お酒は飲みすぎないようにしよう。
そう決めていたのに、気が付けば私は三杯目のワインを口にしていた、と思う。
気が付いたら私はステファニア様の隣に座り、彼女に抱き着いていた。
「もう、ステファニア様って本当にお姫様なんですかー?」
「そうなのー、あんまり実感ないんだけどねー」
と言い、姫は笑う。
完全に酔ったであろう私は、たぶん酔っているであろうステファニア様にずっと絡んでいた。
お姫様に絡むなんて普段なら考えられないことだけど、残念ながら私はとても気が大きくなっていた。
「背、高いし綺麗だし。いつものスーツ姿もかっこいいですけど、今日のドレス姿も素敵でしたよー」
「あらありがとー。褒められると嬉しいなー」
本当に嬉しそうに姫は笑い、機嫌よさげにお酒が入ったグラスに口をつけた。
私よりもたぶんお酒、飲んでいるよね、ステファニア様。
「ステファニア様、お酒強い?」
「うん、そうなのー。さすがに普段はこんなに飲まないよー」
と、いつの間にか砕けた言葉で言うステファニア様。
その姿はどこにでもいる、二十歳前後の女性の姿だった。
一般的に令嬢が人前で酔うなんてもってのほかなんだけど、今日は貸しきりだし誰も私たちを止めない。
「最近結婚しろってしつこいんだー」
空になったグラスをテーブルに置き、ステファニア様は大きくため息をつく。
「えー、誰がー?」
そんなの考えなくってもわかるだろうに、この時の私はそこに考えが及ばなかった。
「お父さんよー。っていうか国王? あ、お酒おかわり持ってくるけどパトリシアもどう?」
「私はまだあるんで大丈夫ですよー」
「そうなのー? あ、ほんとだ。それでね、私としてはねー、恋愛結婚って憧れるけど私より強い人なんていないんだよね」
と、お酒を取りに行かず彼女はそのまままた、ため息をつく。
「あー、強い人がいいってこと?」
「そうそう。でもねぇ、強いって何だろう?」
「なにそれ哲学ですか?」
「哲学? うーん、そうかも?」
そしてステファニア様は首を傾げる。
「ふたりとも楽しそうですね」
そこに声をかけてきたのはロラン様だった。
彼の手にもお酒が入ったグラスがあるけれど、私たちと違って酔っている様子はない。
「あー、ロラン様楽しんでますか?」
「えぇ、もちろん」
「貴方っていつも澄ました顔、してるよねー」
ステファニア様はなぜか不満げにロラン様に向かって言った。
「そうですか?」
「そう。絶対にそう。お酒飲んでるはずなのに全然変わんないし」
「あぁ、うち、わりと皆お酒には強いんですよ」
そして彼は、グラスに口をつける。何飲んでるんだろう。半透明でなんだか分かんない。
カクテルかな。白ワインかな。琥珀色にも見えるかも。
「あー、そういえばアルフォンソもお酒飲んであんまり変わんなかったような」
それはクリスティの誕生日の日の事。酔った私が絡みに絡んだ時の話だ。
あの日だって彼、お酒飲んでいた割にはそんなに変わんなかったな。
いや、酔ってはいたんだっけ。裸で一緒に寝るくらいには判断力、鈍っていたわけだし。
「そうでしょうね。見た目、あまり変わらないらしくて。これでも酔っているんですけどねー」
そしてロラン様は微笑む。
「ねぇ、ロランは強さって何だと思う?」
「あぁ、さっきの話ですか? 強さねえ」
そして彼は首を傾げ、グラスを見つめる。
「力の強さ、頭の良さ、忍耐強さ、剣の強さ、ゲームの強さ。強さは一言で表せるものではないですね」
あー、言われてみればそうかも。
状況に対応できる強さ、っていうのもあるでしょうし。
「あー……私は剣の強さでしか考えてなかったけど、そうか……そうね」
ステファニア様も私と同じように考えこむように下を俯く。
「ステファニア様が認める様な異性が身近に現れないのは、それだけ恵まれた環境にいるからではないでしょうか。力も、魔術も、頭も、剣も、最高峰の人たちに囲まれているわけですから」
確かにそうね。この国、そこそこ大きな国だし人口も多い。魔術師にしても騎士にしてもそれと認められた人たちが集められる。そう考えたらステファニア様はとても恵まれた環境にいるって事よね。
そんな状況で魅力ある異性を見つめるのは厳しいような。
それなら見合いとかしたほうがまだ可能性ありそう。
「ステファニア様は結婚したいんですか?」
「えー? うーん……」
ステファニア様は腕を組み、悩み始めてしまう。
ステファニア様って確か十九歳だっけ。二十歳前後で結婚するのが普通であることを考えたら適齢期なのよね。
だから私、去年のうちに結婚するはずだったんだもの。
「どうだろう。そこまで思える相手が現れたら結婚するかな」
「あー……そうですね。うん、そういうものですね」
アルフォンソだから私、結婚したいと思えたし、アルフォンソだから私、一緒にいたいと思ったんだ。
私の呟きに、ステファニア様はこちらを向き、じっと私を見つめて言った。
「ねえ、アルフォンソと出会った時そう思ったの? どういう感じ? なんかピンってくるものあったの?」
そして彼女は私の両肩を掴む。
青く、澄んだ空のような色の目に見つめられて、私は思わず視線を泳がせてしまう。
言えない。あの日の事、言えるわけがない。
「えーと……うーん……そう、ですねぇ」
というあいまいな答えになってしまう。
それでも納得したのか、ステファニア様は頷きながら、
「そっかー……そういうのあるかなぁ」
と呟き、私の肩から手を離す。
それに対して無責任なことは言えないけれど、人との出会いって何があるかわからないからな。
「たくさんの出会いの中にそういう相手が現れるかもしれませんよ、ステファニア様」
そう言ったのはロラン様だった。
彼の言葉を聞いたステファニア様は頷き、
「そっか。じゃあお見合いしてみようかなぁ」
と言い、満面の笑みを浮かべた。
そんなことがあったのは覚えている。だけど他の事は記憶にない。
気が付いたら朝だった。
私はベッドから文字通りがばっと起き上がり、きょろきょろと辺りを見回す。
ここどこ、今いつ?
ここは私の部屋だ。カーテンの隙間から差し込む日の光はまだ弱いみたいだから……明け方、かな。
イベント翌日だろうとなんだろうと仕事がある。
イベントがらみで仕事が続いてしまうから、皆順番に休むことにはなっているけれど、私の休みは火曜日と水曜日だ。
土日はイベント準備とイベントだったから、そこまで大変だったわけではないけれど、それでも疲れていた。
そもそも五日連続で働くことなんてないもの。
しかも昨日飲みすぎているからか身体が怠い。
私はベッドの上で頭を抱え、深くため息をついた。
やってしまった。またやってしまった。
もう飲みすぎないと決めていたのに。
とりあえず寝間着を着ているからたぶんお風呂に入った、よね。
「あー……」
と、私は思わずうなった。
今日働いたら休み、今日働いたら休み。
そうしたら明日、アルフォンソに会える。
そう思うと少しだけ気分が変わる。
イベントの準備で忙しかったし、アルフォンソも仕事で王都を離れたりしていたからしばらく会っていなかったのよね。
そして、四月の終わりに私はお休みをいただき、アルフォンソのお父様であるフレイレ伯爵家の領地で行われる春のお祭りに行く。
楽しみだな、お祭り。
私は大きく欠伸をし、もう一眠りすることにした。