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第96話

もはや大人顔負けの恋愛バトルの様な戦いを見せつける彼等。

それにごくごく普通?の高校生カップルとなっている紘一達はついていけない。

自然とその場から紘一は楓を部屋へと連れていくため離れたのであった。

そのチャンスを司が見逃すわけがない。


「工藤さま協力して頂きたいのですが…」

「えっ?…と、その。誰だ?ですか?」

「紫龍司と申します」

「あ、うんそうでした…ね?」


紘一と司が面と向かって話をするのはこのタイミングが初めてであった。

そして何のために話しかけられているのか見当もつかない。


「少しばかりお願いがありまして」

「えっと、俺に出来る様な事があるとは思えないんだけど」

「そう難しい事ではないのです。

夜のレセプションパーティーの時に音楽を奏でて戴きたく、

お声をかけさせていただきました」

「な、なんていうかいきなりだな。ですね」

「それは申し訳ありません。

ですがどうしても必要になってしまいまして…

何よりも綾小路様を救い出す為のお手伝いをして頂ければと」

「え?」


それこそ紘一にとっては解らない事であった。

どうして演奏する事が祥子を救う事になるのか繋がらない。


「周りの雰囲気でご理解いただけるとも思いますが…

明日の夕方から行われるパーティーの最後にサプライズが行われます。

そのサプライズの内容を私個人としては変更したいと思いまして。

そのお手伝いをして頂きたいのです」

「あぁ…その綾小路さんが喜んでくれるのであれば考えなくもないんだけど…

そう言う訳でもなさそうだし。

そうすると楓が怒りそうなんだよな…」


そう言いながら楓の方をチラリとみる紘一。

楓はしゃべりこそしないもののはっきりと頷いて見せたのだ。


「でしたらご安心を。

綾小路様をお救いする方向へと動くつもりですので。

けっして後悔させるようなことは致しません。

必ず破談に持っていきます。

その為に時間が必要なのです…

イベントを詰め込んで最大まで時間は稼ぐつもりなのです。

最大まで人員は増強して時間を引き延ばしますが…

それでもどうしても埋めきる事が出来ませんでした。

どうか…」


その司の言葉に今度は楓が反応する。


「え?破談に持っていく事が出来るの?」

「はい。勿論その他のトラブルに対処するために現在準備中です。

ですがどうしても時間が足りない。

その時間を引き出す為。

婚約を発表するまでの時間を稼ぎ出して頂きたい。

その間に私自身が伊集院様とお話をしてお気持ちを変える事に致します」

「それが出来るの?」

「勿論です」


司は力強く頷いて見せたのだ。

楓は祥子が口にはしていないものの婚約を嫌がっている事を知っている。

そして何もできない自分がもどかしかった。

だから返事は直ぐにでも出てくる。


「それなら私達で協力する事にすれば良いと思う。

一人でやってもらうんじゃなくて。

それこそ里桜や榊原君にも声をかけて…

有珠や青木君に手伝ってもらって6人いればそれなりの時間を稼げると思う」

「お願いできますか?」

「うん。やりたい!やらせてください!いいよね?」


紘一が同意を求められた楓からのお願いを無下にできる訳がない。


「大丈夫。協力するよ。

けど…そうなると時間が惜しい。

どうしても合わせるとなると難しい部分もあるし」

「それなら有珠にカラーガードをやってもらって…

それで指揮を合わせれば!」

「行ける?」

「うん!」


力強く返答する楓。

祥子を助ける手助けが出来るとはしゃぐ楓であったが。

司から条件を付けられる事になる。


「申し訳ありませんが楽器はこちらで用意した物を使用して戴きたく」

「自分達が持ってきていますし。

使い慣れた方が演奏は楽なんだけど?」

「申し訳ありません。

あなた方を信用していない訳ではないのですが…

防犯上の理由からこちらで用意した物以外は厳しいのです。

他の来場者の事もありますので」


それは100%安全を担保する為に仕方がない事であった。

著名な演奏家であったのならきっと違ったかもしれない。

しかし紘一達は演奏を頼まれたからと言って別に有名な訳ではない。

信用しきれない部分もある為、仕方がない事だった。


「…わかった。直ぐに戻って楽器の調整に取り掛かるから。

防音室は使える?」

「手配します」

「そこに使える楽器を持ち込んでもらって」

「はい直ちに」


司の後ろに控えていた人がすぐにその指示を受けて動き出す。

楽器の調整にかかる時間がどれだけかかるのか解らない。

紘一と直ぐにでも動き始める事になったのだ。

