その後、誰かが通報したのだろう、騒ぎを聞きつけた警備隊がやってきてシュヴァルク=フェルさんは逮捕された。ただただ泣き崩れ、引きずられるように連れて行かれたシュヴァルクさん。
私はただ重苦しい気持ちを抱えてその背中を見送った。
死んだ人が還ってくるなんてないだろうに。でも……魂はあるの、かな。たしかに見た、女性の幽霊。彼女はもう見えないけれど、天国に旅立ったのだろうか。
不思議なことがたくさん起きて、頭がついていけない。
五人も殺してしまっているから、彼がどうなるのか容易に想像がつく。
遠くで烏が鳴いているのが聞こえてくる。物悲しげな声に心が締め付けられる思いがした。
ステファニア様が言った通り、よみがえりなんてものはないのだろうか。
このままあとひとり、生贄が捧げられていたら……? 魂は戻ってきたのかな。
いやでもそんなことあってはいけないと思うの。
私は首を横に振り、呟く。
「命を甦らせるために、命を奪うなんて間違ってる」
その想いは変わらない。
シュヴァルクさんを見送ったあと、警備隊の捜査班の事情聴取と現場検証が行われることになった。
この場で待機しているよう言いわれ、私たちは警備隊の隊員たちがざわざわとしているのをただ見つめていた。
私以外は貴族と王族。警備隊の人たちは戸惑いを隠せない様子だったけれど、ステファニア様がひと言、
「ここでいくらでも待つ」
と言ったから、部屋の隅っこで待機している。
氷漬けされていた遺体、どうなるんだろう。シュヴァルクさんが逮捕されたら誰も引き取り手、いないよね。お墓、あるのかな。
本来なら火葬して、骨を納めるのが一般的な埋葬方法だけど、どうするんだろう。
「アルフォンソ、お前は面白い事件に巻き込まれるなぁ」
現場ににつかわない、妙に明るい声で笑いながら言ったのは私の右側にいるロベルト様だった。
私の隣にぴたりと寄り添い離れないアルは、そんなロベルトさんに肩をすくめて言った。
「そんなことはないと思うけれど?」
「だって、去年は確か呪いの人形の事件に巻き込まれていただろう。それに……」
「えぇ! そんな事件に巻き込まれるの、羨ましいんだけど?」
ステファニア様がばっとこちらを振り返り言い、アルは首を横に振る。
「そんなことありませんよ。それに俺は平凡に生きたいだけですし」
呪いの人形事件ってなんですか、それ。私も気になるんだけど?
うーん、後で聞いてみよう。
考えてみたら、私も変な事件に出会うことが多いかも。
婚約破棄から始まって、目が覚めたら裸で彼と寝ていたり、旅行に行ったら喋って動くぬいぐるみに出会ったし、自分の人生が描かれる本に出会ったし、そして今回の事件。
濃いな……今年。
婚約破棄がとても前の話に感じるもの。あれ以上の事は起きないと思っていたのにそうでもなかったことに驚きしか感じない。
「平凡なんてそんなにいいかしら? 私はもっといろんなことをしたいんだけどなかなか認められないのよね」
そう言ったステファニア様の表情はなんだか不満げに見えた。
平凡というか、平和な方がいいと私も思う。
そんな山あり谷ありな人生は疲れてしまうもの。
「平和なほうがいいよ、ステファニア。そもそも君が事件に巻き込まれる必要などないしね」
「私はもっと関わりたいの! 貴族同士の事件は騎士の仕事なのに、私はいつも置いてけぼりされてしまうし、本当に不満しかないのよね」
なんだか不穏な発言をし、ステファニア様は腕を組み、不服そうにため息をついた。
貴族の事件にお姫様が出て来たら……なんかやりにくそうだなぁ。
「なんでステファニア様は騎士を目指しているんですか?」
ロベルト様の隣にいるステファニア様の方を見て言うと、ロベルト様が目を見開いて私とステファニア様を交互に見た。
なんだろう、なんてことを聞いてるんだ、とでも言いたげな顔だ。
ステファニア様だけがぱっと明るい顔になり、私に歩み寄ってきたかと思うと私の肩を掴んで言った。
「聞いてくれるの? もう誰も聞いてくれなくなったんだけどね、子供の頃に読んだ本に出てくる女神様がね、戦の女神でそれで、国を守るのよ! その姿がかっこよくてかっこよくて」
うっとりとそう語るお姫様。
あぁ、それは私も知っている本だと思う。
子供の頃に読むおとぎ話のひとつだ。
国を守る神々の話。美しく気高い女神が出てきて、強くてかっこいんだよね。
それで騎士に憧れたのか。わかるようなわからないような?
あぁでも、私が色んな推理物を読んでいて、事件、という言葉を聞くと心ときめくのと大差ないか。
そう思うと一気にステファニア様への親近感がわいてくる。
「ありましたね、私も子供の頃読みました」
そう答えると、ステファニア様は嬉しそうに頷く。
「でしょう? でもね、皆それを読んで騎士には憧れない、って言うの。なぜかしら? 女神にはなれないけれど騎士にはなれるでしょ? 今はこの国は平和だけれど、遠くでは国同士の戦いの話があるしドラゴンに襲われることだってあるじゃないの。私はこの国が好きだし、この国を守りたい。そう思うのは当然だと思うの」
それはわかるけれども。
だけどお姫様なのよね、ステファニア様は。もしステファニア様が戦争やモンスターの襲撃で死んでしまったら大問題じゃないだろうか。
人は生まれながらにして立場があるし。
ステファニア様が姫であるように、アルフォンソさんが伯爵家の人間であるように。本人の意思など関係なく立場は私たちを縛り付けるから。
ステファニア様はそんな運命に抗おうとしているのかな。
「守りたいものがあると、人は強くなれますしね」
そう、アルが呟くのが聞こえる。
なんだかそんな話、前にもしたような。
えーと……そうだ、アルがドラゴン討伐で怪我をして帰って来た時のことだ。
アルがそんなことを言っていた記憶がある。
それを聞いたステファニア様は嬉しそうに頷きながら腕を組み言った。
「そうよ。私には守りたいものがあるの。なのにおとう……いいえ、国王陛下は全然私を外に出してくださらないのよ」
守りたいものかぁ。
私はちらり、と隣にいるアルを見る。
私は守るというよりも守られる側、よね。戦う力もなにもないもの。
だから私は祈るしかない。それも癪だけれど。
私の視線に気が付いたのか、アルがこちらを見て、にこっと笑い言った。
「どうかしましたか? パティ」
「え、あ、い、いいえ、なんでもないです」
慌てて私は顔を横に振り、彼から視線をそらした。