私たち六人と、更に二人が加わると、さすがの大部屋も若干手狭な印象になる。
とりあえず中央の机を部屋の端に寄せ、全員車座になって、ヘルメット八雲さんとその隣に正座する亜由美さんをじっと見つめる。
確かにヘルメットのバイザー越し、うっすら見えるイケメン顔は八雲さんなんだけど……彼は一言も発しようとしない。代わりに専属メイドを名乗る亜由美さんが、頭を下げて謝り始めた。
「えー……女性同士おくつろぎ頂いてる中、急に入ってしまい申し訳ないと、八雲さまは謝罪を述べております」
八雲さんも、ヘルメットの頭を下げる。
みひろは正座のまま、恐縮したように両手を振って応えた。
「いえいえ。こちらこそみっともない姿のまま騒ぎ立ててしまい、申し訳ございませんでした。それで……八雲さんはそのヘルメットを着けていれば、外出しても大丈夫……って事でしょうか?」
よく見ると、八雲さんのヘルメットはバイク用のそれではない。細かな電子部品が至る箇所に埋め込まれていて、頭頂部や口元には小さな光が断続的に瞬いている。時折ピー、ガガッ、と小さな電子音まで聞こえてくるあたり相当ハイテクな……おそらくヘルメット内部を無菌状態に保つ、特殊な医療装置? なんだろう。
亜由美さんは、八雲さんの声がイヤホン経由で聴こえてるみたいで、ふんふんと首を縦に振ってからみひろの質問に答えた。
「この無菌ヘルメットは、緊急外出用に造らせた八雲さま専用お出かけグッズです。絶対に大丈夫……とまでは言い切れませんが、抗生物質を飲んでこれを装着すれば、少々の時間外出されても全く問題ありません。もちろん外の駐車場には、消毒・無菌室を備えた八雲さま専用のお車が用意しておりますので、その中であればヘルメットを脱いでお
なるほど……八雲さんのヘルメットは完全密閉されていて、声を出しても外には聴こえない。だから中のマイクを通して亜由美さんに用件を伝え、代わりに喋ってもらってるってわけね。
「そうまでして出てこられたという事は、やはり八雲さんもお祖父さまに目を付けられて、お屋敷にいられなくなってしまった……という事でしょうか?」
どうやらこちらの声は、ヘルメットの外部マイクを通して八雲さんに直接伝わってるようだ。
少ししてから、亜由美さんが伝えてくれる。
「久右衛門さまは、みひろ様始めコレクタチームと連絡が付かなくなった時点で、真っ先に八雲さまを疑うでしょう。そうなれば、八雲さまは拘束され身動き取れなくなってしまいます。であれば先手を打って外に出て、秘密裡に造らせておいたこちらの温泉宿別館で、皆さまと合流しようと考えたわけです」
ふむ。この別館は八雲さんの出城、いざという時のための隠し湯というわけか。
だから外観をコンクリート打ちっぱなしにして温泉宿だと分からないようにしたり、宿の人も常駐しないようになってるのね。
「では八雲さんも、本日はこちらにお泊りになられるのですか?」
「いえ。八雲さまは外に停めてあるお車の中で、お休みになられます。皆さまにおかれましてはお気になさらず、こちらのお宿をご利用ください」
まぁ私たちが入った時点で、病原菌うようよしてるだろうし。事実、八雲さんは今もヘルメットを脱げないわけで。申し訳ないが、ここはその言葉に甘えるとしよう。
それにしても……本当に万能薬を必要としてる人がこんなにも身近にいるっていうのに、あの
「大変素敵なお宿をお手配頂き、ありがとうございます。それで八雲さん、今後はどうなさるおつもりでしょうか?」
みひろは皆を代表してお礼を言うと、いきなり核心を切り出した。
八雲さんはピーガ―言いながら(言ってないけど)、亜由美さんに思いを伝達する。
「今回の件で、久右衛門さまが自らのために万能薬を必要としてる事が分かりました。ですがなぜそれを欲するのか……私たちはまだ、御大の目的を聞かされていません。まずはそれを明らかにするため、今夜八雲さまと久右衛門さまで電話会議を行う予定です」
