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10-02 温泉最高

 かぽーん。


 女将自慢の箱根湯本源泉かけ流し温泉は、それはもうとにかく、すんばらしかった。

  宿全体がコンクリに囲まれてるだけあってさすがに露天はなかったけど、内湯だけでも結構な広さ。五人一緒に湯舟に浸かっても手狭に感じる事なく、足を伸ばして思う存分リラックスできた。

 それにとにかく、泉質がすこぶるいい。温泉に浸かってほえーっとしてるだけで、美肌成分がみるみる肌に浸透し、全身つるつるぴっかぴか。疲労もじわじわ取れてくのが実感できるほど。

 上がった後も、身体は芯までぽっかぽか。パリッとノリの利いた浴衣が肌にひんやり気持ちがいい。ロビーに置いてあったレトロなマッサージ椅子もいい塩梅の強さで、機械の腕で背中を叩いてもらうと超気持ちいい。

 そんな温泉旅館満喫中の私の元に、湯気を立てた浴衣姿のみひろがやってきた。


「藍海ったら、すっかり温泉に骨抜きにされちゃいましたね」

「うっうっうっ……ニッポン人に、生まれでぎで、良がっだあああ」


 背中を叩かれながら、濁点まみれのダミ声を返す。そんな私に、みひろは楽しげに「うふふ」と笑った。それだけで乾ききってないストレートヘアが静かに揺れて、石鹸のいい匂いが漂ってくる。お風呂上がりのみひろはいつもセクシーだけど、今は二割増しで輝いて見える。

 でも、今夜は私だって負けてないはず! それくらい、源泉かけ流し湯の美肌効果は絶大なのだ。


「外からだととても老舗の温泉宿には見えませんでしたけど、中にいるとそんな事忘れてしまうくらい、普通の旅館ですね」

「普通と言えば普通だけど、私たち以外誰もいないのは普通じゃないかなあ。お金払わなくてもマッサージ機や自販機が使い放題なのは、単純に便利でいいけどね」

「なるほど。温泉宿貸し切りは、一般的ではないんですね」

「お、久々に出たね、お嬢様エピソード」


 私が使ってるマッサージ椅子はもちろん、ドリンクとアイスの自動販売機、雑誌、新聞、漫画、テレビゲーム。どれもロビーにあるものは無料で使えるとの事だった。無人の受付には多種多様なアメニティも用意されていて、こちらも好きなだけ持って行っていいらしい。他のお客さんにもお宿の人にも気を遣わなくていい。それでいてサービスは至れり尽くせり。言う事なし。

 もちろんこういうのも、お宿の料金に含まれているんだろうけど……それにしても私みたいな庶民にとって、この待遇は贅沢極まりない。今度会ったら八雲さんにお礼言っておかなくっちゃ。


「それにしても、温泉宿どころか部屋すら一歩も出れない八雲さんが、自分専用のお宿を造らせてたなんて……一体どういう事なんだろ?」

「ええ、おそらくは――」


 二人で話してると、お風呂上りのリーラちゃんとミセリさんがやってきた。


「あー! 藍海ちゃんずるーい、私もそれやりたーい! 代わって代わって!」

「子供は肩こらないでしょ」

「そんな事ないもーん、あー肩こったー肩こったー!」

「リーラちゃんだと座高足りないから、頭ぽかぽか殴られるだけかもよ」

「なにをー!」


 ピンク浴衣のリーラちゃんが、ヒップアタックで膝に乗ってくる。


「ぐえっ」


 骨ばった子供のお尻が腹筋にクリーンヒットし、思わず変な声が出た。


「あははは、これおもしろーい!」


 後ろ向きで膝に座り、振動に合わせ身体を揺らすリーラちゃん。まぁ子供だし、揺らされてるだけで楽しいもんね。

 私はリーラちゃんの腋から手を回し、落っこちないように抱きしめてあげると……え?

 なにこの! 手のひらに納まる子供らしからぬ頂きは!


