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10-04 技術提携

 翌朝。


「あーっ!」


 女将さんたちに朝食の後片付けをしてもらい、部屋でだらだら過ごしていると、テレビを見てたリーラちゃんが大きな声を上げた。


「見て見て!」

「大声出して何よもう……って、ええっ!?」


 テレビのニュース速報には、記者会見会場らしきホテルで二人のお爺ちゃんが握手を交わし、フラッシュの光に笑顔を向けていた。

一人は和服姿の久右衛門さん。でもう一人が、知らない外国人のおじさんだ。

 画面上のテロップには『葉室財閥、核のゴミ問題解決に着手。ISCと技術提携』と書かれており、男性アナウンサーが上ずった声で原稿を読み上げている。


『昨夜、日本有数の財閥系企業グループ――葉室財閥と、ISC――国際学術会議との間で、技術提携を目的とした基本契約が締結されました。これにより葉室重工が立ち上げた『核のゴミ無害化プロジェクト』に、多分野に渡る国際化学組織からなる非営利団体・ISCが、正式に参画する事になりました』


 そう言えば……錬金金貨クリソピアコインの研究をする事で、核のゴミ問題を解決できるかもって話、あったっけ。その研究が、少し前進しますよって話なのかな?

 こっちはやれ万能薬だーアマルガムだーで、そんなの全然気にしてなかったけど。


『非営利を掲げるISCが、一営利企業である葉室重工と技術提携した背景には、複数の米大手エネルギー会社が同プロジェクトに参画・出資した事が挙げられます。プロジェクトが成功した暁には日本の葉室重工だけでなく、多くの米国エネルギー関連会社が、本技術を用いた原子力発電を開発する事が可能となります』


「んんー……? つまりどゆこと?」


 なんのこっちゃ分からない。とりあえず、難しい顔でテレビに釘付けになってる伊織さんに訊いてみる。

 伊織さんは腕組みしながら、ぼそっと呟いた。


「これは……昨日の米軍ヘリ墜落事件が、関係してるのかもしれませんね」

「そうなの!?」

「非営利組織のISCが、営利組織である葉室重工に技術者を派遣し、更に同プロジェクトに米大手エネルギー会社が出資した……。技術力も資金力も潤沢にある葉室財閥にとって、メリットの少ない話です。人類史上類を見ない価値ある技術を、みすみす非営利組織の技術者や米国の同業者に、教えてあげるようなものですから」

「ヘリ墜落させちゃったから、これで勘弁してねー的な?」

「いえ……米軍ヘリの出動は、軍内部のアマルガム支援者が命令したはずです。正規の出動ではないので、恨みこそ買えど補填しろなんて話にならないではずです。でも……いや、まさか……」


 口淀む伊織さんに代わって、正座でお茶を飲んでたみひろが口を開く。


「葉室財閥とアマルガムが、再び手を組んだのかもしれません」


 え……えーっ! そんなんアリなのっ!?


「さすがはみひろ様。八雲さまも、その見立てで間違いないと仰っています」


 さっきまでいなかった亜由美さんが、私の隣で正座してみひろを褒め称えた。

 うわっ、びっくりした。どっから湧いて出たのこの人!


「あら、おはようございます亜由美さん。八雲さんは?」

「おはようございます。八雲さまは本日、車両内の無菌室で過ごされます。とはいえ私のマイクで皆さまのお声は届いてますし、昨日同様私が、八雲さまの代弁を務めさせて頂きます故、遠慮なくご質問なさって下さい」


 誇らしげに胸を張り、たわわな膨らみに留まる蝶のブローチを掲げる亜由美さん。


「八雲さんは、調子が悪くなってしまったのでしょうか?」

「いえ、特には。昨日は外に出過ぎていたため、本日は様子見のためそうしたまでです。必要あればいつでも駆け付けますと、八雲さまも仰っています」

「いえいえそんな。ここは無理せず、健康第一でいきましょう」

「ありがとうございます」


 無菌ヘルメットを付けた状態でも、長く外に出てれば体調を崩してしまうかもしれない。

 やっぱり八雲さんが、一番万能薬を必要としてる人だなと、改めて思う。


「それはともかく、八雲さまは仰っています。『このISC代表の男は、レヤ・ダディ。以前コイン探索班の調査で、アマルガム支援者であると確定した人物です。従って今回の技術提携は、アマルガムと葉室財閥が和解したひとつの成果と言えるでしょう。今後は両者が結束し、コインと万能薬を奪いに来ます。この温泉宿が見つかるのも時間の問題。私たちは、非常に不利な状況に追いやられてしまったようです』との事です」


 みひろ以外のみんなが、声を失ってしまう。

 今まで敵味方に分かれて戦ってきた二つの組織が、束になって私たちを襲ってくる……そんなの、絶望以外の何物でもないじゃない!


