「これで四人目だ。またいつの間にか人形化させられている」
操り人形にされてしまった老人をベッドに置き、集まったジンとミラ、リックスとコク、そして二人の冒険者は動揺を隠しきれなかった。
「屋敷の中のどこかに消えた可能性は?」
「それは考えられないな」
「そうですね、僕もジンさんの意見に賛成です」
ミラの言葉に答えたのは室内の様子を見ていたリックスとジンの二人。ジンが注目していたのは、古美術商が残したと思われる美術品だ。
「あの爺さん、小包に入った美術品を大事そうに抱えていただろ? もしも攫われるようなことが起こるなら抵抗をするだろうし、その際に美術品が破損するような事もあったはずだ。でも室内に争った形跡はまるで無い」
「それに、ついさっきまで僕達は屋敷の中にマジックアイテムのような物が無いかを調べていました。冒険者であるお二人とコクさんも、一緒に捜索をされていたんですよね?」
リックスが訊ねると、三人がそれぞれに頷きを返す。
「古美術商のこの方を除いて、僕達はずっと屋敷の中を動き回っていたんです。互いが互いを監視できる、二人以上のグループで……。いつ誰と出くわすかもしれない状態。それも監視されている状態で、人一人を抱えて出ることは不可能です。彼はこの場で人形にされてしまった。そう考えるのが自然です」
ジンとリックスの考えにそれぞれが同意を示す中、ミラはリックスの言わんとしていることがわかっていた。
この場にいる全員の誰もが二人以上、或いは三人以上のグループで動いているのだ。つまりこの場の誰にも人形かなどの方法を実行することができないのは明白だった。
「ダイアナさんに窺いましょう。彼女は人形は関係無いと断言していました。今考えれば、彼女の言動は不自然です」
もうミラにもダイアナが、ひいてはソーラム家が無関係だとは言うことができなかった。状況が、ダイアナとシュタリットの二人が犯人の可能性を指し示していたからだ。
「その必用はありません」
さっそく食堂にいるであろうダイアナに改めて話を伺おうとするジン達。しかし、気が付けば彼女は古美術商の男の部屋にやって来ていて、ベッドに置かれた彼の人形を見ていた。
「犯人自らの登場か?」
「知らぬ存ぜぬを貫ける状態でも無いと思うが?」
冒険者の二人、そしてコクの二人がそれぞれに武器を手にする。ジンも咄嗟にミラを背後に庇い懐の杖に手を伸ばしていたし、リックスも武器は持っていないが真剣な眼差しをミラへと向けていた。
「私自身に皆様に危害を加える意志はございません。ただこの状況にいたって、一つの可能性を隠していた事を謝罪したく、私は皆様の下に参りました」
何も持っていない両手を上げて無害を示すダイアナ。彼女の様子にジンとリックスは警戒を解いていたが、冒険者の二人とコクはまだ武器に手を掛けていた。
「可能性? 人が消えて人形が残る。こんな状態になる可能性を知っていたんだろ? それなのに俺達には教えなかったんだな」
「古いお話しでしたので、確証が持てませんでした。お話ししたところで、皆様の混乱を煽るだけだと判断したまでです」
あくまでも害意は無い事を示そうとするダイアナ。周囲のジン達に警戒される中、彼女が語ったのは霧の森に住む怪異の話だった。 。
「その怪異……、いえ、おそらくは魔物なのでしょう。それはソーラム家の治める領地に昔から頻繁に現れていたそうです。自分達がどこにいるのかも分からない霧の中、その魔物は霧の中から突如として姿を現わして、魔眼で人を人形にすると伝えられています」
「魔物? 魔眼……? それを信じろと?」
「信じて貰うほかありません。それに……、敵が屋敷の外にいると考えれば、色々と腑に落ちるのではないのですか?」
ダイアナがアメジストの瞳でジンとリックスを見る。
ジンは勿論、リックスもダイアナの提示した可能性を考慮すれば、今の状況に納得ができたのだ。
「ジン、どういうこと?」
状況の読み込めなかったミラが訊ねる。理解できているのはどうやらリックスだけのようだった。
「俺達がダイアナさんを疑ったのは、俺達六人の中に犯人がいなかったからだろ? だから消去法でダイアナさんを疑ったんだ。だけど、外に別の存在がいるとすれば前提が覆る」