「あんっ、藍海ちゃんのえっちぃ。やぁっ、揉んじゃらめえぇ……」

「ちょっ! なにこれリーラちゃん! あ、髪少し伸びてんじゃん!」


 肩越しに振り返ったリーラちゃんは小悪魔な微笑みを浮かべると、ベーっと金ピカの舌を突き出した。


「知ってた? 巨乳ってスキルなんだよ」

「マ!? そのスキル伸ばせば、誰でも胸大きくできんの? どーやんの!?」

「んー、遺伝子改変?」

「それもう、女子高生にどうこうできるスキルじゃなくない!?」

「きゃはは、やっぱコインってすごいよねー。ちょーっとみひろちゃんぺろっとすれば、いつでも巨乳気分が味わえるんだもん。あー、肩こっちゃって困るわー!」

「リーラちゃ~ん? ちょーっと伸びすぎちゃってる髪、私が切ってあげようか~?」

「きゃーっ!」


 小指の爪斬りネイルカッターをチラつかせると、リーラちゃんはセミロングの金髪をなびかせて、楽しそうに膝から逃げていく。

 ちぇー、いいなぁリーラちゃん。

 今までも何度か思ったけど、やっぱり私も蒐集家コレクタなりたいなあ。


 マッサージ椅子に揺らされながら、続々ロビーに集まってくる皆を見回した。

 伊織さんとミセリさんは、ロビーの冷蔵庫からビールを取り出して二人で乾杯してる。その隣でリーラちゃんはテレビのリモコン片手に、小袋のおつまみお菓子をパクついていた。

 夏美さんは牛乳片手に扇風機の当たるソファーに腰を下ろし、風呂上りで熱のこもった下半身を風に晒している。それを見たみひろが、密かに眉をひそめた。


「夏美さん……さすがにそれは、はしたないですよ」

「いいじゃん、どうせ女の子しかいないんだし。みひろちゃんもやってみなよ。涼しくて気持ちいいよ」

「そうですか? では失礼して……」

「みひろ様! 夏美さんも。周りに殿方がいなくとも最低限の恥じらいというものが……」

「瓶ビール両手に二本持って一気飲みしてる人に、言われたくありませーん!」

「伊織さん、呑める口ですね」

「いやぁ、ミセリさんがいて助かりました。みひろ様たちと一緒だと、どうしても遠慮してしまいまして。二人で呑むと、ついつい進んでしまいます」

「げー。テレビのチャンネル少なっ!」


 思い思いにくつろぐ皆の声を聞きながら、私はマッサージ椅子に背中を預け、蕩け切っていた。

 ノリがパリッと利いた浴衣着て、フルーツ牛乳飲みながら、ロビーで肩揉みマッサージ。これぞ温泉旅館の醍醐味……あーもー癒される。ここでずっと湯治とうじしてたい。

 だからだろう。玄関扉が開いた音に、誰も気が付かなかったのは。


「ごめんくださーい」


 伸びやかな女性の声が玄関に響くと、私たち全員浴衣を乱した恰好のまま、ロビーに上がってきた人影に目を向ける。

 そこにはコンビニ強盗よろしく、紺色スーツにフルフェイスヘルメットを被った男の人が立っていた。


「えっ……あっ、えっ? きゃあああっ!」


 大股広げてた夏美さんが、素早く両手で裾を抑え金切り声を上げると、伊織さんとミセリさんがビール瓶を逆さに持って、男の前に立ちはだかる。私は急いでリーラちゃんを抱え背中に回すと、うぃんうぃん動くマッサージ椅子に押し付け隠した。


 ヘルメット男は困惑したようにあたふたするも、続けてがらっと玄関の引き戸が開き、見覚えのあるメイド服が現れる。


「皆さま、お騒がせして申し訳ありません。この方は決して……いえ、怪しい恰好をされてはおりますが、怪しい方ではございません」


 黒髪セミロングの頭には、白のメイドカチューシャ。メイド服は伝統のロングスカートで、その上にエプロンドレスを巻いている……この人は間違いなく、葉室財閥のメイドさん……という事は?

 伊織さんはビール瓶の底を男に差し向け、問い質す。


「とにかくまず、そのヘルメットを取って下さい!」

「それはできません」


 葉室財閥のメイドは、メット男を庇うように伊織さんの前に立ち、きっぱりと断った。

 よく見るとこのメイドさん、左耳だけインナーイヤホンを付けている。


「じゃああんたたち、一体何者なのさ?」


 ミセリさんに問われると、ヘルメット男は黙ったままメイドに振り向いた。

 メイドはふんふんと小さく頷き返すと、私たちに向かって恭しくお辞儀カーテシーを披露し、自己紹介する。


「私は葉室財閥の専属メイド、上村亜由美です。そしてこちらが、皆さまをご招待させて頂いた我が主、葉室八雲さまでございます」


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