「それで……昨夜のお祖父さまとの電話会議は、いかがでした?」

「『残念だが、話し合いはまったくもって意味をなさなかった。お祖父さまは、コレクタと共に帰ってこなければ勘当するの一点張りで、僕たちの居場所を聞き出そうとしかしてこなかった』との事です」

「そうなると我々が万能薬を手にするためには、アマルガムと本格的に手を組まれる前に、葉室家のお屋敷に乗り込むしかありませんね……」


 みひろの見立てにみんながずーんと沈みこむ中、夏美さんは元気よく手を挙げ、明るい声を響かせる。


「はい! それでも八雲さんが、久右衛門さんと敵対するのはよくないと思います!」

「どうして?」


 私が振り向きざまに訊くと、夏美さんは自信満々胸を張る。


「だって、さすがに親子だよ?」

「正確には祖父と孫ですけど……まぁ純然たる葉室家本家は、彼ら二人しかいませんしね」


 みひろのツッコミに夏美さんは指を差し、「そう、それ!」と乗っかった。


「家族同士でいがみ合うなんて、いい事ないよ。たとえ久右衛門さんが万能薬を使って若返りたいとか思ってたりしても、コレクタの疲労さえ考えなければ何度だって精製できるんだし……一回だけ八雲さんに飲ませてってお願いすれば、許してくれるんじゃない?」


 そういう話は昨日の電話会議でも上がっただろうけど……家族思いの夏美さんらしい、前向きな意見だ。

 亜由美さんが、自らの言葉で話し出す。


「藍海さんから偽の万能薬を受け取った久右衛門さまは、その場ですぐ飲まれました。これは紛れもない事実で、それほどまでに久右衛門さまは、生への渇望を持っていらっしゃる。八雲さまを後継者に立てるフリをして、内心では、自らが不老不死となり後継者問題に終止符を打つつもりだったように思います。つまり久右衛門さまにとって八雲さまは……大事な一粒種から、総帥の座を奪い合う宿敵となってしまったのです」


 そこで、八雲さんが意見したのだろう。亜由美さんは『とりあえず、僕の事は……一旦脇に置くとして』と途切れ途切れ、八雲さんの意見を伝えてくれる。


「『万能薬を飲めば、永遠に不老不死になるとは思えないけど、例えば効果が切れるたび薬を飲み続ければ、それは不老不死とさして変わらない状態になるでしょう。コレクタに頼らず自分達で万能薬を作れるようになるまで、何年何十年と、長期の研究が必要になるはずです。それまでの間、お祖父さまはここにいるコレクタの皆さんの力を使って、万能薬を精製し続けるでしょう。例えそれが、皆さんの命をすり減らす事になったとしても』」


 それは、みんなが一番懸念してた状況だ。

 誰か一人の不死身のために、五人のコレクタがとんでもない消耗を強いられる。

 そんなの人道的に許されるはずもないのに、葉室財閥の総帥ならば許されてしまう。そんな未来が、容易に想像できてしまう。


「八雲さまは仰っています。『僕はお祖父さまに化物になってほしくない。そのためには僕が人間になるしかない。だから皆さんには、改めて協力してほしい』と……」


 そう言って、亜由美さんは頭を下げた。まるで八雲さんが乗り移ったかのように。

 みひろは胸に手を添え、真っ先に応える。


「もちろん私たち全員、八雲さんに万能薬で健康になってもらい、葉室財閥を継いで頂きたいと願っています。ですが現状の戦力では、葉室警備の包囲網を突破し屋敷内に入るのは大変厳しいと思います。ましてそこに、アマルガムが協力してくるとなると……」


 そう。結局そこなのだ。

 ただでさえ強固な葉室警備に加え、アマルガムのジルコやママまで参戦してくるかもしれない。今度は彼らが久右衛門正規軍で、私たちが八雲反乱軍となって、だ。

 無策で敵のホームグラウンドに飛び込んで、勝てるとは思えない。かといってここでじっと機を窺っていたら、いずれ見つかる公算が高い。

 これぞ八方塞がり……一体どうしたらいいのと、思っていたら。


 ガガッ、ガッシャーン!


 外から、交通事故が起きたみたいな、大きな音が聞こえてきた。

 慌てて飛び出すと、玄関前には横倒しになったバイクと、ヘルメットも被ってない痩せぎすのハーフ男――ジルコが、砂利の上で大の字になって寝転がっていた。


* * *


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