「アルフォンス!」
彼にしがみ付いたとき、背後で声が響いた。
「見張っていたのにいつの間に」
「魔法、でしょうね。高位の魔法使いは転移魔法が使えますから」
女性の声に続いた男性の声はロベルト様だ。
本当におふたりもいたのね。
「なんで貴方がここに」
困惑した様子のアルフォンスに何も言えず、私は口を指差して喋れないことを手振りで伝える。
「あぁ、声を奪う魔法か……とりあえず、話は後で聞きますから」
と言い、彼は私を守るように背中の方へと追いやった。
よかった。安心したらどっと力が抜けていく。
「……なぜ、こんなところに貴方様がたのような人が……」
苦々しげにシュヴァルクさんが呟くのが聞こえてくる。
そうか。彼はステファニア様とロベルト様のことを知っているのね。
だとすると手出ししにくいだろう。でも諦めるだろうか。そんなわけないわよね。だって、大切なものを取り戻すために彼はもう、五人の命を奪っているんだもの。もう、後には引けないだろう。
どうするんだろう。
彼は、どうするんだろうか。
なりふり構わず私たちに魔法を使ってくるだろうか。
アルフォンスもステファニア様たちも鎧とか着ていない、いわゆる私服にコートだ。でも剣はぶら下げている。
このまま斬り合いになるのかな。それはそれで怖いんだけど……
固唾をのんで見守っていると、アルが言った。
「出頭していただけますか、シュヴァルク=フェル。今の状況だけでも貴方を連行するだけの理由になるんですよ」
アルフォンスが冷静に、でも怒りを含んだ声で告げる。
あれ、怒ってる?
そう思い、私は彼の顔をちらりと見る。
「連行? そんなことさせるわけがない……!」
そうシュヴァルクさんが言い、私たちに背を向けて走り出す。向かったのは屋敷だった。
その後を私たちも追いかける。
夕闇に浮かぶその家の屋根には相変わらずたくさんのカラスがいて、カー、と鳴き声を上げている。
カラスたちは本当に魂を迎えに来ているんだろうか。だとしたら、シュヴァルクさんの奥様とお子さんの魂は今もまだここに縛られているのかな。
そう思うと心がぎゅっと、重くなる。
シュヴァルクさんは屋敷の門をくぐり玄関へと向かう。きっと魔法を使う余裕まではないんだろうな。
ドアを開け、中に入っていくのが見える。
どこに向かっているのかなんて考えなくてもわかる。きっと、奥様たちが眠る場所へ、だろう。
どこだろう。日の当たらない所とか? やはり地下だろうか。
私たちの先を行くステファニア様たちが廊下を曲がりそして、階段を駆け下りていく。
あぁ、やっぱり地下があるのね。
もたつきながらも私は三人を追いかけて、薄暗い地下廊下を行く。そしてたどり着いたのは、窓のない、石畳の部屋だった。
寒い。異様に寒い。
地下の割にはとても広く、その中央に台があってその台を囲うように何かが描かれていてそして、六本のろうそくがたっていた。
そのろうそくのうち五本は火が灯り、一本だけがついていない状態だった。
すぐに床に描かれているものがあの三角形を組み合わせた魔法陣であると気が付き、ろうそくはその頂点に置かれている物だとわかる。
ということはあのろうそくが全てつくとよみがえりの呪術が完成するって事?
「何あれ……」
そう呟いたのはステファニア様だった。
魔法陣の中央にある台の上、氷漬けにされた物体が安置されていた。
その中にいるのは、白いドレスを纏った若い女性だった。
それにその氷の周りに白い靄のようなものが見える。
シュヴァルクさんはその氷に近づきそして、その場にしゃがみ込んだ。
「あと、少しだったのに……」
と言い、そして首を横に振る。
「そうか……そうだ」
そして彼は立ち上がり、ふらり、と火がついていないろうそくへと近づいていく。
「かわいそうに」
そう言ったのはステファニア様だった。
彼女はゆっくりと氷漬けにされている女性の遺体に近づいていく。
「貴方には見えないの? ふたりの魂はずっとそこにあって囚われているのに」
魂? どういうことだろう。
私はじっと、氷の方を見る。氷の周りには白い靄があって、そしてそれが人の形をとっているように見えた。
え、うそ。気のせい、よね?
「な、何を言っているんだ!」
そう叫んだシュヴァルクさんの手にはナイフが握られていた。
いったい何を考えているんだろう。
まさか、自分の命を代償にするつもり?
でもここは魔法陣の中央だし、それで呪術は発動するの?
それに気が付いたらしいロベルト様が、シュヴァルクさんの方に走っていくのが見える。
ステファニア様は氷に近づきそして、白い靄の方を見た。
「私にははっきり見えるのよ。女性と、赤ちゃんかな。ふたつの魂がここにあるの。だからカラスがあんなにいたのね。カラスは魂を運ぶって言い伝えがあるし」
あ、あの話、有名な言い伝えなんだ。
「だから何を……!」
「うぉりゃ!」
言いかけたシュヴァルクさんに、ロベルト様が体当たりして、床へとねじ伏せた。
「く、は、離せ!」
「よみがえりの呪術なんて存在しないし、死んだ者はこんなことをしたって還ってきはしないのよ」
そしてステファニア様は氷に触れ、何か呪文を唱えた。
「や、やめろ! よせ! 彼女に触れるな!」
シュヴァイクさんの叫びが悲しく響き、私の心を締め付ける。
きっと、あの氷は魔法なのだろう。
氷は徐々に溶けていき、やがて消えていってしまう。
「よせー!」
「さあ、逝きなさい。魂がいくべき場所に」
そうステファニア様が言うと、白い靄がはっきりと人の形をとりそして、金色の髪の女性の姿が見えた。
「な……! あ……ル、ルーシー……?」
呆然と、シュヴァルクさんが呟くのが見える。
その女性の腕には赤ん坊が抱かれていて、そして彼女はシュヴァルクさんのほうに歩み寄っていく。
悲しげな顔をして。
「なんで……そんな顔を……」
苦しそうに呟くシュヴァルクさんの前に膝をつき、彼女はその顔に自分の顔を近づけたかと思うと、ふっと、消えてしまった。
後にはシュヴァルクさんの嗚咽だけが響き渡った。