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10-06 呉越同舟

「さて。どうして俺がここに来たかだが……さっきも言った通り、藍海と決着を付けるためだ。でもこの状況じゃ、すぐに勝負ってわけにはいかねえのも分かる。まずは今回の騒動に、キッチリ落とし前付けなきゃなんねえ。あんたらも、俺もな」


 ジルコは、両手両足を拘束されたまま器用に起き上がると、みひろを見据えた。


「コイン奪取に失敗続きだった俺と万智子さんは、アマルガムから見放され、ただのコレクタとして扱われてるはずだ。今日本を離れてもどこかでアマルガムに捕まって、万能薬精製のためのコインパーツとして、一生隔離生活を強いられる。無論あんたらもコレクタである以上、葉室財閥から同じような扱いを受けるだろう。コレクタじゃない藍海に至っては、良くて人質悪くて殺処分。それくらい、奴らにとってコインと万能薬の入手は至上命題だ」


 思わずごくっと、生唾を飲み込んでしまう。

 ジルコの言ってる事は、決して誇張なんかじゃない。葉室財閥とアマルガムが手を組めば、表社会で追い詰める事もできれば、裏街道で暗殺もできる。一生終わる事のない、逃亡生活が待っている。


「だったらヤツらの協力体制が固まりきる前に、あんたたちと一緒に葉室久右衛門をぶっ潰すしかない。葉室八雲が財閥総帥になりゃあ、アマルガムとの関係を白紙に戻してくれんだろ?」

「八雲さんは健康問題を抱えています。なので私たちの目的は、五枚のコインとコレクタを確保し、八雲さんのために万能薬を精製、健康になった彼に葉室財閥を継いでもらう事です。それでも、ジルコさんは協力してもらえますか?」


 みひろの念押しに、ジルコは即座に頷いた。


「いいぜ。ただし、全てのカタが付いたら俺と藍海で勝負させろ。ついでにあんたの聖庇アジールも、俺に教えると約束しろ」

「分かりました」


 ちょっ……ちょっと待ってよ! それって、ジルコが私たちの味方になるって事!?

 私は慌てて、みひろに飛びついた。


「ちょっとみひろ! こんなヤツの言う事信じちゃっていいの!? 後ろからざっくり、刺されちゃうかもしれないんだよ!?」


 みひろは大きな紫目を瞬かせると、笑顔になる。


「どのみち、今のままでは戦力差がありすぎます。ジルコさんの目的が藍海との決着なら、少なくともその勝負が始まるまで、彼は藍海を守り裏切る事はないでしょう。それにほら、よく言うじゃないですか。バカとハサミは使いようって」

「それ、本人の前で言うんじゃーねーよ」


 ツッコミを入れるジルコを、私は遠慮なく睨みつける。

 確かにジルコが仲間なら、頼もしいのは分かる。分かるけども!


「そもそもコイツ、お祖母ちゃんを殺した張本人だよ!? 私だって、いつ後ろから刺されるか分からない!」

「ババアについては……すまなかった。まさか本当に死ぬとは思わなかったんだ」


 身体中の血液が、煮えたぎっていく。私は振り向きざま、ジルコの頬を思いっきり張った。

 ぱぁんと大きな音が部屋に響くと、その場にいる全員が凍り付く。


「ふざけないでよ! あんなに血塗ちまみれになるまで斬り刻んでおいて、よくもそんな事言えたわね!」

「確かに、ババアの右手は再起不能にするつもりで切り刻んだ……だがしょせん、爪斬りネイルカッターの斬撃だ。お前も分かるだろ。爪の刃渡りじゃ、健や筋をいくら切ったところで大した出血にはならない。太い血管さえ、切らなきゃな」

「その血管を切ったから、お祖母ちゃんは出血多量で死んだんでしょう!?」

「ああ。だがあの時は俺も必死だった。いつの間にか切っちまってても不思議じゃない」

「ほらっ! やっぱりあんたが、お祖母ちゃんを殺したんじゃない!」

「だがよ……あのババア相手に手加減なんかしたら、逆にこっちが殺されちまう。それはババアだってよくわかってたはずだ。なのにああやって、俺に勝負を挑んできた。そうまでして俺のコインを奪いたかったんだろう……孫娘を、これ以上危険な目に合わせないために」


 頭では、分かってる。 お祖母ちゃんとジルコが、因縁浅からぬ関係だって事も知ってる。

 その二人が刃物を持って戦ったんだから、こういう結末も覚悟の上だったんだろうって。

 でも実際に死んじゃったら、頭で分かってても心が納得しない。

 だからといって今すぐこの場でジルコの喉笛を、掻っ切ってやりたいわけでもない。

 同じスリだって言うのに……覚悟の決まった二人に比べ、いつまでも中途半端なままの自分。

 だから私は苛立って、子供みたいに責め立てる事しかないできない……。


「藍海さん」


 振り返ると、亜由美さんが「これは八雲さまが仰っている事ですが」と前置きし、話し始める。


「あの日……有海春子さんが病院に担ぎこまれた時、まだ生きていらっしゃいました。その後死亡したのですから、その男に責任がないとは言いきれません。ただ、八雲さまはみひろ様が言及なさったもう一つの可能性について、今も調査を進めています」

「もう一つの……可能性?」


 みひろは、私から目線を逸らす。

 なに? どういう事? 

