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第103話 お散歩デート

 公園に着き、アルは馬車をいったん帰らせた。また夕方、迎えに来るらしい。

 まず美術館を見た後、私たちは併設されたレストランに入り、一緒に食事をとった。


「パトリシアの誕生日は今月末だったよね」


 食後のコーヒーをいただいているときにアルフォンソが言い、私は頷き答えた。


「えぇ、そうですよ。四月三〇日が私の誕生日。そのころってちょうど、ルミルア地方に行く予定よね」


 今月末から来月の頭にかけて、私たちは十日ほどお休みをいただいてルミルア地方で行われる春のお祭りに参加することになっている。

 アルフォンソのお父様とおばあ様であるマルグリットさん挨拶するためだ。なのでフレイレ家のお城に滞在させていただくことになっている。

 マルグリットさんとは時々手紙のやりとりをしているから、今回の婚約の事を知らせてはいる。

 そうしたらとても嬉しそうな手紙が返ってきた。


「だからあちらでお祝いしようね」


「ありがとうございます。楽しみにしていますね」


 自分の家以外で誕生日を過ごすのは初めてだ。しかもあちらはお祭りの期間。春の祭りはとても華やかだと言っていたから楽しみなのよね。


「あ、お城に泊まらせていただくわけですけど部屋は……」


「さすがに一緒は却下されました」


 そう答えたアルフォンソはなぜか残念そうな顔になる。

 でしょうね。

 結婚前だもの、普通の親ならそうしますよね。

 なのになんでダニエルとその相手は……いや、やめよう。私はあまり気にしていなかったけど、皆そういう噂はしていたわね。

 誰と寝たとか、誰を寝取ったとかって。

 親たちが思う以上に、私たち子供世代は色々と乱れているように思う。


「でも」


 と言い、アルフォンソはぱっと明るい顔になり、


「部屋は隣だし、その部屋は扉ひとつで繋がっているから大丈夫だよ」


「大丈夫って何が?」


 いったいどういう部屋の構造しているんですか、それ。

 でも結婚するまで何もしない、よね。

 私の問に、彼はとても爽やかな笑顔で答える。


「扉ひとつあけたらすぐに会えるからね」


「べつに部屋が繋がっていなくても隣同士ならよくないですか」


 そう私は思うけど、アルフォンソはそうでないのね。

 何も起きない、よね。アルフォンソだってそこまでのことはしないと思うし……結婚まで、待つ、よね?


「それだと二回、扉を開けなくてはいけないし」


 それは……そうか、そうね。いや、納得しては駄目でしょう、私。


「その扉、鍵はかけられるんですか?」


「えぇ、まあ……」


「なら寝るときは鍵をかけますね」


 にっこりと笑ってそう答えると、アルフォンソは残念そうな顔になる。


「寝顔を見られると、楽しみにしていたのに」


 そんな、捨て犬みたいな顔をされると心が揺らいでしまうじゃないですか。

 私はほんと、彼には勝てないし敵わない。

 私はカップに視線を落とし、しばらく考えた後、


「それじゃあ……鍵はかけないことにします」


 と言い、アルの顔を見ると彼はぱっと明るい顔になり、微笑んだ。


「そうしてもらえると嬉しいな」


 うう、この顔には絶対に勝てない。

 彼の笑顔にときめくって私、どれだけ彼の事好きなのよ。

 あー、恥ずかしい。

 私は俯いてコーヒーカップを手にしてそれに口をつけた。

 もうどうにでもなれ。

 結婚したらどうなるんだろうな。ちょっと心配。私の身、もつかな……ちゃんとお仕事行ってくれるかな。いや、行かせてくれるかな。心配になってくる。


「一緒に暮らしたら毎日見られるじゃないですか、寝顔なんて」


「だから、その前に見られる寝顔は特別でしょ?」


 それには同意しかねるけれど、きっと何を言っても無駄な気がして、私は黙ってコーヒーを飲んだ。



 穏やかな風が吹く中、子供たちが走り回っている。

 中には犬の散歩をしている人たちもいて、緩やかな時間が流れているようだった。

 花壇に咲く花たちに、緑に映える木々たち。

 春だなぁ。


「ステファニア様から聞いたけれど、ずいぶんと意気投合したそうだね」


 アルの言葉を聞き、私の身体が総毛だった。

 確かに意気投合した。というか飲みすぎて絡みまくったんだけど。

 私が目をそらして黙り込んだからだろうか、彼は何かを察したらしい。


「その様子だと、ずいぶんとまた飲んだのでは?」


 と、からかう口調で言った。


「う……そ、そうです、けど……だって楽しくてつい」


「それでステファニア様に絡んだとか? 俺にしたように」


「そ、その通り、です」


 飲みすぎない、って誓ったはずなのになぁ……すっごい飲んだ。


「ステファニア様もずいぶんと飲んだと言っていたし、あの方は気にはしていないよ」


「あ、それならよかった。ちょっと気になっていたので」


 だって相手はお姫様。私とは住む世界、違いすぎるもの。


「でも」


 そう低い声で言ったかと思うと、アルは私の腰に手を回して身体を引き寄せてきた。


「きゃ……」


「俺以外の人に酔った姿を見せたのは、ちょっと嫌だな」


「そ、そんな……」


 そんなことを耳のそばで、しかも低い声で言わないでほしい。


「の、飲みすぎないように気をつけます」


 それは深く心に刻み付けている。


「ステファニア様が楽しそうだったので、今回はいいですけど……気を付けてくださいね。知らないうちに誰かに持ち帰られるようなことが起きたら俺、正気を保てなくなるでしょうから」


「ちょっとそれは物騒なので気をつけます」


 だって本当に何かしかねないもの。


「そう思うと結婚前から一緒に暮らしたいんだけど、許してくれないんですよね」


「それはそうでしょうね。うちも無理ですよ」


 結婚前に一緒に暮らすなんてもってのほかなのよね。ちなみに新居は決まっている。

 アルフォンソさんのお屋敷の近くに家を買ったんだ。使用人も紹介所に頼んで捜してもらっているところだ。


「使用人だって決まってないからすぐには無理でしょう。だからもうしばらく待ってくださいね。六月の結婚式の頃には一緒に暮らせるんだから。あと少しよ」


 そして私は彼の方を向き、その背中に手を回す。

 するとアルは顔を少し傾け微笑むと、


「そうだね、もう少し我慢するよ」


 と言い、私の身体をぎゅっと、抱きしめた。





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