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【第十六章】秋のお祭り

「え、迎秋祭?」

 秦景楓は、木屑で汚れた手を払いながら、素連に聞き返した。

 事は簫司羽が冷宮から立ち去り仕事に戻ったその日の昼下がり、秦景楓は骨組みまで組み上がっている亭の作業を進めていた。そんな時に、桃のお礼をしに来た素連と話している時にその話となったのだ。

 まぁ大体意味は察せるが。首を傾げてたずねる秦景楓に、素連は楽しそうに微笑みながら頷く。

「はい、迎秋祭です! 皇都でも有数な秋のお祭りなんですよ。まぁ、下女に祭りを楽しめる暇なんてないのですが……幼い頃に一度、父に連れてってもらったんです」

「お祭りかぁ、いいね。僕、あんまそういうの楽しんだ記憶がないなぁ。あ、たしか屋台のおっちゃんに頼まれて呼び込みとかやったな!」

 記憶に該当する祭りエピソードを掘り出して話してみる。

 これもまた、幼少期のお手伝いの内の一つだ。いつも通り労働の対価にお金をくれる大人を探していると、射的屋をやると言うおっちゃんが、子どもが呼び込みしていると集客率がいいからと、仕事をお願いしてきた事があった。

 あの後知ったのだが、どうやらあのおっちゃんはヤの付く自営業の頭だったようだが。案外いい人だった事を記憶している。報酬の金銭に加え、ボーナスだとりんご飴や焼きそばを奢ってくれたのだ。

 そんな話を素連にすると、彼女は「素敵な思い出ですね」とほこほこと笑う。

「迎秋祭では、お庭で儀式を執り行うのですが、その儀式は様々な人が舞だったり歌だったりを皇帝様や天帝様にお見せするんです。後宮のお妃様達も芸を披露して、とっても華やかだと聞いた事があるんです! 残念ながら、私達はここから出れないですし、見る事が出来ないでしょうけど……」

 残念そうにしょぼくれる彼女を目に、秦景楓の中のない兄心が疼いたような気がした。

 そうしてこうとも思った。

(ワンチャン、行けそうだな……)

 と。

 前に、行動あるのみだとスペースで交換した無駄に長い梯子がある。冷宮にいる奴等だと気付かれたら捉えられてしまうかもしれないが、そうだとバレなければ問題ない話だ。変装の為の衣類さえあれば、素連が見たがっているその儀式、と言うより、話を聞く限り祭典に近しいそれを見に行く事も可能だろう。

「そうだねぇ」

 しかし、今出来ると断言すると後が怖いから、無難な共感に留めた。


 その後、秦景楓は一人の部屋で資料集を探ってみた。迎秋祭について何か書かれていないか、一定のめどを付けてから該当文字を探してみると、案外あっさりと目に入ってきた。

「あ、あった。迎秋祭」

 それは、星月国の国の概要が書かれたページに一緒にまとまっていた。

 分かりやすく名前の通り、秋の訪れを祝う祭りだ。由来は豊穣やら平和を願うというよくあるやつで、一昔前までは形式が全く違ったようだ。今ではすっかり馴染んだ現在の迎秋祭は、民も楽しめる季節行事となっている。

 素連の言っていた儀式と言うのは、王宮の前庭で行われるそうだ。この日だけはその前庭部分も一般開放し、誰でも催しものを閲覧する事が出来るらしい。しかし、飽く迄も催し物は天帝と皇帝に捧げる為のものであり、前列の方は王宮の官職やら役人が座っている。恐らくそこらの区分けはしっかりされるだそうし、一般来客にはろくに見えないかもしれない。それでも、音楽は聞こえ演舞が全く見えない訳ではないはずだし、雰囲気で大体楽しめるはずだ。

 そんな事を考えながら、資料を読み進める。

 舞台は円形で、皇帝や王宮の役人たちが座る席はその前方に雛壇状で位置している。後方側には彼等の席は無い為、一般客等はこの空きスペースで見ればいいのだろう。

(ふーん、こんな感じなんだねぇ……案外見せてくれるんだな。まぁ、基本パフォーマンスは簫司羽質のいる方に向けるだろうし、大して動かない演奏とかは演者の背後を見る感じになるって訳ね)

 まぁこの辺りは仕方ないだろう。見せて貰えるだけ贅沢ってモノだ。

(んー。あの感じ、素連、見に行きたがってたよな。下女の身分じゃ最中は使いっ走りしっぱなしだろうし。見せてあげたいなぁ……)

 兄として (兄ではない)、妹を喜ばせたいと思うのは当然だろう。まぁ、兄ではないのだが。

(変装か。まぁ、案外服装と髪型変えるだけで違う物だけど……)

