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第14話:魔物の討伐

 翌日の朝、食堂にはジンとミラ、そしてリックスと傭兵のコク、そして冒険者の二人が出てきて、ダイアナの用意する朝食を食べていた。


 真夜中に行われた魔物対策が功を奏したのか、誰一人消えること無く朝を迎えられたのは大きな成果のように見えた。


「これで決まりだな。敵は魔物、それもこの霧の中にいる」


 朝食を食べながら断言したのはコクだ。彼は既に打って出る気でいるのだろう。食堂に彼の愛用する大剣を持ち込んでいた。


 しかし、打って出ようと考えているのは彼だけでは無い。冒険者の二人も屋敷の外に出る決意を固めているのだろう。朝食を適度に終えると、二人もまたそれぞれに剣の手入れをしていた。


「ダイアナさん、霧の中にいる魔物について、他に知っていることは?」

「申し訳ありませんが、魔眼を使うと言うこと以外は何も……」

「そうか。まぁ、問題は無いだろう。この手の魔物は魔眼の力に頼り切りって言うのが殆どだ。近接戦に持ち込んでしまえば、十分に対応可能だろう」


 魔物の討伐には自信があるのだろう。


 三人はそれぞれの得物を手に、外へ向かおうとする。しかし、そんな三人を止めたのはジンだった。


「本当に外に出るつもりですか?」と――。

「外に出るのを躊躇う理由があるか? 相手は寝込みを襲って魔眼で人形にすることしかできない腰抜けだ。正面戦闘を避けてるって事はたいした事がないって事だろ?」

「あぁ、確かに魔物自体はそんなに戦闘向きじゃないのかもしれない。だけど、もう少し状況を整えてから打って出た方が安全だ。この霧じゃ、満足に魔物がどこにいるのかも分からないんじゃ無いのか?」

「それなら問題無い。簡単な風魔法くらいなら俺達だって使える。霧を幾らか払いながら進めば問題無い」


 三人の言っている事は確かに理にかなっている。しかし、ジンは言い知れない不安を覚えていた。


「ジンさん、不安なのは分かります。でも、ここは打って出る以外の方法はありませんよ。もしも霧と共に魔物が出ているのだとしたら、外の霧が完全に晴れれば、魔物は霧と共に何処かに去ってしまうかもしれません。そうなれば、他の四人は人形のままです」


 しかし、そんな彼を説得するようにリックスに言われれば、ジンもその言葉を強くは否定できない。今日に至るまでの数日の間に、リックスの頭の回転の速さはジンも実感していたからだ。


「良い事言うじゃ無いか、リックス。どうだ? お前も討伐に出ないか」


 そんな彼を外に出る三人も信頼しているのだろう。彼等がリックスを誘う。しかし、リックスは苦笑を浮かべて誘いを断わった。


「すみません。僕は魔法とか、そう言うのは本当に才能が無いんです。護身用にナイフくらいは持っていますけど、魔物相手の戦いに出ても足手まといにしかなりません」

「そうか。ジンはどうだ? 魔法は使えるんだろ?」

「いや、俺もリックスと同じだ。足手まといになる」


 ジンも誘いを断わっていたが、外に出る三人は最初から行商人であるジンを頼りにもしていなかったのだろう。そうか、とだけ返すとこれ以上話は無いと外に出て行ってしまう。


 そんな彼等を見送る為にダイアナが残り、ジンとミラは窓を塞いだ自室へ。そしてリックスも少し休むと、自室へと戻っていった。


「これで何とかなるでしょ。あの三人は魔物退治のプロなんだから」


 ジンの不安を知ってか、楽観的に語り、彼を安心させようとするミラ。しかし、ジンは昨日からの疑問が解けていなかった。


「なぁ、ミラ。原因は本当に外にいる魔物だと思うか?」

「どういうこと?」

「いや、まるで間違った道に誘導をされているような気がするんだ。俺達には決定的に情報が足りていない。まるで知らず知らずのうちに、分断されているようにも見える」


 ジンが最初に感じた違和感は、この屋敷での妙な歓待だ。


 都合良く部屋数の多い屋敷に外の霧。外での野宿などもさせず、一所に集めたかと思えば、部屋を分けられて自分達は分断されてしまった。


 そして消えたのは複数人のパーティーで行動をしていたメンバーのうち一人。その結果、仲間を人形化させられたジン達は屋敷に残らざるを得なくなった。


「考えすぎよ。ソーラム家は貴族としての責務を全うしようとしただけ。ダイアナさんもそう言っていたでしょ?」

「疑問はまだある。どうして、各部屋の一人しか人形化しなかったんだ? 窓から魔眼で見つめることで人形化させられるなら、一部屋に集まっている全員を人形化させればいい。でも変えられたのは一人だけだった」


