こんな短期間にまた事情聴取を受けることになるとは思わなかった。
順番に私たちは質問を受け、私が最後だったんだけど。
警備隊、あからさまに私とステファニア様たちに対する態度が違っていたんだけど?
仕方ないとは思うのよ。王族と貴族。私は平民。身分の差は歴然だ。
とはいえ酷い。
「お前が昨日今日とこの辺りをうろついていたのは近所の人たちが目撃していたんだが?」
と、疑わしそうな目をして言われてちょっとむっとしてしまった。
まあ私が怪しく見えたのは仕方ないとは思うけれど。確かに昨日、私はこの辺りをうろうろしていたし、ご近所と思われる方と話をしているし。
貴族と一緒にいる一般人。確かに怪しいですよね。関わりがなさすぎるもの。
あからさまにむすっとしていたからだろうか。アルが心配げに話しかけてきた。
「大丈夫ですか、パトリシア」
「大丈夫ですけど、私、関わりないのに疑いの目を向けられて不満です」
言いながら私はむすっとして腕を組む。
事情聴取をまた受けられたのはちょっとときめきがあるのは否定しないんだけど、でも疑われるのは気分がよくない。
小説などで最初に疑いを向けられるのってたいてい無関係の人たちだけど、こういう思いをしていたのか。
私が作品を書くことはないと思うけど、参考にしよう。
……作品かぁ。
このところおかしな経験ばかりしているから、私、小説のひとつやふたつ、書けるかも。
ちょっと書いてみようかな。
そんなことを考えていると、ここの責任者らしい警備隊の隊員がこちらにやってくると、直立して言った。
「ステファニア殿下、ロベルト様、アルフォンソ様、ご協力ありがとうございました。今日はおかえりいただいて結構です。またお話をお伺いすることがあるかもしれませんが、その時はまたご連絡いたします」
「わかりました、ところで、あの女性の遺体はどうするの?」
ステファニア様が言うと、隊員は一瞬目を見開いた後言った。
「火葬したのち、埋葬する予定であります」
「どこへ埋葬するの?」
「はっ、容疑者の妻であるという話ですが、遺骨の引き取り手がない場合は、無縁墓地にバイそうする形になるかと思います」
あぁ、やはりそうなってしまうのね。
それはそれで悲しいような。
「じゃあ、火葬したら私に教えて。あとこちらの家の墓地の場所を調べておいてくださるかしら?」
ステファニア様の言葉に、隊員は戸惑った顔をしつつ、
「かしこまりました、殿下」
と、答えた。
隊員が去った後、私はステファニア様に近づきそして、
「あの、殿下」
「ステフィでいいわよ」
にこにこと笑って言われたものの、そんな風に呼べるわけがない。
一瞬考えて、私は言い直していった。
「あの、ステフィ、様。あの遺骨を預かったあとどうするおつもりですか?」
「埋葬するのよ。だって、可哀そうじゃないの。死んでもずっとここに魂とともに囚われていたんだから。丁寧に埋葬してあげたいの」
たしかにそうだ。こんな冷たい部屋にずっといたのは可哀そうすぎる。
「あの、その時は私も呼んでくださいますか?」
「……えぇ、わかったわ」
それを聞いて私はほっと胸をなでおろした。
事情聴取が終わり、外に出るとすっかり暗くなっていた。
街灯には魔法の灯りがともり、地上を照らしているし空には星々が煌めいている。
夜だからだろうか、それとも別の理由だろうか。カラスの姿はもう見えない。
屋敷の前にはいくつもの馬車とそれを遠巻きに見つめる人々の姿が見える。
新聞記者だろうか、警備隊の隊員に詰め寄る男性たちの姿もある。
彼らに見つかると面倒だろうなぁ。
馬車の中に、ひときわ豪華な馬車があった。あれは王家の馬車だろう。
大丈夫なのかな、王家が関わってます、って誰が見てもわかってしまうんじゃぁ……
と思ったけれど、ステファニア様がいたらばれるか。
それにロベルト様、公爵家の馬車もあるだろうから隠しきれないわよね、そうよね。
「楽しかったわ、パトリシアさん、アルフォンソ。また事件があったら私を呼んでね。『遠見の鏡』を持ち出してあげるから」
「そうですね、そのようなことが起こらないことを祈ります」
そう答えたアルにステファニア様は笑顔で手を振り、馬車へと向かって歩いて行った。
