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第107話 その夜

 近付いてようやくわかったけど、ベッドの上に寝転がっている人物がいた。

 服がラフなものだからきっと、彼もお風呂に入ったあと何だろう。

 そして寝息が聞こえるってことは、彼は寝ているんだろうな。

 騎士だし、私の足音で起きそうなのに全然起きそうな気配がない。

 確か寝息って、寝ているときと起きているときではテンポが違うのよね。

 ……アルの寝息のテンポなんてしらないから判別つかないけど。

 寝ているなら起こしちゃ悪いよね。

 そう思いつつも私は足を止めず、ベッドに近づいた。

 これだけ近づいても起きない。それに彼、掛布団の上で眠ってる。それじゃあさすがに風邪、ひいちゃうよね。

 そう思い私は彼の背中にそっとふれて声をかけた。


「ねえ、アル。ねえってば」


「……!」


 ばっと顔を上げたかと思うときょろきょろと辺りを見回し、私と目が合ったかと思うとほっとしたような顔になり、そのままぼすん、とベッドに顔を埋めてしまった。


「ちょっと待って。寝るなら掛布団の上じゃなくって、掛布団の中に入りましょうよ」


 そう声をかけると、彼はむくっと起き上がり、私の方を見たかと思うと腕をつかみそしてぐい、と引っ張ってきた。


「!」


 驚きすぎて声も出ず、私は簡単に彼の腕の中に囚われてしまう。

 って何これ。


「パティ」


 私の心臓が跳ねるほど甘い声で彼は囁き、私の顔を見つめてくる。

 そしてごろん、と身体を転がして、私が下になり彼が覆いかぶさる形になってしまう。

 いや、だから何これ。

 やだ、心臓がどうかなってしまいそう。

 身体中の体温があがり、血液が沸騰しそうな感覚を覚える。


「あ、アル……?」


「パティ」


 甘く切ない声で私の名前を呼ぶと、彼は私に口づけた。

 あの、昼と同じような深いキスだ。

 唇を割る口づけに、私はすぐ酔ったかのように頭がくらくらになってくる。

 私も彼もお酒を飲んでいるけど、そんなに飲んでいないはず。

 それにお風呂に入ったことでそんなにアルコール残っていないと思う。

 なのになんなのこの状況は。

 手が私の胸に触れて顔が離れたとき、彼はうっとりとした顔で言った。


「欲しい、パトリシア」


 まっすぐで、飾らない言葉に私の心が揺れ動く。

 欲しいってそういう事よね?

 ある行為が頭をよぎり、私の目線はぐるぐると動き回る。

 これどうしたらいいの? これ、このまま流されてしまう?


「ちょ、あ、あ、アル……? ちょっと落ち着かない?」


「だめなの?」


 いや、そんな悲しげな瞳で見つめられても、私にはまだそんな覚悟がないっていうかなんというか。

 ど、どうしたらいいのよ、これ。

 私は彼から目をそらし、小さく消え入るような声で言った。


「だめっていうか……あの、ほら今日は疲れているしそれにだって」


 だって、何だろう。

 えーとえーと……


「ほ、ほら結婚前だしそういうのって結婚してからするものだしそれに」


「そうでもないことは君も知っているだろ?」


 そう言われたらその通りなんだけど。

 だから私とアルの元婚約者は浮気して、私たちは捨てられたんだものね。それに、噂を聞く限り、どこの貴族の息子も娘もけっこう遊んでいる。結婚するまで貞操を守ろうっていう方が珍しい位に。

 アルは、私の頭をゆっくりと撫でながら言った。

 甘く、低くうっとりとした声で。


「俺は君を誰にも渡したくないし、誰にも触れさせたくない。まだ誰も触れていない君の身体のすべてを、今触れたいんだ」


 その言葉に声に、私の心がまた揺れ動く。このまま流されてもいいかな、という方に。


「え、あ……」


 私の唇から出た声はわずかに震えていて、迷いがあるのがわかる。

 もうこれ、どうしよう。

 流される? 抵抗する?

 彼の想いもわかる。だって、それで一度奪われているんだもの。それは私も同じだから。

 でも婚約しているとはいえ、結婚前にそういうのはって抵抗がある。

 うぅ……どうしたら……

 私は……私は彼に触れたい? 触れられたい?


「わ、私は……あの、アルが好きだし私だってその……アルが欲しいけど……」


 なんとかそう言葉を紡ぎ、私はようやく決意を固める。

 そうだ、私だって彼が欲しい。心だけじゃなくって身体も繋がりたい。


「だからいっぱい私に触れて、私のこと気持ちよくして」


 勢いづいて言った私の言葉にアルは嬉しそうに笑みを浮かべ、


「おおせのままに」


 と、仰々しく言い私の唇をすっと指先で撫でた。

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