五万はプールと税金と、あとは経費か」

「だね。事務所を持っていないと固定費がかからなくていい」

「ホームページも無料だしな。人件費だけ、しかも歩合制っていうのは、かなりローコストだ」

「実働時間に換算したら割のいいバイトだよ。ばら撒き用の名刺は足りている?」

「余っている。というか配る機会が無い」

「もっと宣伝に力を入れてほしいな」

 苦笑する義彰に、清隆は目を逸らす。

「そういうことのためにお前がいるんだろ」

「そりゃそうだけどさ。社長は君なんだから。会社の顔だよ」

「努力する」

 義彰は曖昧に笑う。色々な顔で笑う奴だ、と感心しながらチキン南蛮を突く。

「今月は既に二件依頼を片付けている。順調すぎるくらい順調だね。この後三件目の依頼人が来るよ」

「霊障に困っている人って意外と多いんだな」

「それは僕も驚いている。内容も色々あるよね。呪いのビデオを見てしまった件は面白かったなあ」

「あれを面白いと言うか」

 呪いのビデオ。見たら呪われてしまい、呪いを回避するにはダビングしてまだ見たことの無い人間に渡すことが必要とされる、ひと昔前に流行った都市伝説である。

 そのDVD版を見てしまったと語る依頼人が現れ、清隆と義彰は呪いのDVDを実際に再生した。

「まさか本物だったとは。ただの噂というか、作り話だと思っていたのに」

 そう、それは本物の呪いの動画だったのである。見た者の精神に悪影響を及ぼす、女の霊が憑いている動画だった。呪われたかもしれないと思って精神的に不安定になると、てきめんに助長する、という仕掛けになっていると最後は結論付けている。

 それに、義彰が憑かれた。

「精神を病む人の気持ちが少しわかったよ。自分の内から聞こえる声が永遠にループして考えこんじゃうんだ。眠れなくなって、倒れるかと思った」

 傍から聞くと辛そうな体験に思えるが、義彰は巻き込まれることをなぜか楽しんでいる。心身の不調も笑って受け流す。

「お前ってマゾなの?」

「この世に不思議なことがあるって事実が面白いんだよ。何もかも解明されてしまうなんてつまらない。余白が無い世界なんて息が詰まっちゃうね」

「その余白には霊、妖、そういうものが詰まっているとしてもか」

「しても、だね。僕にとっては未知のものだし、多分、人類にとっても未知だ」

「昔は皆知っていたんだけど、資本主義の発展と一緒に忘れられたものなんだよ」

「どうして資本主義が出てくるの」

「資本主義は、科学発展が金儲けに繋がるって考えで動いているからな。科学は客観性の学問であって、人によって見え方が変わる心霊ってのは相性が悪いのさ」

「人によって違うなんて、色んな分野でありそうだけど」

「そういう分野はことごとく資本主義と相性が悪いんだよ。できるだけ均一に効率的に普遍的な商品やサービスを売ろうとするだろ」

「個人に寄り添ったサービス、とかありそうだけど」

「儲かっているイメージは?」

「無いね」

 義彰が苦笑する。

「なるほど、資本主義とたしかに相性が悪そうだ。でもだからこそ、隙間産業的に生き残れる気がするな」

「それがウチの父親だよ。人間、科学に浸かって生きていても、信仰を捨てることはなかなか難しい。縁起、験担ぎ、運の良し悪し、そういったものを信じる気持ちは誰にでもあるからな。占いましょうと言ったら乗ってくる人たちは多い」

「政治家の選挙戦とか、運の要素も多分に含んでいると思うしね」

「次の選挙はどうしたらいいですか、って相談にくる政治家は山ほどいたよ」

「どうやって占うの」

「一応手順があるけど、基本は直感というか、視えるものを伝えるだけだな。具体的にああしろ、こうしろって言うことは少ないよ。どこそこの神社にお参りに行けとか、あの人とは距離を取れとか、事務所の場所が悪いとか、その程度さ」

「でも、それで選挙に勝つ」

「まあな。多少の不利が覆ることはある」

「安倍君もできる? 占いって需要がありそうだと思うんだけど」

 清隆は腕を組んで考えた。唸り、首を捻り、答えに窮する。

「どうしたの」

「言いにくいんだけど、俺は占いがそんなに得意じゃない。霊視に特化した式神が実家にはいて、それの力を借りればそれなりには占えるけど、普段から借りられるわけじゃないんだ」

「式神っていうと、蓮牙れんが宵目よいめだっけ」

「そう、狼の式神の蓮牙と梟の式神の宵目。それが、俺が実家から借りている式神。他にも何体かいて、父親は俺より遥かにいろいろできる」

「相伝の式神がいるわけだ」

「俺が後を継いだら、正式に俺の式神になる」

「後継ぎ争いとか、無いの?」

「無いな」

 清隆は即答した。

「妹がいるんだけど、あいつは後継ぎなんて立場はいらないって言っている。陰陽師自体にはなるつもりだけど、面倒は避けたいらしい。パートタイム陰陽師で充分なんだと」

「そりゃ良かった。家族で骨肉の争いなんてしたくないもんね」

「しても俺が勝つけどな」

「恨みは残るかもしれないでしょ。無い方がいいよ、そんなもの。兄妹はずっと兄妹なんだから」

 義彰がスマートフォンを見て、何かをスクロールする。

「あと十分で約束の時間だね。さてさて、次はどんな依頼が来るかな」

 ウキウキ、という擬音が似合いそうな顔で義彰が操作する。

「理学部化学科の二年生だってさ。珍しいよね、理学部の人からの依頼なんて。何か問題があったら、科学的アプローチで解決しそうなものなのに」

「非科学的なことが起こったか、科学的アプローチを諦めたか」

 二人は席を立ち、食堂を出た。真夏の熱気が途端に纏わりついてくる。九月になっても全然暑さが和らがない。

 二分ほどかけて学内のカフェ前に移動し、依頼人を待ち構える。そして約束の三分前になり、依頼人が現れた。



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