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第70話 次の日

 アルと一緒に食事をとって、私は帰宅した。

 するとお父様もお母様も起きていてすごく心配されたけれど、疲れた私はてきとうに話を聞いて、すぐに部屋にお風呂に入ってベッドに突っ伏した。

 疲れた。どっと疲れた。

 明日は仕事なのよね。

 私、あの犯人に見られていないよね? 大丈夫だよね?

 そう自分に言い聞かせる。あぁ、まだ心臓がドキドキいっている。

 六芒星かぁ……ちょっと気になるな。

 水曜日に、国立図書館に調べに行ってみようかな。

 あんな事件を目撃した後だからきっと眠れない、そう思ったんだけど、そんなことはなく、いつの間にか朝を迎えていた。



 事件を目撃しようとも、日常はやってくる。

 今日も私は仕事をこなし、仕事終わりにアルが迎えに来た。

 夕暮れの中に立つアルの姿を見つけた私は、思わず走り出す。

 濃いグレーの帽子に黒のマントを着た彼がひろげた腕の中に、私は飛び込んだ。


「おっと」


 驚いたアルは一瞬よろめくけれどちゃんと私を受け止めてくれた。


「お待たせ!」


「今日はずいぶんと元気がいいですね」


「そう、ですかね?」


 言いながら私は首を傾げて彼の顔を見上げた。

 相変わらず、彼の眼には包帯が巻かれたままだ。いつとれるんだろう、これは。


「あの、前から気になっていたんですけど」


「何でしょうか」


「傷は、まだ治らないんですか?」


「あぁ、これですか……」


 そして彼は、自分の左目の包帯に触れる。


「傷はもう大丈夫なのですが、視力がまだ回復しなくて、余り見えないんですよね」


 そう告げて苦笑いを浮かべる。

 そう、なんだ……

 片目が見えにくいって、生活に支障があるんじゃあ……


「ドラゴンの尾には毒があるそうで、その毒の影響だろう、と言われました。毒が抜ければ視力が回復するかもしれませんが、まだどうなるかはわからないんですよね」


 物語でそういう話、あるけれど……本当に毒があるんだ。しらなかった。


「そう、だったんですね」


 なんだろう、私のことじゃないのに心が痛くなってくる。


「貴方がそんな悲しい顔するようなものではないですよ。俺は生きてここにいる。それだけで充分ですよ」


 そしてアルは私の頬に触れる。

 そんな悲しい顔、しているかな。そうかな……そうなのかな。でもなんだか苦しいのは確かだ。

 私は頬に触れた手に自分の手を重ねる。彼の手は大きくて温かい。


「そうですね。だからどこに行っても必ず、私の元に帰ってきてくださいね」


「えぇ、わかっています。では帰りましょうか。あまり待たせては悪いですからね」


 そうだ、彼の家の馬車が私たちを待っている。

 私は彼と手を繋いで馬車へと向かった。

 その馬車の中で、私は例の六芒星のマークの事を調べに行く話をした。


「あぁ、あのマーク……口外しないように言われたでしょう」


 そうなんだ。

 血で書かれた六芒星のマークは報道に発表されていないらしい。つまり、犯人しか知りえない証拠だ。なので私も誰にも話さないように言われた。でも、アルは知っている、と思ったんだ。騎士だものね。


「はい。それで気になって。あのマークは魔術に用いられるものですからね。詳しいことは知らないので、図書館に調べに行こうと思っています。いったい何の目的なのかなって」


「魔術……まあ、たしかにその可能性はありますねぇ。でも人を殺してもちいる魔術なんてあるんでしょうか?」


 言いながらアルは顎に手をやる。

 確かにそうよね。物語の中ではそういうのよく出てくるけれど、じゃあ実際に生贄を必要とする魔術ってあるのかな。

 さすがに現実の魔術知識なんてないのよね。だから調べるしかない。


「事件捜査は行き詰まっているみたいなんですよね。犯人像がわからないし、犯行現場もかなり離れていて」


「そう、なんですか?」


 そう言われてみれば、この間女性が殺された現場とここではかなり離れているし、娼婦がいる様な場所なんて反対側もいいところだ。

 ……あれ?

 私とアル。同時に互いの方を向き顔を見合わせ、目を見開く。


「現場はどれもかなり離れているんですね?」


「えぇ。直線状でみてかなりの距離、離れています」


 そして、現場に残された六芒星のマーク。

 もしかして。


「もしかして、現場を線で結んだら……」


「最初の現場と次の現場、そして俺たちが遭遇した現場で三角形が描けるかと思います」


 アルの言葉を聞いて、心臓がどくん、と大きく跳ねる。

 そして今日の現場は……


「この辺りとは真反対の場所」


 同時に同じ言葉を吐いた私達。思わず嬉しくなるけれどそうじゃないのよね。これは重大なヒントじゃないだろうか。

 やだ、人が死んでいる事件なのに私、わくわくしてきた。

 でも不謹慎だと思うから、私は沸き上る感情を抑えつけて、言葉を続けた。


「そうなるとやはり魔術の儀式的な意味があるのでは?」


「そう、なりますねえ……とりあえず俺は明日、警備隊の詰所に行ってこようと思います。地図をみれば今俺たちが考えたことが正しいか、わかりますからね」


 と言った。

 死体を見たりアルの目が治らないかもしれない、といった心が沈むような出来事が続いたけれど、がぜんやる気が出てきた。

 その時、馬車が止まりうちの前に着いたことがわかる。


「それじゃあまた明日、アル」


 そう微笑みかけると、彼の手が私の頬に触れる。

 そして触れるだけにキスを交わし、


「そうですね、また明日。おやすみなさい、パティ」


 と、甘く低い声で言った。


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