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第97話

司が綾小路夫妻との対面を終らせた後。

ほろ酔い加減の庄司は綾小路夫妻と最後の面談を行う事にする。

それは婚約する事に対しての最後の念押し。

ここまで来て予定を変更させない様にする為の楔を打ち込むためであった。


「まさか祥子さんを高校に入れるとか思いませんでした」

「ふふふ。昔ならいざ知らず今は16で結婚できないのです。

それならば少しでも未来の旦那様に役立てる様にしたかっただけですわ」

「そこまで気遣って頂かなくとも良いのですよ。

今からでも辞めさせてもらって私の家に住んでもらえれば…

二人の仲はとても進む事になるのでしょう」

「まぁ。お口がお上手なのね。

私もそうしたかったのだけれど…

やはり法律は守らなくてはいけないと思いますの」

「…その通りですね」


それは庄司に対する綾小路夫人からの口撃であった。

けん制と言ってしまっても良い。

まだ、婚約は決まっていない。

発表していない以上慎重に。

そして法にのっとった立ち振る舞いを望むと言う事であった。

祥子の母としては家同士の繋がりもあるが。

それ以上に手順通りに婚約する事を望んでいた。

自分が大恋愛の末に綾小路家に入ったことが原因であった。

祥子の父にいた許嫁を押しのけた形での嫁入りはやはり軋轢を生んだ。

勿論今では問題は隠されている。

けれど綾小路家の傘下のグループには目に見えない亀裂が入っている。

この亀裂をなくすためにも。

自身が行った事で非難された事を無かった事にする為に。

どうしても祥子には大和撫子として立ち振る舞ってもらわないといけない。

丁寧に丁寧に育て上げた祥子は確かに母親の望むような大和撫子である。

けれどその心中は理解しているが納得は出来ないのが本音である。

そして逃げ場のない祥子には従う他選択肢はないのだ。


「祥子を軽んじる事は綾小路を軽んじる事だと理解しているね?」

「勿論ですとも」


今度は祥子の父からの言葉である。

既にアルコールが入ってほろ酔い加減であるにも関わらず平然と答える庄司。

酒の匂いも当然漂わせているしそれ以上に赤く火照っていた。


「ですが…忘れないで戴きたいですね。

このレジャー施設を創り上げた私の技量を!