その背を見送った後、ロベルト様がこちらを向き、小さく頭を下げて言った。
「ありがとう、アルフォンソ。ステファニアに声をかけてくれたのはありがたかったよ。討伐に参加させないなら婚約の話を蹴る、と騒いでいたそうだから」
「ステファニア様、婚約の話があるんですか?」
「それはもう、いくつかの国からそういう話があるんですけどね、なかなか首を縦に振らなくて」
そしてロベルト様は苦笑いを浮かべる。
てっきり王族の婚約なんて本人の意思を無視して進めるものだと思っていたけど、そうでもないのね。
あの様子だと、ステファニア様はしばらく結婚なんてしなさそうだけど。
いったいどういう相手なら認めるんだろう。
「だから最近やたらと外に出たがっていたのか」
そう呟いたのはアルだった。
「ドラゴン討伐もだが、春のイベントのことや今回の事件にしても、自分からやると言いだしていたから」
「王宮にいれば結婚の話ばかり言われるようだからね。今回は息抜きができて良かったよ。ステファニアも、いつまでも騎士ごっこをやっていられるとは思っていないだろうから」
本人としては本気なんだろうけれど、騎士ごっこ、って言われてしまうのね。それはそれで可哀そうに思えてしまう。
ふたりが去り、私とアルは顔を見合わせる。
これから帰ってごはん食べて寝るのかぁ……私のごはん、残ってるかな。
明日、働きたくないなぁ。すごく疲れてしまったし。
思わずあくびがでてしまい、私はあわてて口を押えた。
「疲れましたね、パトリシア」
「はい、疲れました。貴方も疲れたのでは?」
いったいどこでどういうふうに見張りをしていたのかわからないけれど、きっと気を張っていただろうから疲れがでているのではと思う。
「そうですね。だからパティ、明日から休暇をとりませんか?」
ちょっと待って、今何を言いだしていますか?
目を見開いて驚く私に、
「海の見えるホテルを押さえているのですけど、明日から来週の水曜日の夜までそこで過ごすのもいいかと思ったんですけど、だめ、ですかね?」
私の様子を伺うように言ってくるアルフォンソさん。
ホテル? ホテルって……ホテルよね?
ホテルを押さえているってどういう意味?
え? えーと、来週の水曜日ってアルの誕生日よね?
あ、訳が分からなくなりそうだし顔は熱いしどうしよう。
あれこれと考えていると、アルの不思議そうな声が聞こえた。
「……パティ、手首のブレスレット……」
アルに言われ、私ははっとして左の手首に巻かれているはずのブレスレットを見た。
「あ……」
いつの間にか鎖が切れてしまったらしく、ブレスレットはなくなっていた。そしてそこには確かに、赤い手の跡がついていた。
あれ、これは……たしかシュヴァルクさんに掴まれたはず。でもなぜかシュヴァルクさんが手を離して……
そうかこの赤い手の跡はシュヴァルクさんのものか。ということは。
「あぁ、きっとあの時私を守ってくれたから、切れてしまったんですね」
言いながら私はなにもついていない手首を見つめた。
「あの時?」
「はい、あの、シュヴァルクさんに見つかって、逃げようとしたときに手首を掴まれたんです。でもなぜかすぐに離されて」
「そんなことが……パティ」
「はい、何でしょうか」
「また、御守りを買いに行きましょう。貴方が無事で本当に良かった」
そして彼は私の目の前に立ったかと思うと、背中に手を回してきてぎゅっと、身体を抱きしめてきた。
「そうでなかったらきっと、俺はあの人物を殺していたでしょうから」
「それはやめてください」
間髪入れずに言い、私は彼の顔を見上げる。するとアルはとても真剣な顔をして私を見つめていた。
というか、表情が怖い。今にも誰かを殺しそうな空気を感じる。
「殺したら彼と同じですよ。罪を背負うことになります。そうしたら私、一緒にいられなくなってしまうじゃないですか」
言いながら私は彼の目をじっと見つめる。
するとアルは真剣な顔をして頷き言った。
「そうですね。それは嫌です」
「だからアル、貴方は私といてください。どこかに行く時も必ず、私の心はともにありますから」
するとアルは嬉しそうに微笑み、
「そうですね」
と言った。