 冒険者の魔法使い、傭兵兄妹の妹は寝ている間に人形化させられたのだ。寝ている間に窓から室内にいる人を見れるのなら、同室にいた者が人形化させられていないのはおかしかった。


「相手は魔物よ。何を考えてるかなんて分からないじゃ無い。もしかしたら魔眼に使用限度があるのかもしれない」

「その可能性はある。だけど、俺達は結果的にこの屋敷に霧と仲間を人形にされたことで囚われたことは事実だ」


 ジンが黙考する。


 手に入れたカードの枚数は少ないが、今の状況の不自然さが拭えない。


(そうだ……。それに何でアイツはあの時……)


 ジンが思い出したのは仲間だと思っていた一人の言葉。彼の言葉がどうしても引っ掛かっていたのだった。


 ………………。


「ジン様、ミラ様……、いらっしゃいますか!」


 どれだけ部屋の中で過ごしていただろう。突然に叩かれたジンの部屋の扉。二人が返事を返すと、そこに戻ってきたのは焦りの表情を浮かべたダイアナだった。


「ダイアナさん、何かあったのか?」

「コク様が戻られたのですが……、他の二人が……」

「……っ」


 彼女の言葉にジンが部屋を飛び出てミラが後に続く。ダイアナの言った通り、玄関ホールにはコクが戻って来ている。しかし、一緒に外に出たはずの二人の姿は無い。


 いや、正確には二人も戻って来ている。しかし、既に二人は人間の姿では無い。コクが庇うように持って帰ってきた二人は、既に操り人形の姿にされていた。


「コクさん、何があったんだ!」

「ジンか……。すまない、奇襲を受けた。どこから見られたかも分からなかったんだ。気が付いたら二人は人形にされていた。それに霧の中には武装した何かが……、どうにか逃げてきたんだが……」


 コクの言葉にゾクリと背筋に走る悪寒。


 霧の中で人形にされたと言うことは、屋敷で消えた他の面々は人形になったと言う確証がとれたと言うことだった。


「どうしてコクさんだけが無事で?」

「おそらくはミラの考えた通りだろうな……」

「……え?」

「推測だけど、敵はたぶん一度に人形化できるのは二人が限度なんだよ。一度人形化させると、たぶんクールタイムが必要になるんだ。だから複数人で人のいる部屋では、一人だけを人形にしたんだ」


 人形化は石などに変えるよりも高度な魔法だ。例え魔眼を使っていたとしても、連発できるものではないのだろう。


「俺達は知らず知らずのうちに、この屋敷に縫い止められていた。その結果、敵の魔眼のクールタイムを稼ぐ時間を使わされていたんだよ」


 夜に人形化させられた魔法使いと傭兵の妹、翌朝人形化させられたクロに、その日の夕方に人形化された古美術商の男。


 そして今し方人形化させられた冒険者の二人。数時間のクールタイムが必要になるために、段階的に戦力を削られていたのだ。


「何の騒ぎですか!」


 玄関ホールでの騒ぎを聞きつけてリックスも自室から出てくる。そして彼もコクの抱く二人の人形を見て、全てを悟ったようだった。


「一刻を争うな……」


 ジンはマントを身に着けると、屋敷の外に出ようとする。


「ジン様、どこに行かれるのですか?」

「屋敷の外だ。今なら、霧を抜けて森を出られるかもしれない。どこかの街まで出て応援を呼び、人形にされた人には解呪のスキルを持っている専門家を呼んでくれば、魔物の討伐をしなくても良いはずだ」

「駄目です。危険すぎます!」


 しかし、そんな彼を引き留めたのはリックスだった。


「ジンさん。二人が人形にされたんですよ? 今、屋敷の外に出るのは危険です。ジンさんまで人形にされたら……」

「リックス様の言う通りです。作戦を練り直しましょう! 時間をかけて綿密な作戦をたてれば、今いる戦力でも魔物を討伐することができるはずです」


 リックスに続くようにダイアナが同調する。


 だがジンはもう二人の言葉を信じていない。彼等が口にしている言葉は、千載一遇のチャンスを逃す言葉。時間稼ぎの為の虚言だ。そんな二人を見て、ジンは確信した。


「そうか……、お前らだったんだな」


 ジンがそう呟いた瞬間、リックスとダイアナがクスリと嗤う。そして次の瞬間、ジンの全身に悪寒が走り抜けた。

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