素晴らしい場所でしょう?」

「ああ。そうなのかもしれないな」

「ここを起点に伊集院家は大きくなります。

その礎を作った私の才覚に頼らせてあげるのですから」

「声をかけて戴いた事には感謝している」

「なら…あまり大きな事を言わないで戴きたいですね。

明日には特等席で娘の晴れ姿を見せて差し上げるのですから」

「ああ。とても期待している」

「これからもよろしくお願いしますねお義父さん」

「…あぁ」


誰にでも平等に時間は流れる。

積み上げた現実は裏切ることをしてくれない。

アリスもまた集から受けた報告を聞いて最後の一撃を放つ事になる。

叶える者となりながらも黒江有珠であったことを捨てられない証明であった。

未来を知るからこその後押し。

後悔をなくし記憶を上書きする為にはどうしても必要だった。

集を救う為と言いながらも救いたいと言う気持ちは負けていない。

紫龍司を押したのはアリスの記憶の中で彼以外の選択肢がありえなかった。

祥子が擦り切れ潰れる最後まで後ろに立ち続けたからである。

もしも彼が前に立っていたのであれば…

祥子の運命も変わったかもしれない。


良一の喫茶店内に作ったスペースでアリスは演算結果を構築。

その決定打となりうる証拠を司へとメールで送りつけたのだ。

それが最後の援護射撃。

といっても何某かの証拠と言う訳ではない。

それは叶える者として集の未来を変える為の行動であった。


「チャンスは作ったんだから。

今度こそ幸せを作りなさいよ」

「…何を言っているんだ?」

「別に。揃えて貰った情報を演算して結果を作っただけ」

「あまり入れ込みすぎるなよ。

お前の契約者は集だろう。

叶える者の範疇から逸脱するなよ」

「解ってるわよ。

それでも私が私だったのだから成功を祈らずにはいられないのよ」

「そうか」

「そーよ」


それでも力場は働き広がりつつあった災厄。

種がリゾート地で芽吹くまでの時間は稼げるのだ。

庄司を媒介とした災厄の種が芽吹くための土壌は作られない。

集の行動が庄司が英雄になる事を拒み司の行動が力場の発生を切り替えた。

流れも切り替わり始めたのである。


夜が明ければナチュラルハイになりつつあった紘一の一声で起きる事になる。

集と大地。



「おはよう弟子たちよ!とてもすがすがしい朝だな!」

「…おはようございます師匠」

「師匠あと10分」

「そうしてやりたいのはやまやまなんだけどな。

それは聞き入れられないんだ!協力してくれ」


眠い目をこすりながら集は頭を働かせる。

紘一に質問し返す。


「…それはどういった事で?」

「楓の友達を救うため、俺達は演奏をして時間を稼ぐ事になった。

一晩かけて調律と調整は済んでいる!

早速練習を始めたいんだ!」

「ええと…何の練習をするんで?」

「勿論楽器だ!何とか人数分は用意できた。

早速音合わせを始めたい」


紘一のヤル気満々の声を聴いて大地も返事をする。


「流石師匠ですね!戦う術を知っていらっしゃるっ!」

「そう褒めるな照れてしまうじゃないか!」

「昨日の情報収集から短時間で楽器を用意し、

時間を稼げる方法を作り出すとは!流石としかいえねっす!

直ぐにでも練習を始めましょう!」

「了解だ弟子達よ!」


意気揚々と練習室に向かい待っていると宣言する紘一。

しかし楽器を用意されたとして大地は演奏できるのか?

集の知っているかぎり、大地が何か楽器を演奏しているところを見たことは無かった。


「ところで大地?お前楽器の演奏出来たのか?」

「集…なにを言っているんだ?楽器の演奏は心でするものなんだぞ?」

「つまり演奏できないんだよな?」

「それはお楽しみという事で。

まぁ…何とかなるしするから大丈夫だ」

「その自信は何処から来るのか知りたいよ」

「勿論あふれ出る里桜への愛からきているに決まっている!

愛さえあればなんだって乗り越えられる!

そうでしょう師匠?」

「ああ!迷いは不要だ!熱い男の魂があればどこまででも遣り遂げられるんだからな!」

「根拠は?根拠は愛なのか?」

「そうだ今私は寝起きで素晴らしいアストラルエネルギーに目覚めている。

新天地であるこの地はとても素晴らしい大地のエネルギーを私に与えてくれた。

里桜も昨晩は私に愛らしい姿を見せてくれたからな!

だから今の私はアストラルパワーに目覚めていて無敵なのだ!」


本気なのか冗談なのかわからない。

けれどやる気だけは満ちているその状態を萎えさせるのはまずいと考える集。

「なら弟子よ!今日はそのパワーを解放して見せてくれ!」


先に防音室に向かっていた紘一から大きな声が届く。


「解っていますよ師匠!まずは私の腕を確認してください!」

「おお!望むところだ!」


寝起きから元気があっていいなぁと思いつつ。

集も着替えて大地の後に続く事になったのだ。


「それじゃぁ弟子よ楽器を選んでくれ!

時間が無かったからな。出来る範囲で調整はしたけど…

追加で再調整もするからな!」


用意されていた物は予想通りの物でサックスやトランペット。

そしてヴァイオリンにピアノと言ったラインナップであった。

紘一も無作為に楽器の調整をしていた訳ではない。

楓から聞いていたのだろう。

的確に誰が何を使うのかを考えて用意されていたのである。

そして集の予想通りとピアノは大地が演奏する為に用意された物だったのである。

用意されていたのはスペースの関係もあってかアップライトピアノ。

それでも迷うことなく座った大地。


「大地が弾けるだなんて知らなかったよ」

「そう褒めるなよ集。

こう見えて、もてたいと思う男が心を磨くために使う手段だろう?」

「え?もてたい?」

「そうさ。誰だってヒーローになる権利はあるのだからな!

そうでしょう師匠?」

「その通りだ弟子!」

「さぁ集よ師匠のチューニングを確かめるのだ」

「あ…はい」


集は集で用意されていたヴァイオリンに手を出す。

2台用意されていた物の一つを手に取って弦の張り具合を確認して、

構えたのだが…いつもと違う使い心地で少しばかり戸惑う事になった。

そこは紘一がチューニングしなおした成果なのか…

思った通りの音を出せる様になっていた。

けれど疑問に思う事があった。大したことじゃないのだが。



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