アルと一緒に食事をとって、私は帰宅した。
するとお父様もお母様も起きていてすごく心配されたけれど、疲れた私はてきとうに話を聞いて、すぐに部屋にお風呂に入ってベッドに突っ伏した。
疲れた。どっと疲れた。
明日は仕事なのよね。
私、あの犯人に見られていないよね? 大丈夫だよね?
そう自分に言い聞かせる。あぁ、まだ心臓がドキドキいっている。
六芒星かぁ……ちょっと気になるな。
水曜日に、国立図書館に調べに行ってみようかな。
あんな事件を目撃した後だからきっと眠れない、そう思ったんだけど、そんなことはなく、いつの間にか朝を迎えていた。
事件を目撃しようとも、日常はやってくる。
今日も私は仕事をこなし、仕事終わりにアルが迎えに来た。
夕暮れの中に立つアルの姿を見つけた私は、思わず走り出す。
濃いグレーの帽子に黒のマントを着た彼がひろげた腕の中に、私は飛び込んだ。
「おっと」
驚いたアルは一瞬よろめくけれどちゃんと私を受け止めてくれた。
「お待たせ!」
「今日はずいぶんと元気がいいですね」
「そう、ですかね?」
言いながら私は首を傾げて彼の顔を見上げた。
相変わらず、彼の眼には包帯が巻かれたままだ。いつとれるんだろう、これは。
「あの、前から気になっていたんですけど」
「何でしょうか」
「傷は、まだ治らないんですか?」
「あぁ、これですか……」
そして彼は、自分の左目の包帯に触れる。
「傷はもう大丈夫なのですが、視力がまだ回復しなくて、余り見えないんですよね」
そう告げて苦笑いを浮かべる。
そう、なんだ……
片目が見えにくいって、生活に支障があるんじゃあ……
「ドラゴンの尾には毒があるそうで、その毒の影響だろう、と言われました。毒が抜ければ視力が回復するかもしれませんが、まだどうなるかはわからないんですよね」
物語でそういう話、あるけれど……本当に毒があるんだ。しらなかった。
「そう、だったんですね」
なんだろう、私のことじゃないのに心が痛くなってくる。
「貴方がそんな悲しい顔するようなものではないですよ。俺は生きてここにいる。それだけで充分ですよ」
そしてアルは私の頬に触れる。
そんな悲しい顔、しているかな。そうかな……そうなのかな。でもなんだか苦しいのは確かだ。
私は頬に触れた手に自分の手を重ねる。彼の手は大きくて温かい。
「そうですね。だからどこに行っても必ず、私の元に帰ってきてくださいね」
「えぇ、わかっています。では帰りましょうか。あまり待たせては悪いですからね」
そうだ、彼の家の馬車が私たちを待っている。
私は彼と手を繋いで馬車へと向かった。
その馬車の中で、私は例の六芒星のマークの事を調べに行く話をした。
「あぁ、あのマーク……口外しないように言われたでしょう」
そうなんだ。
血で書かれた六芒星のマークは報道に発表されていないらしい。つまり、犯人しか知りえない証拠だ。なので私も誰にも話さないように言われた。でも、アルは知っている、と思ったんだ。騎士だものね。
「はい。それで気になって。あのマークは魔術に用いられるものですからね。詳しいことは知らないので、図書館に調べに行こうと思っています。いったい何の目的なのかなって」
「魔術……まあ、たしかにその可能性はありますねぇ。でも人を殺してもちいる魔術なんてあるんでしょうか?」
言いながらアルは顎に手をやる。
確かにそうよね。物語の中ではそういうのよく出てくるけれど、じゃあ実際に生贄を必要とする魔術ってあるのかな。
さすがに現実の魔術知識なんてないのよね。だから調べるしかない。
「事件捜査は行き詰まっているみたいなんですよね。犯人像がわからないし、犯行現場もかなり離れていて」
「そう、なんですか?」
そう言われてみれば、この間女性が殺された現場とここではかなり離れているし、娼婦がいる様な場所なんて反対側もいいところだ。
……あれ?
私とアル。同時に互いの方を向き顔を見合わせ、目を見開く。
「現場はどれもかなり離れているんですね?」
「えぇ。直線状でみてかなりの距離、離れています」
そして、現場に残された六芒星のマーク。
もしかして。
「もしかして、現場を線で結んだら……」
「最初の現場と次の現場、そして俺たちが遭遇した現場で三角形が描けるかと思います」
アルの言葉を聞いて、心臓がどくん、と大きく跳ねる。
そして今日の現場は……
「この辺りとは真反対の場所」
同時に同じ言葉を吐いた私達。思わず嬉しくなるけれどそうじゃないのよね。これは重大なヒントじゃないだろうか。
やだ、人が死んでいる事件なのに私、わくわくしてきた。
でも不謹慎だと思うから、私は沸き上る感情を抑えつけて、言葉を続けた。
「そうなるとやはり魔術の儀式的な意味があるのでは?」
「そう、なりますねえ……とりあえず俺は明日、警備隊の詰所に行ってこようと思います。地図をみれば今俺たちが考えたことが正しいか、わかりますからね」
と言った。
死体を見たりアルの目が治らないかもしれない、といった心が沈むような出来事が続いたけれど、がぜんやる気が出てきた。
その時、馬車が止まりうちの前に着いたことがわかる。
「それじゃあまた明日、アル」
そう微笑みかけると、彼の手が私の頬に触れる。
そして触れるだけにキスを交わし、
「そうですね、また明日。おやすみなさい、パティ」
と、甘く低い声で言った。