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第7話 クロと子供達

「クロ……、今回ばかりはお前が悪いな」


 ミラたちが去った後、ジンは教会の中に招かれてライカから一部始終を聞きとり、やや呆れながらもクロに告げる。その前にもジンに注意されたこともあり、クロは落ち込んだように俯いていた。


「今回はミラが機転を利かせてくれたから良かったけど、あの領主にクロが連れて行かれていたかもしれないんだ。それも犯罪者として……。そんなことになったらどうなるかはわかるだろう?」


 諭すようにジンが語り掛けると、さすがにクロも反省したのだろう。


「ごめんなさい、兄様」


 今にも泣きそうな顔でジンに謝っていた。


「まぁ、とにかく無事でよかったよ。ライカさんも迷惑をおかけてしまったようで申し訳ありません」

「いえ、私は気にもしていません。むしろクロさんは私の身を案じて行動を起こしてくれたのでしょう」


 頭を下げるジンに対して、ライカは頭を上げてくださいと声を掛ける。と同時に、今回のいきさつを話したオリバーとレインの二人についても頭を下げさせていた。


「元はと言えば、この子たちがクロさんに領主の悪評を吹き込んだことにも原因がありますから」

「俺たちも悪かったと思ってるよ。まさか、いきなり殴りかかるなんて思っていなかったから……」

「そんなこと言って、オリバーだって私が止めなかったら、あの人たちに殴りかかろうとしていたじゃない」

「それはそうだけどさぁ……」

「二人とも、それぐらいになさい。とりあえず、二人はクロさんと一緒に他の子達と外の片づけを。さっきの騒ぎで随分と荒れていたでしょう」


 ライカに促されて、しぶしぶとクロを連れて行くオリバーとレインの二人。そんな子供たちが出て行ったあと、困ったとばかりにライカは溜息を吐いていた。


「すみません、二人にも悪気はなかったのです。あの二人も普段は下の子供たちお面倒を見てくれる優しい子たちで……」

「はい、それはわかります。それも子供たちの面倒を見てくださっているライカさんの優しさが伝わっているということでしょう」

「いえ、私などたいしたことは……」


 言いながら苦笑を浮かべるライカ。


 聞けば、この孤児院には八年間の戦争で両親を亡くした子供たちが集められているらしい。ほとんどの子供達が昔はイメダ領で小麦畑を作っていた両親と暮らしていたようだが、戦争中に帰る家も無くなってしまい、今では孤児としてライカが世話をしているらしかった。


「全ては戦争が招いたことです。以前にここを納めてくださっていた領主さまは聡明な方で、どの家庭も土地を持って意欲的に働く環境を整えてくださる領主様でした」


 他の領地では基本的には領主に土地を貸し与えてもらい、そこで農作物を作って税を納めるのが一般的だ。しかし、前領主の元では土地そのものを与えて農民の人々の自主性を大切にしていたらしい。


 その結果、多くの農家が最低限の栽培で留まること無く、切磋琢磨して果樹や菜園を切り盛りしていたらしい。その結果、この領地は更に西方へ向かう前の中継地として、多くの賑わいを見せていた。


 それだけに農民への領主の信頼も厚く。いざ領地が危機に瀕したときには一般の兵のみならず、領内の多くの男性が武器代わりに農具を手にもって戦争に向かったらしい。


「しかし、完全武装した帝国兵に敵う筈もありません。戦争で領主様と共に立ちあがった多くの男の人々は無くなり、残ったものは廃墟同然の町だけ。その上に、今の領主様のように思い税を課せられてしまえば、この土地はもう……」


 表情を曇らせるライカに掛ける言葉も見つからない。


 直接関与したわけではないが、八年前となるとジンも無関係ではない。駆け出しの軍師として、第三皇女と共に行動を共にしていた時期でもあった。


「しかし、今はそんな事を言っていても仕方がありません。それよりも今はミラ様のことを心配しなくては……。まさか領主様があの方を連れて行かれるとは思っておらず……」

「え? あぁ……、まぁ大丈夫だと思いますよ?」


 真剣にミラの身を案じているライカ。しかし、その点に関してはジンはあまり心配もしていなかった。


「で、ですがジン様、領主様は好色家で有名で、税の払えなかった女性を何人か屋敷に囲っており……」

「はい。まぁ、その話も聞いていますけど、そこを考えてもミラは大丈夫だと思います。ミラ自身は何か弱みを握られているわけではありませんから。それに……、ああ見えて、ミラはその手の事に厳しいんですよ」


 クロとの同衾で殴られ、同室で寝ることすら拒否され、ミラに手厳しく扱われた記憶が蘇って苦笑をするジン。


 さすがに領主相手にジンのような扱いをすることはないとは思うが、領主が妙な真似をすれば、ミラは容赦なく反撃するだろう。


 ある意味でライカには理解できない信頼をもって、ミラを信じるジン。しかし、そんなジンの様子をライカはどこか羨ましそうに見つめていたのだった。




 ジンとライカが今後の事を話す一方で、クロはオリバーとレインに連れられて秘密基地に集まっていた。


 今回のクロの暴走についての反省会もそこそこに、彼らの話に上がったのはミラのことだ。


 オリバー達もまさか、クロの雇い主であるミラが領主の屋敷に向かうなど、完全に想定外の事態だった。


「大丈夫かなぁ……、あの女の人。クロちゃんの雇い主なんだよね?」

「よりにもよって、あの変態領主の屋敷に連れて行かれるなんてな」

「へんたい? あの人は悪い人で変態なの?」


 二人がどうしてミラの事を気にかけているのかもクロにはわからない。しかし、クロには二人がどうしてミラについて心配しているのかが理解できない。だから、そんなクロにレインが言い辛そうに説明する。


「あの領主はね、税金の払えなかった家の女の人を、何人も屋敷に連れ帰っているの。表向きはね、屋敷の使用人として働かせるって言っているんだけど、中には酷いことをされて家に帰ってきた人もいて……」


 僅かに顔を赤くしながら説明するレインと、バツが悪そうにクロから視線を逸らせるオリバー。だが、クロには酷いことということも、よく理解できない。


 首を傾げて考えるけれど、次の瞬間には大丈夫だと断言していた。


「ミラ姉さまもとっても頼りになるから、きっと大丈夫。それに、もしも危なそうだったら、きっと兄様が助けてくれていたはずだよ」

「兄様ってあの人だよな? 頼りになるのか?」

「うん! 兄様はいつもクロやミラ姉さまの事を助けてくれるもん。だから今回もきっと兄様が何とかしてくれるって思うよ」

「あの人がなぁ……」


 オリバーとレインの二人にはジンが頼りになるのかはまだわからない。しかしクロが自信をもって断言するからには、きっとジンにも何かあるだろうと予感めいたものを感じていたのだった。

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