二月に両家の挨拶を済ませ、結婚の準備に仕事にと、私は忙しく過ごしていた。
そして迎えたイベントの日。
世の中だいぶ暖かくなり、コートを着ない日も増えているから、今日の私も軽装だ。
ジャンパースカートにブラウス。それに、統一の深緑色のエプロンを着る。これは一目でスタッフと分かるためだ。
「これでお姫様に見えるかしら?」
と言い現れたステファニア様は、淡いピンク色のドレスをお召になり、肩にはケープを羽織っていた。
そして頭にはダイヤがあしらわれているであろう、ティアラをつけている。
髪も綺麗に結われていて、誰がどう見てもお姫様だ。しかも、子供の頃絵本で見たお姫様そのもの。ドレス姿を見たのは初めてなので、思わずため息が出てしまう。
最後にこんなお姫様が出て来たらきっと、子供たちは目を輝かせるだろうなぁ。楽しそう。
「素敵ですよ、ステファニア様」
ロラン様の言葉に、ステファニア様は満足そうに頷き、腰に手を当てる。
そういう所作はお姫様っぽくないけれど、素敵なのは間違いなかった。
今、学校が長期のお休みであるためその期間を利用して子供たちに国の仕事を知ってもらおう、ということで行われるのが国家機関の見学会だ。
でもどこでも見せられるわけではないし、国会図書館はそれだけでは面白くないだろうからと、いくつかの機関と合同で謎解きイベントを行うことになった。
「図書館に隠された五つの謎を解き、囚われの姫を救い出せ」というのがイベントの内容だ。
子供たちは戦士や魔法使いの衣装を着て館内を周り、お姫様を見つけることが出来たら記念のメダルをお姫様からかけてもらう。
なにそれ楽しそうじゃないですか。
マントや帽子などの衣装はいろんなサイズで王宮の人たちが用意してくれた。
勇者と言えば紫色のマントに頭の飾り。魔法使いはローブに三角の帽子だ。これ、絵本でよく見る衣装なのできっと子供たちも喜ぶだろうなぁ。
それに魔法の杖や剣も装備できるんだけど、これ、イベントの中で鍵になるのよね。ある場所でこの杖や剣を使ってある言葉を唱えると鍵が開くってなっている。
その言葉を集めるのがイベントの目的だ。
私は館内に立って、参加者たちが道に迷わないように案内する係だ。
十時前になり、国会図書館の前の通りにはたくさんの親子連れの姿があった。
なんだか緊張してきたな。いや、私が緊張することではないんだけど。
「そろそろ時間ですから、皆さんよろしくお願いします」
ロラン様の号令で、私たちはそれぞれ持ち場に散った。
始まりは十時で、終わりが三時だ。時間ごとに謎が隠されている場所を変える予定になっている。
しばらくすると、紫色のマントを着た男の子たちがふたり、親に連れられてやってきた。子供たちはきょろきょろと視線を巡らせ、
「あっちだ!」
と声を上げる。
きっと、目印を見つけたんだろうな。
一瞬、走り出しそうなそぶりを見せるけれど、はっとした顔をして早足で私の前を歩いて行く。廊下は走てはいけないものね。
その後に、紫のマントを着た女の子とローブをと三角帽子を被った子がやってくる。女の子が戦士の格好をしてもかっこいいな。
「お姫様ってどんな人なのかなぁ」
笑顔で女の子が言うと、付き添いのお母さんが笑顔で答える。
「そうねぇ。きっと、絵本に出てくるような綺麗なドレスとティアラをつけているんじゃないかしら?」
あってます、お母さんのその予想。
そう思っても口にはできないから、私は黙って親子のやり取りを聞く。
「ほんと?」
目を輝かせる女の子。
「童話みたいなお姫様なんていないって」
魔法使いの格好をした男の子が呆れた様子で言う。
まあ、そう思うわよね。
すると女の子はむくれて男の子の方を向く。
「お兄ちゃんには聞いてないんだからね!」
あぁ、兄妹なのね。
「はいはい。わかったからほら、あっち、目印ある!」
兄の方がそう言って、廊下の奥を指差した。
そんな子供たちを見守る事二時間以上。みんな楽しそうで、見ているこちらは幸せな気持ちになってくる。
とはいえ時間になればお腹が空いてくるのよね。そろそろ交代かなぁ。そう思ったときだった。
「お疲れ様、交代に来たわよー」
と言ってやってきたのは、同僚のセレナだった。
「あぁ、うん。お疲れ様。受付の方はどんな感じ?」
「けっこう人、きてるのよー。こういうイベント、あんまり見かけないしねー。ステファニア様を見た子たち、目を輝かせていたわよ」
それは生で近くで見たいわね。
「そうなのね。じゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
セレナに手を振られ、私はその場を後にした。
外に出る前にちょっとステファニア様がいる所に寄ってこようかな。
私は、ルートをそれて近道をして、ステファニア様が隠されている秘密の場所に向かう。
図書館の一画、今日のために作られた偽物の本棚の前で、子供たちが鍵になる剣を手にもってアツメタキーワードを唱えている。
すると、ゴゴゴ……と音をたてて本棚が開き、中から光を背にしてステファニア様が出てきた。
ステファニア様は子供たちを見て、ふわっと微笑み、子供たちに視線を合わせて言った。
「ありがとう、勇者たち。貴方がたのお陰で牢から出ることができました。これは勇気ある者たちに送るお礼です」
そしてステファニア様はメダルを子供たちの首にかける。
子供たちは驚いているらしく、声も出さずに呆然と姫を見つめている。
「さあ、出口に参りましょう」
「あ、う、うん!」
現実に引き戻されたらしい子供たちは嬉しそうにステファニア様と一緒に出口の方へと向かっていった。
魔法の仕掛けもだし、そこから綺麗なお姫様が出てくるのってインパクト絶大よね。
幸せな気持ちに包まれつつ、私はその場を離れて図書館を出た。