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第105話 部屋は分かれている

 案内された部屋はとても広かった。

 ソファーにテーブル、鏡台もあるし大きなクローゼットもついている。そして奥には大きなベッドがあった。

 暖炉に火がついていて、とても暖かい。

 先に送っていた荷物は荷解きされていて、服などもしまわれていた。


「お茶をお持ちいたしますのでしばらくお待ちください」


 ここまで私を案内してくれたメイドがそう告げて、部屋を去っていく。

 さて、何をして過ごそうか。

 何冊か本は持ってきたけどきっとすぐに読み終わってしまうわよね。

 滞在している間に図書館に行こうかな。

 そう考えていると、思考を遮るかのようにドアを叩く音が響いた。

 でも、廊下側にあるドアじゃない。

 そう言えばアルは言っていたっけ。彼の部屋と扉一枚で繋がっているって。

 いったいどこにあるんだろう扉……

 きょろきょろと視線を巡らせていると、アルのくぐもった声が聞こえた。


「入るよ」


 そこでようやく気が付く。

 壁の一部が突然開かれて、アルが姿を現した。


「あ……そんなところに扉が?」


 壁と一体化していて全然わからなかった。


「いわゆる秘密の扉、だからね。メイドたちも知らないんじゃないかな」


 言いながら彼は扉を閉めて、こちらへと近づいてくる。

 秘密の扉なのは確からしい。だって、ぱっと見ではわからないもの。


「他のもこういう仕掛け、あったりするの?」


 小説の中では時折見かける秘密の通路や、秘密の扉。あぁ、やっぱり私、秘密、って言葉をきくと心がときめく。

 きっと、私の目はとても輝いていたんだろう。

 私の顔を見てアルはおかしそうに笑い、口元に手を当てる。


「相変わらず、秘密、ということばには 弱いんだね」


「う……だ、だって秘密って言葉に心踊らされるんだもの」


「わかるよ、パティ。子供の頃はよく探検して、迷子になりかけたこともあるから秘密の扉とか秘密の通路とかはいくつか知っているけれ……」


「本当? 本当にあるの?」


 食い気味に言いながら、私はぐい、とアルに近付いた。

 嬉しい、本当に秘密のなんとかがあるのね。やだ、面白そう。いったいどこにあるんだろう。

 今、私の目はとっても輝いていると思う。

 するとアルは苦笑いを浮かべ、私の肩に手を置く。


「行きたい気持ちは分かったけれど、今日は遅いからまた後日」


 う……そんなすぐ行きたそうに見えたかな。

 見えるか……そうよね、うん。

 それでも私は自分の内診を誤魔化すように、ひきつった笑いを浮かべて頷いた。


「そう、よね。うん、楽しみにしていますね」


 今すぐ捜しに行きたい衝動を抑えつつ、私は言った。

 その時、今度は廊下側の扉を叩く音が響いた。

 きっと、メイドがお茶を持って来てくれたのだろうな。

 アルがそっと離れ、私は、


「どうぞ」


 と、声をかける。

 すると扉が開き、ワゴンを押したメイドが入ってきた。


「失礼いたします」


 そして彼女はアルの顔を見て、一瞬驚いたような表情になる。


「アルフォンソ様、こちらにいらしたのですね。あの、ではお茶もこちらでよろしいでしょうか?」


「えぇ、大丈夫ですよ」


 アルの返事に、メイドはかしこまりました、と答えて、お茶とデザートがのったお皿をテーブルに置いた。


「では失礼いたします」


 メイドは頭を下げたあと、ワゴンを押して部屋を出ていく。

 その背中を見送った後、私たちは並んでソファーに腰かけた。

 今のメイドの反応を見る限り、あの扉の事はしらない、のかな。

 お城にある秘密の扉。秘密の通路に秘密の階段とかもあるのかな。

 やっぱり私、秘密、という言葉にときめいてしまうのね。

 私は内心わくわくしながら焼き菓子を手にした。


「今夜は夕食会でしたっけ」


 事前に話はされていたけれど、地元の人たちに私たちの婚約を発表するパーティーが開かれるそうだ。

 だから私はちゃんとドレスを持って来ていた。


「うん。あまり堅苦しいことはしたくないけれど、これもしきたりだからね」


「パーティーか……久しぶりだな」


「あぁ、そうか。思い出すね、あの日の事」


 そう意地悪っぽく笑い、彼は口元に手を当てた。

 これ、一生言われる話なんだろうな……

 半ばあきらめの気持ちを抱きつつ、私は小さく息をつく。


「でも、あの日のことがあったからこうして貴方と今、一緒にいられるわけだし。相当貴方はお酒に酔っていたけど、俺にとってはとても嬉しい結果だよ」


「う……そう言われたらそうかもしれないけど……」


 結果的には確かにこうして結婚することにまでなった。

 でもなにかこう、腑に落ちない。


「私、ずっとアルの手のひらの上で踊らされていたようでなんとなく居心地悪いんだけど」


 そう言いつつふてくされると、


「その通りかもね」


 なんてアルは答える。

 あぁ、この余裕のある微笑みがちょっとイラッとするのにそこまで嫌に感じない。

 私はこれからも彼の手の内で転がされるんだろうな。


「私、一度でいいから貴方に勝ちたいのに」


 いや、勝つって何に。


「充分勝っているでしょう。だって」


 そこで言葉を切り、彼は私にずい、と顔を近づけてくる。

 何もかも吸い込んでしまいそうな漆黒の瞳が、すぐ目の前にある。この瞳に私の心は囚われてしまったんだな。


「俺は貴方のために生きて、貴方と生きるためにここにいるのだから」


「アル……いや、騎士は国のために戦い生きるものでしょう」


 思わず冷静に突っ込んでしまったけれど、私の内心はぐちゃぐちゃだった。

 貴方のために生きるって、私、なんて答えたらいいのよ。

 するとアルはふっと笑い、


「俺は貴方と生きるためだけに目を犠牲にして帰ってきたのだから、間違っていないと思うけれど」


 なんて言い出す。

 アルの目が見えなくなったドラゴンの討伐。そこでアルの仲間は死んでしまったんだっけ。


「あ、アル……」


「早く貴方が欲しい、パティ」


 なんとも淫靡な空気が流れる中、彼は私の頬に触れて顔を近づけそして、唇を重ねた。

 触れるだけじゃない、深いキス。

 舌が私の口の中を味わうように舐め回し、唾液の絡まる音が響く。

 しばらくして唇が離れ、私は息苦しさに思わずアルの胸に顔を埋めた。

 こんなキス、なれるわけがない。

 あぁ、顔から火が出てしまいそう。


「大丈夫、パティ」


 優しくそう言い、彼は私の身体をぎゅうっと抱きしめてくる。

 大丈夫なわけない。だって、今貴方私に何したのよ。

 なんか悔しいな。いつか彼の動揺するところ、見てたい。

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