近付いてようやくわかったけど、ベッドの上に寝転がっている人物がいた。
服がラフなものだからきっと、彼もお風呂に入ったあと何だろう。
そして寝息が聞こえるってことは、彼は寝ているんだろうな。
騎士だし、私の足音で起きそうなのに全然起きそうな気配がない。
確か寝息って、寝ているときと起きているときではテンポが違うのよね。
……アルの寝息のテンポなんてしらないから判別つかないけど。
寝ているなら起こしちゃ悪いよね。
そう思いつつも私は足を止めず、ベッドに近づいた。
これだけ近づいても起きない。それに彼、掛布団の上で眠ってる。それじゃあさすがに風邪、ひいちゃうよね。
そう思い私は彼の背中にそっとふれて声をかけた。
「ねえ、アル。ねえってば」
「……!」
ばっと顔を上げたかと思うときょろきょろと辺りを見回し、私と目が合ったかと思うとほっとしたような顔になり、そのままぼすん、とベッドに顔を埋めてしまった。
「ちょっと待って。寝るなら掛布団の上じゃなくって、掛布団の中に入りましょうよ」
そう声をかけると、彼はむくっと起き上がり、私の方を見たかと思うと腕をつかみそしてぐい、と引っ張ってきた。
「!」
驚きすぎて声も出ず、私は簡単に彼の腕の中に囚われてしまう。
って何これ。
「パティ」
私の心臓が跳ねるほど甘い声で彼は囁き、私の顔を見つめてくる。
そしてごろん、と身体を転がして、私が下になり彼が覆いかぶさる形になってしまう。
いや、だから何これ。
やだ、心臓がどうかなってしまいそう。
身体中の体温があがり、血液が沸騰しそうな感覚を覚える。
「あ、アル……?」
「パティ」
甘く切ない声で私の名前を呼ぶと、彼は私に口づけた。
あの、昼と同じような深いキスだ。
唇を割る口づけに、私はすぐ酔ったかのように頭がくらくらになってくる。
私も彼もお酒を飲んでいるけど、そんなに飲んでいないはず。
それにお風呂に入ったことでそんなにアルコール残っていないと思う。
なのになんなのこの状況は。
手が私の胸に触れて顔が離れたとき、彼はうっとりとした顔で言った。
「欲しい、パトリシア」
まっすぐで、飾らない言葉に私の心が揺れ動く。
欲しいってそういう事よね?
ある行為が頭をよぎり、私の目線はぐるぐると動き回る。
これどうしたらいいの? これ、このまま流されてしまう?
「ちょ、あ、あ、アル……? ちょっと落ち着かない?」
「だめなの?」
いや、そんな悲しげな瞳で見つめられても、私にはまだそんな覚悟がないっていうかなんというか。
ど、どうしたらいいのよ、これ。
私は彼から目をそらし、小さく消え入るような声で言った。
「だめっていうか……あの、ほら今日は疲れているしそれにだって」
だって、何だろう。
えーとえーと……
「ほ、ほら結婚前だしそういうのって結婚してからするものだしそれに」
「そうでもないことは君も知っているだろ?」
そう言われたらその通りなんだけど。
だから私とアルの元婚約者は浮気して、私たちは捨てられたんだものね。それに、噂を聞く限り、どこの貴族の息子も娘もけっこう遊んでいる。結婚するまで貞操を守ろうっていう方が珍しい位に。
アルは、私の頭をゆっくりと撫でながら言った。
甘く、低くうっとりとした声で。
「俺は君を誰にも渡したくないし、誰にも触れさせたくない。まだ誰も触れていない君の身体のすべてを、今触れたいんだ」
その言葉に声に、私の心がまた揺れ動く。このまま流されてもいいかな、という方に。
「え、あ……」
私の唇から出た声はわずかに震えていて、迷いがあるのがわかる。
もうこれ、どうしよう。
流される? 抵抗する?
彼の想いもわかる。だって、それで一度奪われているんだもの。それは私も同じだから。
でも婚約しているとはいえ、結婚前にそういうのはって抵抗がある。
うぅ……どうしたら……
私は……私は彼に触れたい? 触れられたい?
「わ、私は……あの、アルが好きだし私だってその……アルが欲しいけど……」
なんとかそう言葉を紡ぎ、私はようやく決意を固める。
そうだ、私だって彼が欲しい。心だけじゃなくって身体も繋がりたい。
「だからいっぱい私に触れて、私のこと気持ちよくして」
勢いづいて言った私の言葉にアルは嬉しそうに笑みを浮かべ、
「おおせのままに」
と、仰々しく言い私の唇をすっと指先で撫でた。