 もしかしてみひろ……私に内緒でお祖母ちゃんの事、何か調べてたの?


「それは、有海春子さんが葉室財閥系の病院内で殺された可能性について、です」

「病院で、殺された!? 誰に?」

「それは――」


 亜由美さんが言い淀むも、代わりにみひろが答えた。


「私の、お祖父さまです」


 え……? はぁ? ええっ!?


「ちょっと待ってよ! ママの話だと久右衛門さんって昔、お祖母ちゃんと付き合ってたんだよね? なんで久右衛門さんが、お祖母ちゃんを殺す事になっちゃうのよ!?」

「あの日病院でおばあ様の執刀を担当したのは、普段は本家でお祖父さまのかかりつけ医をしている、優秀なお医者様です」

「その人が……久右衛門さんに命令されて、お祖母ちゃんを殺したっていうの? なんのために?」

「分かりません。ただ、運び込まれた病院には、他に何名も経験豊富なお医者様がいらっしゃいました。なぜそこに、お祖父さまのかかりつけ医が派遣されたのか。なぜ彼が到着するまで、延命処置はされても手術は先延ばしされたのか……調べた限り、お祖父さまがそう取り計らったとしか思えませんでした」


 私が病院に駆け付けた時にはもう、お祖母ちゃんは病院地下の霊安室で白い布を顔にかけ、眠っていた。

 死に化粧を施されたお祖母ちゃんは本当に……死んでるなんて信じられないほど、安らかな寝顔だった。


「久右衛門さん本人には、その理由を聞かなかったの?」

「はい。その時はお祖父さまとお婆さまの間に、そんな深い関係があったなんて知りませんでしたから……。確実に助けるために、少しでも腕のいいお医者様を現場に向かわせた、くらいにしか思っていませんでした」


 実際、その派遣された医師が故意にお祖母ちゃんを死なせたかなんて、調べようがないはずだ。

 でも本当にそんな事が行われてたとするなら……それを命令できるのは久右衛門さんしかいない。


「また……病院に到着した際、延命処置をした看護師の証言によると、死因が出血多量なのはおかしいと言っていました」

「え?」

「ジルコさんに腕を切り刻まれたおばあ様は、確かに出血多量な状態にありました。そのため救急車内で、止血と輸血が行われています。失血死してない状態で病院に着いたのであれば、それ以上の出血はしないはずです……」


 私は頭を抱えこむ……まさか。でも、どうして?


「直接聞くしか、ねーんじゃねーの?」


 やさぐれ声に顔を上げると、ジルコは拘束されたまま、器用に胡坐をかいて座っていた。


「葉室久右衛門が、全ての答えを知っている。ババアの死も、万能薬の使い途も、藍海とみひろの行く末もだ。取っ捕まえて吐かせない限り、真実は明らかにならない」

「私も、お祖父さまの目的を知りたいです。たとえそれがどんなものであろうとも、私は藍海の味方でいる事を約束します。だから藍海、一緒に戦ってもらえませんか?」


 推理令嬢と、スリ先輩。

 思えばみひろも、最初は敵対していた。それが今や、親友と言える存在になっている。

 ジルコがそうなるとは思えない……でも、少なくともコイツの実力は認めざるを得ない


「お忘れですか? 藍海さん」


 後ろで私たちの様子を見守っていた伊織さんが、声をかけてくれる。


「我々は回収班。コインの謎がそこにあるなら、回収しに行かねばなりません」


 続けてリーラちゃんが声を上げる。


「私だって! ママの事とか依子おばさんの事とか、お祖父ちゃんに洗いざらい吐いてもらいたい事いっぱいある! このままじゃ、やっぱり納得いかないよ!」


 ミセリさんも、腕組みしながら賛同する。


「私も、早く決着を付けてプロレス巡業に戻らなければなりません。そのためには久右衛門さんじゃなく、八雲さんに後継者になってもらわなきゃならない。お手伝いしますよ」

「リーラちゃん……ミセリさんも」


 涙が出てきそうになるのを我慢してると、亜由美さんが居住まいを正す。


「では皆さま、善は急げです。今夜どうやって葉室警備の包囲網を抜け、屋敷に忍び込むか……いいアイディアがある方は手を挙げて下さい」


 そんな事言われても、そんなアイディアがあればとっくに話してるわけで。

 頭のいいみひろすら黙ったままなのに、私たちにいい案なんて思い浮かぶはずもない。

 と思っていたら隣でカチャカチャと、手錠が鳴る音がする。


「そろそろこの拘束、解いてくれてもいいんじゃねーか?」

「えー、なんでさ」

「これじゃあ手、挙げらんねーからだよ」


* * *


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