「真の目的って……久右衛門さん自身が万能薬を飲み続ける事で、ずーっと財閥総帥で居続けたいだけじゃないの?」
「万能薬は未知の薬です。確かに飲み続ければ不老不死になるかもしれませんが、特にこれといった持病のない久右衛門さまが、自らの身体を実験体にする積極的理由はありません。実際薬を飲んだみひろ様を拝見する限り、若返りの効果があるのかも判断つきませんし……」
まぁ元々若いんだから、みひろでその効果を推し量るのは無理でしょうね。
「八雲さまとしても、実の祖父と後継者争いする事は本意ではありません。話し合いでなんらかの譲歩が引き出せれば、このまま皆さんと一緒に屋敷に戻る事も考えています」
「もしお祖父さまが、強硬な姿勢を崩さなかったら……?」
「葉室本家のお屋敷に乗り込んで、ジルコさんか万智子さんのどちらか、もしくはどちらも。コレクタとコインを奪取するしかありません」
それはなかなかハードな選択肢だ。
普段から葉室警備が常駐しネズミ一匹通さないセキュリティを誇ってるお屋敷が、コインを二分する今の状況、更なる厳戒態勢を敷いてるのは間違いないだろう。
正直、正面突破で勝ち目があるかと言えば……みんなの顔を見回しても、同じ答えが書いてある。
そんな私たちの顔色を察したのか。八雲さんは身振り手振りを交えつつ、亜由美さんの声で補足し始めた。
「ご存じの通り屋敷の警護にあたる葉室警備は、軍隊なみの武装、規律、統率を誇っています。しかし彼らは契約により、屋敷内部への出入りを禁じられています。屋敷の中に入ってさえしまえば、使用人の多くは八雲さまの味方です。彼らであれば二人の拘束場所も把握してると思いますし、その他もろもろ支援が受けられるはずです」
私とみひろ、伊織さんは、互いに目を合わせ小さく頷いた。それなら、どうにかできるかもしれない。
それでも夏美さん、リーラちゃん、ミセリさんの三人は、心配そうな顔を覗かせている。
「いずれにせよ、今夜の電話会議次第で今後の方針は大きく変わるでしょう。今は皆さん、温泉でごゆっくりお寛ぎ頂き、英気を養っておいて下さい」
八雲さんと亜由美さんは立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
ここまで黙っていた夏美さんが、慌てて二人を呼び止めた。
「あのっ! 今夜はお二人とも、車中泊されるんですか?」
「はい」
「えっと、あの……」
もじもじする夏美さんに、ヘルメット八雲さんが微笑みかけた――気がした。
亜由美さんは無感情に、代弁する。
「私たちの事はご心配なさらずとも大丈夫です。夏美さまには、大変有益な情報を教えてもらい感謝しています。これからもよろしくお願いします――、と八雲さまは仰っています」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
全員で玄関前までお見送りすると、八雲さんと亜由美さんは揃って頭を下げた。
「では進捗ありましたら、またこちらにお邪魔します。おやすみなさいませ」
「色々とありがとうございました、おやすみなさい」
みひろが代表して挨拶すると、八雲さんはハイエースバンと同じバンタイプ、キャラバンの後部ハッチを開け中に入っていく。亜由美さんが運転席に乗り込むと、しばらくしてウィーンと消毒作業が始まったみたいだ。
「さぁ、我々も中に入りましょう。温泉で温まった身体が冷えてしまいますよ」
伊織さんの呼びかけで、続々と中に入る面々。
夏美さんだけ、しばらく名残惜しそうにキャラバンを見守ると、やがて踵を返し旅館の中に戻っていった。
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