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第106話 夕食会

 その日の夜。ゲストを招いての夕食会、と言われていたので私は久しぶりにドレスを着用することになった。

 春ということで淡い緑色の、丈の長いドレスだ。

 お城のメイドさんたちが、髪やメイクをしてくれて準備を整える。

 鏡の前に立ち、私は手伝ってくれたメイドさんたちに感謝しつつ、内心化粧が濃くないかと不安になってしまう。


「とっても素敵ですよ、パトリシア様!」


 と、嬉しそうに言っているからたぶん、これで正解なの……かな。

 マスカラを何回塗られたのかな。すごい目がパッチリしているような気がするんだけど気のせい、かな。


「えーと、ありがとうございます」


 思わず戸惑いが出てしまったけれど、誰もそのことを気にする様子がなかった。

 その時、扉を叩く音が響いた。


「パトリシア様、ご準備はお済みですか?」


 侍従の声に答えたのはメイドだった。


「はい、準備はできております」


 そしてメイドのひとりが扉へと近づき、扉を開く。

 すると現れたのは、黒いスーツに身を包んだアルフォンソだった。

 スーツ、というか燕尾服だろうか。白いタイまでつけていて、ビシッとしている。

 片目は相変わらず黒い眼帯をしたままなのが気になるけれど。背筋を伸ばして立つ姿は美しかった。

 ちょっとドキドキしてしまうのは、きっと見慣れていないからだろう。

 彼はこちらへと歩み寄ると、私の前に立ち、微笑み言った。


「普段にもまして綺麗ですね、パトリシア」


「アルフォンソも、そういう服装ですと雰囲気が変わって素敵ですよ」


 負けじと私もそう言うと、彼は、ありがとう、と答えた。

 うう……私は今恥ずかしくって仕方ないのに、さらっと流されてしまった。ちょっと悔しい。

 そんな想いを必死に抑えていると、アルフォンソが私に手を差し出してくる。


「参りましょう」


 私はその手に自分の手を添え、


「そうですね」


 と答えた。

 さて、夕食会には伯爵様にマルグリットさん、ロラン様の他に町の政治家や町長などが招待されている。

 格式ばった事は苦手だけど、これも婚約発表なので仕方ない。

 大広間の大きな扉の前に立ち、緊張で小さく震えてしまう。

 パーティーなんて何度も参加しているし、うちでもパーティーはやっているのに、そのどれとも違う緊張感が漂っている。

 扉がゆっくりと開かれそして、私たちを迎える拍手の音に私は圧倒されてしまった。



 夜の十時過ぎ。

 パーティーが終わり、招待客を見送った私は部屋に戻り、ドレスのままソファーに転がった。

 疲れたな。

 たくさんの人を相手にするのはとても久しぶりだったから、すごく疲れた。


「あの、大丈夫ですか、パトリシア様。そのような姿勢でいてはドレスがしわしわになってしまいますよ」


 心配そうなメイドの言葉に私はゆっくりと起き上がり、


「そうね」


 と答える。

 とりあえずドレスは脱がないとか。

 そんなことより私は早くお風呂に入りたいけれど。

 メイクを落としたい、さっぱりしたい。

 そう思っていると、メイドが言った。


「桶にお湯をご用意しておりますから、まずメイクを落としましょう」


「あぁ、ありがとう」


 ソファーに座った私の前に桶に入ったお湯が用意され、メイドたちがてきぱきと私の前髪をピンでとめ、首にタオルを巻く。

 メイクを落としてさっぱりした私は着替えた後、城内にある大浴場へと向かった。

 ここは温泉地であるため、どの家にも温泉がひかれているらしい。

 なんて羨ましい話なんだろう。しかもここはお城。好きな時に好きなだけ入れるなんて最高じゃないの。

 大浴場は女性用、男性用と分かれていて、清掃の時間以外は誰でも自由に入れるらしい。

 お風呂に入り、私はひとり部屋に戻る。

 お風呂は数人が入れるくらいに広くて、幸いにも誰もいなかった。

 部屋に入り、私はアルの部屋と繋がる扉を見つめる。

 さて、どうしよう。

 この扉の向こうには彼がいるのよね。

 いや、いるのかな。同じタイミングで部屋に戻ったけど、彼はお風呂の可能性、あるよね。

 もしいないなら、戻ってきたとき私がいる、っていう形になる。

 そうなったら驚くかな。

 ……そんなことじゃ驚かないか。

 そう思い至り私はため息をつく。

 とりあえず、様子をうかがってみようかな。

 そう決めて私は扉をそっと叩いた。

 でもなんの反応もない。

 あれ、本当にいない?

 私はゆっくりと扉を開き、アルの部屋を覗く。

 部屋のつくりは私の部屋と同じ感じだった。

 室内を見回し、彼の姿を探す。

 ソファーにはいないからあとはベッド、かな。

 ここからだとよく見えないから、私は室内に入ってベッドに近づく。足音を立てないようにゆっくりと。


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