街路樹は緑色に染まり、赤に黄色に城のチューリップが通りの花壇を彩っている。
石畳の隙間から顔を出している黄色いお花はタンポポだっけ。あんな隙間でも植物って育つのね。
今日の私は、空色のジャンパースカートに白いブラウス。それにケープを羽織る。
耳には以前買ったダイヤのイヤリング。そして指輪とブレスレットをつけて。帽子は白で、空色の花飾りがついている。
今日は久しぶりのお出かけ。
空は晴れていて、心地いい暖かな風が吹いている。
そんな気候なので私は屋敷の外で迎えを待っていた。
平日の午前中。
小さな子供を連れたご婦人や、野良猫が通り過ぎていく。
こういう穏やかな時間がとても貴重な気がする。
空を見れば鳥が横切り、僅かにさえずりも聞こえてくる。お昼寝にはもってこいの気候だなぁ。このまま寝てしまいそう。
目を閉じて風を感じていると、名前を呼ぶ声が聞こえた。
「パトリシア?」
びくっとして目を開きそちらを見れば、こちらに向かって歩いてくる人影があった。
黒の上下に、黒のマント。褐色の肌は嫌でも目立つ。そして黒い眼帯。
いつも服、黒よね。他の色を着ているのを余り見た記憶がない。
私は彼の方をむき、微笑み言った。
「ごきげんよう、アルフォンソ」
「ごきげんよう。屋敷の前で何を?」
「空を見ていたの。ほら、とてもいいお天気だし」
言いながら私は空へと視線を向ける。
すると、ちょうど二羽の鳥が戯れながら空を横切っていくのが目に映った。兄弟なのか、夫婦なのか。
仲よさげに通り過ぎていく。
「あぁ、確かに心地いいね」
「そうそう。このまま眠ってしまいたいくらい」
そして私は思わず欠伸をしそうになり、慌てて横を向き口を押えた。
「あはは、このままここにいたら眠くなってしまうね。それではもったいないからさあ、行こうか。あちらに馬車を待たせているから」
そしてアルは私に手を伸ばす。
ん? 向こうに馬車を待たせている?
気になってアルが歩いてきた方を見るけれど、ぱっと見、馬車の姿は確認できない。
「馬車はどこに……」
「ひと区画さきで待っているよ。君と一緒に歩きたかったからね」
あぁ、そういうことなのね。
私は差し出された手をつかみ、
「わかりました。では行きましょうか」
と、声をかけて共に歩き出した。
春は色んな場所で色んな花が先、目を楽しませてくれる。
だから今日は、大きな公園に一緒に行ってお散歩する予定になっていた。
そこは博物館が近くにあって、カフェもあるから穏やかな時間が過ごせるだろう。
「一緒に歩きたいって、この後公園に行くのだからたくさん歩けるじゃないですか」
「そうだけど、少しでも長く一緒に歩きたいでしょう?」
そしてアルはぐい、と私を引き寄せる。
「こうして隣を歩いている時間が、幸せだと感じるから」
そんな低く甘く響く声で言わないでいただけますか? なぜだか腰にくるんです。
恥ずかしさに思わず俯き、私はこのままじゃいけないとぐるぐると思考を巡らせる。
何か言わないと、何か言わないと私はずっと、アルフォンソの手のひらの上で転がされてしまう。
えーと、えーと……
「そうですね。私も貴方がこうして一緒にいてくれるのが嬉しいです」
「そうだね、パトリシア。もうしばらくしたら毎日一緒にいられるし、毎日寝顔を見られると思うと楽しみだよ」
寝顔、という言葉に私は撃沈され、ひとり勝手に敗北を感じた。
無理ね、私がアルフォンソに勝てる日は来ない。
なんでこんな、恥ずかしくなるような言葉をさらりと言えるんだろうか。私には無理なのよ。
「どうかした?」
そんな不思議そうな声が聞こえてくるけれど、私は俯き、首を横に振るのが精いっぱいだった。
しばらく歩くとアルフォンソの家が所有する馬車が見えてきた。
五分位歩いたかな。大した距離ではないけれど、本当にわざわざ歩いてきたのね。
馬車に隣り合って乗ると、ゆっくりと馬車が動き出す。
するとすぐにアルは私の肩に手を回し、身体を引き寄せた。
「久しぶりに会えて嬉しいよ」
「そう、ですね。私も忙しかったし」
会うのは一カ月弱ぶり、かな。一か月は経っていないけれど、って感じなはずだ。
結婚式の準備のことで教会の司祭様に話をしに行ったあと、ドレスやアクセサリーの事とか決めた日が最後だったはず。
その後、互いに両親に確認して結婚式の案内を送ったり声をかけたりしていたのよね。
私の友人であり、アルフォンソのいとこであるクリスティはもちろん結婚式に来る予定だ。
「俺も仕事で離れていたからね。もっと一緒にいたいのに」
そしてアルは私の額に口づけた。
「あ、アル……?」
恥ずかしい。だけど嬉しさもある。
私は戸惑いながらも彼にもたれかかりそして、その顔を見上げた。
すると視線が合い、切なげに目を細めるアルフォンソの顔が私の視界に映る。
きっと、私も似たような顔をしているだろうな。
「アル……」
私の唇から洩れた声は色を帯びて甘い響きを持っているような気がした。
「そんな声で呼ばれたら我慢できなくなるよ」
そう呟いたかと思うと、顔が近づきそして、唇が触れた。
いや、触れるだけじゃない、舌が口を割る深いキス。
馬車が揺れることなどお構いなしに、私たちは抱き合い、会えない時間を埋めるかのように深く口づけを交わした。