四月の終わり。私とアルは共に汽車に揺られてルミルアを訪れた。
久しぶりに来た山の町は、祭りの準備で忙しそうだった。
忙しなく人々が行き交い、街灯に花飾りをつけている。
遠くに見える山々はまだ白い。
あれ雪だよね。四月でもまだ溶けないのね。
吹く風はまた冷たさが残ってる。
私はじっと遠くを見つめて呟いた。
「また私、戻ってきた」
まさか本当にまた来ることになるとは思わなかったな。
私たちがここに来た目的は、結婚の挨拶と祭りに参加するためだ。
こちらにはアルフォンソのおばあ様であり、私とも交流があるマルグリットさんと、伯爵様がいらっしゃる。
それと祭りの手伝いで、お兄様のロラン様もいらしている。
駅の前に迎えの馬車が来て、私たちは一路、城へと向かう。
荷物は先に送ってあるので、持ってきた荷物は少なかった。
前回はホテルに泊まったけれど、今回は城に泊まるのよね。ちょっと緊張する。
なお、もちろんアルとは別の部屋だ。アルによると、扉一枚で繋がっているらしいけれど。
「まだ結婚してないんだから、もう少し我慢してください」
馬車の中、強めの口調で私が言うと、彼は苦笑を浮かべて言った。
「そうだね。もう少しだものね」
そうだ、もう少し。
結婚式は六月なのだから。伯爵家との結婚、ということもあり招待客も多いのよね。
同じ貴族や親戚、私のお父様の取引先など。百人くらい呼ぶんじゃないだろうか。
多い、多すぎる。そう思ったけれど仕方ない。いや、まだ絞った方らしいけれど、私からしたら多いのよ。しかもその結婚式、ステファニア様とロベルト様もいらっしゃるらしい。
なんでお姫様とその従兄弟の公爵家次男まで出席になるのよ、意味が分からないんだけど?
「なんでステファニア様が私たちの結婚式に……」
「普通は、跡取りでもない次男の俺の結婚式になって王族は出席しないけどね。特使が来るだけだよ。でも、まあ色々あったからじゃないかな。本人から来たい、と言われたら断れないよ」
「それもそうね」
だって王族。姫だもの。姫が来たい、と言い出したら断れないわね。
ちょっと怖くなってきた、結婚式。
「しかも、ロベルト様までいらっしゃるのよね」
「そちらは騎士代表って事で。まあ本人が来たがったからというのもあるけれど。おかげで当日の警備が大変なことになりそうで」
そうか。警備。
そもそも貴族が何人も訪れるし、姫まで来るんだから警備、必要よね。私たちが巻き込まれた事件を思い出しても、いつどこで起こるかわからないから。
「王族や貴族を狙ったテロはたまにだけど起こるから。特に結婚式なんて皆が集まるからね」
「私たちが結婚するだけなのに大変なことになるのね」
思わず苦笑すると、アルは頷き言った。
「まあ他の貴族も跡取りが結婚するとなると大々的になるから珍しくはないけれど。まさか俺の結婚式でそんなことになるとはね」
それはそうよね。次男は跡取りにはなれないもの。基本、貴族は長男のみが財産を継ぐものだ。
何かしらの分与がある場合も多いとは聞くけれど。私たちも、伯爵様からの分与で屋敷を与えられることになったし。
結婚式、今から不安すぎるな……大丈夫かな。もう何も起きないよね。
そんな話をしている間に城がどんどん近づいてくる。
通りのどこを見ても花が飾られていてとても華やかだった。
城に続く道路の端にもたくさんの花が飾られていて、祭りが近いことを教えてくれる。
いいな、祭りの雰囲気。見ているだけでも楽しくなってくる。
馬車は城壁の中へと入り、ゆっくりと止まる。
すると城内から執事や従者それにマルグリットさんが出てきて、私たちを出迎えてくれた。
深い緑色のワンピースを着たマルグリットさんは、軽く頭を下げると私とアルの前に立ち春のような柔らかい笑みを浮かべて言った。
「いらっしゃい、パトリシアさん。アルフォンソお久しぶりね」
「ごきげんよう、マルグリットさん」
私も軽く挨拶を交わすと、アルが言った。
「ごきげんよう、おばあさま。お元気そうで何よりです」
「えぇ。こちらは静かに時が流れますからね。雪だけが辛いけれど」
確かに、ここに来るまでの通りや城内にはまだ雪がところどころ残っていた。
雪ってなかなか解けないものなのね。
マルグリットさんはにこにこと微笑み、胸の前で手を合わせて言った。
「さあ、中に入って。伯爵は留守にしているけれど、夕食には帰ってくるから。今日は宴会よ」
「それは楽しみですね」
そう答えたものの、私は内心不安だった。
宴会、つまりはお酒……甦るいくつもの悪夢……
アルといっしょに裸で寝ていた事件や、姫であるステファニア様に絡みまくったことを思いだすとお酒飲むの、ためらってしまうのよね。
不安を抱きつつ、私はマルグリットさんの後について、城内へと入った。