 秦景楓は己の毛先を指先でいじり、考えていた。

 人は、案外目立つ部分を変えるだけで印象が違うモノだ。そこに化粧などを加えれば猶更、別人レベルになる事もある。

「うん。どうせ進捗報酬以外は換算されないんだし、買うか」

 秦景楓は清代から立ち上がり、己の首飾りに触れる。

「あー、スペース? 僕の服と、あと百五十センチくらいの女の子の服を用意して。迎秋祭で着たいから、そこで浮かないようなモノで。皇都の一般市民のシャレ着みたいな感じがいいかな。だけど、壁越えるのに梯子登るから、ある程度動きやすい方が良いかな。あと、化粧道具。男女両方の一式、イエベ系のでお願い」

 合計大体千ポイントほどかかったが何ら問題ない。これ等を使えば、余程まじまじと見られない限り、秦景楓と素連とはバレないだろう。どちらも普段から化粧をしていないタイプの人間だから猶更。

 だが、なんと秦景楓は化粧も出来るのだ。自分には勿論、人にする事も可能だ。

(ま、やる機会なんて滅多にないから、あんま使わない技術だけどね)

 手に入れた道具一式を持って帰る前に確認してみる。衣装は皇都に住む一般平民のオシャレ着といった雰囲気で、丁度良く求めていた感じの物を出してくれた。化粧道具も衣装に合わせたカラーリングにしたようで、これなら良い感じのコーディネートが出来そうだ。

 秦景楓は元の場所に戻り、早速明日素連を誘ってみる事にした。それは、素連の気持ちに応えたいという兄心でもあり、同時に、自分の憧れを満たす為でもあった。

(友達とお祭りで遊ぶの、やってみたかったんだよなぁ。ふふっ。楽しみだなぁ)

 寝台に横たわり、脚をパタパタとさせる。催す側としてお金を稼いでた時とは違う、今回は参加する側だ。緊張しないでいい舞台なんて、初めてかもしれない。

 秦景楓は子どものようにワクワクしながら明日を待った。そうして同じくらいの時間に眠りに付いた彼は、夢を見る事なく明日を迎える事だろう。



 次の日。朝の日課に加え、青菜の収穫を行った秦景楓。今日は丁度もやしの収穫が出来る周期でもある為、今晩はほんの少しいつもより豪華なサラダや炒め物が出来る事だろう。

 正直、進捗報酬以外の稼ぎは意味がないと知った今、これらを育てる意味はなかったんじゃないかとも思ってしまうが、それとこれとはまた別問題。丹精込めて育てた野菜が実ると、達成感と共に幸福感があった。

(どうせ換算されないポイントになるなら、自分で食べちゃおっ! どうせそこまで足の速い食材じゃないし、いっぱい食べられるぞー)

(じゃがいもと大根の収穫は、丁度迎秋祭くらいか。んー……簫司羽とは、話せないだろうからな。もし会える時間があれば、ちょっとおすそ分けしても良かったけど。いや、流石に無茶だな。催事の皇帝様に護衛が付いていない訳がないし)

 迎秋祭の最中はずっと皇帝の席で儀式を見ているのだろうし。きっと、話す時間も隙も無いだろう。

「ま、次遊びに来た時に色々振る舞うか」

 本当は正装姿の簫司羽も見てみたかったが。そこは仕方がないだろう。無数もいる妃の内の一人、しかも冷宮の廃妃だ。現皇后ですら隣の席に座っていないというのに、会える訳がないだろう。

(簫司羽、本当に皇帝なんだなぁ……)

 こんな彼の心を見られたら、きっと今更気付いたのかと笑われるだろう。

 身分の差を実感しながらも、今日の朝ごはんとして収穫したばかりの青菜ともやしを使っていつもの野菜炒めを作った。勿論、豆板醬はたっぷりと注いで激辛に仕上げて。秦景楓の舌が大喜び激辛豆板醬野菜炒め~採れたて青菜達を添えて~の完成だ。

「さて、客間に……って、そうだ。簫司羽いないんだし、自分の部屋で良いんだ」

 その感覚をすっかり忘れてしまっていた。そうだ、簫司羽が来る前は、一人で食べるのであればここで十分だと、自室の机で朝食を食べていたのだ。

 秦景楓は足を向ける方向を変え、自室に入る。そうして、その部屋で一人ご飯を食べた。

 一人でのご飯は、なんら珍しい話ではない。寧ろ慣れた事だった。幼少期ですら家族と食卓を囲んだ期間など数年しかなかったのだから。今更それに対して「寂しい」なんて思う事はない。そう思っていた。

(なんか、どうしてだろ。ちょっと、寂しいな……)

 思えばしっかりと作ってしまった二人分の大皿が目に入る。

 簫司羽がいた期間なんて、一人で過ごしていた歳月と比べれば短い。だと言うのに、その歳月で培われた強さを軽く超えてしまった。

 その間、二人以上が常だったから。

「そうだ。素連呼ぼ」

 どうせ祭りについても誘おうと思っていたのだから。

 秦景楓はぽつりと呟いて、食事を持って先程間違て入りかけた客間に入る。しっかりと虫よけネットを被せておいてから、素連のいる女院に向かった。

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