目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第100話 イベントが終わり

 長い、だけどとても短い一日が終わり、私たちは館内の片付けに追われた。


「あー! すごい働いた気がする」


 ステファニア様はドレス姿のまま腕を上に伸ばして大きく伸びをしていた。


「ステファニア様、人前ですよ」


 お付の人なのか、少し年配の女性が呆れた顔でステファニア様に声をかける。


「ちゃんとお姫様らしくしたじゃないの。こんな長時間、ドレス着ていたのは久しぶりだわ。でも、この格好で笑いかけるだけで皆喜んでくれるんだから、楽しかった」


 と言い、ステファニア様は笑っていた。


「何と言っても本物のお姫様ですからね。童話を見て育っている子供たちには遠くて、でも近い存在なのですよ」


 そのロサン様の言葉に私は納得する。

 確かにお姫様って本で見るからとても身近ではあるのよね。でも、本の中にしかいないからその存在はとても遠い。

 知っているけれど知らない存在。


「現実に姫は存在して、自分たちの手で助けることができた。その達成感は大きいでしょうし、きっと楽しい思い出に残りますよ」


 そう私が声をかけると、ステファニア様は嬉しそうに笑って頷いた。


「それは嬉しいわね。そんな事、今まで考えたことなかった」


 ですよね。ステファニア様にとって、ドレスは日常なんだもの。私もドレスは着るけれど、パーティーでしか着ないし。


「今日は楽しかったわ。声をかけていただきありがとうございました」


 そう告げて、ステファニア様は腕を下ろした後そのまま膝を軽く折り綺麗にお辞儀をして見せた。

 生まれながらのお姫様。所作が違うんだなぁ……

 ステファニア様に片づけをしていただくわけにはいかないので、姫には早々に帰っていただき、私たちが片づけを終えた頃には六時を過ぎていた。

 この後、お店を借りて打ち上げの予定だ。

 ステファニア様も来たがったけれど、さすがにお誘いするわけにはいかないわよね。だって、王族だもの。


「あー! 楽しみだねー。ロラン様がパブを貸し切ってくださったんですって」


 パブはお酒や食事を提供するお店で、仕事終わりに立ち寄る大衆酒場のひとつだ。

 お酒を飲みながら情報交換したりするのが一般的な使われ方、らしい。

 私は行かないけれど、お父様やお兄様は時おり行ったりすることがあるとか聞いた。

 そのひとつを貸切って、貴族はすごいなぁ。お金の使い方が派手よね。


「ところでパトリシアはお酒、飲むの?」


 セレナの問いかけに、私は苦笑を浮かべて首を傾げる。


「え? えーと……そ、そんなには飲まないかな?」


 思わず曖昧な返事をすると、セレナは不思議そうな顔をして私を見つめた。


「なにその返事ー」


 いやだって、お酒を飲みすぎて裸で寝て以来私、本当にお酒を飲まないようにしているんだもの。

 全く飲んでないわけじゃないけれど。

 人前で飲むの怖いのよねぇ……ハメを外してしまいそうで。

 でもあの日の事を話せるわけはなく、私はひきつった笑いを浮かべて、


「あはははは、まあ、うん、少しは飲めるけどって感じ」


 と言って誤魔化した。


「そうなんだー。帰りは馬車を手配してくれているそうだから、楽しみましょうねー」


 でも明日も仕事だからそんなに飲めないよね。そう思いつつ私はセレナと一緒にパブへと向かった。




 いいのかな、これ。

 そう思いつつ、私は目の前でワインを飲むステファニア様を見つめた。

 打ち上げに、ステファニア様は来ない。

 そういう話だったはずだ。だって、大衆酒場にお呼びするわけにはいかないもの。

 でも、私の目の前には、普段着のステファニア様がいて、楽しそうにワインを飲んでいる。


「家を抜け出してきたの」


 と、笑って言っていたのだけど大丈夫なのかな。騒ぎになっていたりしないのだろうか。


「そうなると思いましたので、王宮には先に報告をしておりますよ、ステファニア様」


 と、ロラン様が言っていたから、大丈夫なのか、な。

 周りの人たちは、最初、お姫様がいる、ということでちょっとかしこまっていたけれど、お酒がまわってくるとすぐに素になって、談笑している。

 私はというとお酒を飲まず、ずっとジンジャーエールを飲んでいた。

 お酒は飲まない。飲まないって決めているから飲まないんだから。

 そう、強い意志でいるものの、楽しそうな周りを見ていると心が揺れる。

 どうしよう……

 パーティーで飲むお酒とは全然違うよね、これ。

 パーティーってお酒を楽しむというよりも腹の探り合いをしつつすきを見せないようにして、あわよくば玉の輿を狙おうとか、足元をすくおう、という考えが裏にあったりするのよね。

 だからこんな楽しそうな人たち、見かけない。

 いいなぁ……この雰囲気に私も飲まれてしまいそう。

 悩みつつ、用意されたソーセージを食べていると、ステファニア様と目があった。


「お酒は飲まないの?」


「え? えぇ……まぁ……」


 言いながら曖昧に笑う。


「あらそうなの。食事もおいしいからそれでも十分楽しいわね」


 と言い、ステファニア様はサンドウィッチを手にした。

 確かに料理、美味しいのよね。それでけっこうお腹は膨れてきている。だから飲んでも大丈夫、かな。そんなに飲めないだろうし。

 そう思い、私は一杯だけ、ワインをいただいた。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?