けれど楓はそうではない。


「じゃぁ楓は部屋に送っていくから」

「え?私も調整のお手伝いするよ」

「ダメだ。自分達の楽器を使う事が出来ない以上、

初期の調整の時にいて貰ってもしょうがないし…。

疲れているだろ?」

「う、うん」


緊張を強いられた飛行機での移動。

着慣れない正装をしての緊張感ある夕食。

なにより伊集院庄司と言う存在が与える嫌悪感。

それは近くにいる事を強要された楓の精神を摩耗させるのに十分な理由だった。


「今日は休んで明日演奏前までに調整と練習をすれば良いから。

それまでは大人しくな?」

「うん…わかった」


紘一なりの気遣いは楓を安心させていた。

ちゃんと部屋の扉の前まで連れて行ったのである。

それから足早に準備された部屋へと案内される紘一。

そこには演奏用の楽器が一式用意されているものの全て、

有名どころの物であり品質は良かった。

しかし…


「うわぁ…」

「どうかしましたか?何か問題でも?」

「問題と言うほどじゃないんですけどね…」


そこにあったのは余計な装飾が施されたそれこそ扱いづらい物だったのだ。

見栄えを良くする為の加工が施された楽器類。

確かに見目は良いのだがそれだけ調整箇所が絞られ奏者の技量が浮き彫りになる。

調整でどうにかできる範囲がとても難しい物だったのだ。

けれど泣き言は言えない。

手に取って調整を始める紘一。


「…始めます」

「お願いします。

何かお手伝いできることがあれば何でも言って下さい」

「ありがとうございます…」


手に取り分解し整備を始める紘一。

それこそ分解し始めた段階で頭が痛くなりそうであった。

軽くふいてみて解かるその違和感。


「素性が悪すぎる」

「え?」

「これらは予備の楽器なんですね」

「は、はい」

「中古で集められた物か…もしくは長年放置されていた物でしょうか…」

「え?そんなはずは…」


出来栄えだけは良い。

そして作り込みもなかなかだ。

けれど予備の楽器であったが為の弊害。


「使われる事を想定されていなかったか…

保存状態があまりにも良くなかったのか…」


それ以上の言葉を紘一は言い淀んだ。

そして手始めの楓が使う為のトランペットをばらしてみたのだが。

どう見ても組み上げにガタがある不良品にすら見える。

手際よく分解して清掃を始めた紘一であったが。

手伝い要員としているスタッフに見せる様に作業を続けていた。


「…誰かがばらして組み立てられなかった物の様な気もしますね。

中身がすり替えられた可能性も」

「誰がそんなことを…」

「それは俺には解んないですけど。

このグレードの新品であるなら専用のケースが用意されているはず。

それすらもないので本当に新品を買って保管していたんですか?」

「…他に気付く事は無いでしょうか?」


それは楽器を知る紘一からの指摘であった。

新オープンするはずのホテルに補完されている予備の楽器。

使われているはずがない物であるはずなのに。

既に使用後の感じが付いている。

そして分解して組み立て切れていない物まで混じっているとなると。

持ち込まれた物がおかしいと言う事になる。

それこそ…

新品を買って保管している事にして…

中古の楽器を適当に買ってきて置いておいたようにしか見えないのである。

パーティー会場で使う様な楽器であり磨き上げられた綺麗な物。

細かなカービングも施された物であるが故に高い楽器のはずなのだ。

新品であれば出荷時に確認だってされるだろう。


「不可解ですね…新品なんですよね…」

「そうですね」

「あ、写真とか取ります?」

「念のための取らせていただいても?

出来れば不自然な場所を指さしていただいて。

おかしな所を教えてもらえたらと」

「なら…ここがですね」

「なるほど。

この楽器、伊集院を挟んで用意された物なんですよね」

「へぇ…」


紘一はそれ以上は何も言わない。

ただ黙々と説明を続ける。

そして不自然な部分をリストアップするのに協力して差し上げたのである。


「楽器を持って来るように言われていたんですよ。

そして何某らの演奏をするつもりだったんですけどね。

しかしこうもいきなり言われる物なのかと思った。

「婚約おめでとう演奏」という形で心に残る記念になる音楽を奏でたいですね。

きっとそうなるでしょう。

このリストもその後の調査の為の資料として有意義に使えそうです」

「それはよかった」


気付いてはいけない何かが形となって司の武器がまた一つ増えた瞬間だった。

着々と司は武器を揃えていく事になったのだ。



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