「ですね。もしもダイアナさんが言うように外にそんな存在がいるなら、それぞれの部屋で人が人形にされたことも説明ができます」
「どうして? 人は部屋にいるんだろ? 魔物が入って来たとでもいうつもりか?」
「部屋には窓があるだろ?」
疑問を口にしたコクに答えたのはジンだった。ジンはそのまま古美術商の彼のいた部屋の窓へと近付いていく。
「俺達からは霧の向こうに何がいるのかは分からない。だが、もしも魔物が魔眼で人形化なんて使えるなら、この窓から部屋の中を見るだけで充分だ。それだけでベッドで眠っている人を人形にすることもできる。だが……」
説明をしながらもジンにはまだ拭いきれない疑問が残っていた。だが、今その疑問を口にすることははばかられた。
「対抗策としては魔眼で見られないようにするのが良さそうだな」
「それなら窓を塞ぐのはどうだ? 全部屋は難しいにしても、今夜寝る為の数部屋、一階全ての部屋の窓を塞ぐ事はできるだろう?」
魔物の相手は慣れているのだろう。冒険者の二人が提案すると、ダイアナは「問題ありません」と頷きを返す。
そしてジンとリックスを含む男性陣を中心に、窓から外の様子を見られないように立て板が打ちつけられることになったのだった。
………………。
数時間後――、ミラは窓の無い礼拝室の中で待たされていた。置かれているのは祭壇と幾つかの椅子。そして懺悔を行う為に行われている小さな懺悔室だけ。
ミラ自身としては魔物対策の手伝いをしたかったのだが、貴族令嬢の彼女がいても役に立たないのは、ミラ自身が一番よくわかっていた。
(でもまあ……、事態は進行している訳だし、原因が分かれば対処も可能になるはず。これが魔物の力なら、解呪の方法だって……)
できることも無いので今後の事を考えるミラ。
「こんばんは」
そんな中、不意に欠けられた声に顔を上げれば、いつの間にか目の前には屋敷の主であるシュタリットが立っていた。
しかし以前のように微笑みを浮かべてはいない。悲壮な表情を浮かべてミラを見つめていた。
「シュタリットさん、どうしてここに?」
「いえ、ここでならミラ様とお話しできると思って……」
何かを言い淀むように表情の優れないシュタリット。そして彼女はミラの手を取り訴えた。
「ミラ様、どうか私に協力してください。屋敷は今、魔物の脅威にさらされています。このままではここに居る方々は……」
「魔物? それならジン達が今、対策をしてくれているから大丈夫よ。ジン一人じゃ頼りないけど、他にも魔物退治を専門にしている人もいるし、きっと何とかなるわ」
「違います……。違うのです。皆さんは今……思い違いを……」
冷え切った手でミラの手を取るシュタリット。彼女が何のことを言っているのかミラには理解できない。ただ懸命に何かを訴えている彼女をないがしろにはできない。
「落ち着いて、シュタリットさん。何が言いたいのか……。あなたは何かを知っているの? ここまで連れて着てくれた竜の子が人形にされていて、このまま屋敷を離れる訳には……」
「わかっています。ですがこのままでは……」
何かを伝えようとするシュタリット。しかし、彼女がハッと何かに気付いたかのように顔を上げると、彼女は立ち上がっていた。
「シュタリットさん、どうか――」
「ミラ様、こちらにいらっしゃいましたか」
唐突に開かれる礼拝室の扉。そこにはダイアナがいた。
「ミラ様とジン様の部屋の用意が終わりましたので、お迎えに上がりました。ご不便をおかけしますが、皆様の安全確保のために一度お部屋にお戻りください」
「あ、ありがとう。今行くわ」
呼ばれた手前、返事を返す。そしてダイアナは一礼を残してその場から去ってしまう。そしてミラも呼ばれた以上はこの場にいつまでもいることはできなかった。
「ミラ様……、私の言ったことを忘れないでください……。どうか……私達のことを助けてください」
「わかった。詳しい話はまた後で……」
ミラを引き留めようとするシュタリットのことは気がかりだが、ミラは一度ジンにも相談する必要があるだろうと部屋へと戻っていく。
しかしミラは気付いていない。
ミラのいなくなった礼拝室には、もう誰も残ってはいなかった。