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10-08 潜入

 闇夜にライトアップされ浮かび上がる、葉室本家の豪華なお屋敷。その正門では、深夜だというのに多くの警備員が詰所にひっきりなしに出入りし、パトロールに勤しんでいる。

 そりゃそうよね……昨日葉室警備は、ジルコ脱走という大失態を犯してる。このままじゃ警備業界トップの威信にかかわると、超厳戒態勢を敷いている。もちろん、素人泥棒が入り込める隙などあるわけもない。


「三、二、一……」


 私の隣では、暗闇の中腕時計の青白い光でこけた頬を照らし、カウントダウンを進めるジルコがいる。

 その横顔は興奮と愉悦に満ちていて、最低最悪なテロリストのそれ。それくらい覚悟が決まった人間じゃないと、この厳戒態勢に平常心で立ち向かえるわけもない。


「ゼロッ!」


 ちょうど二十時を数えると、屋敷を下から照らし出していたライトがふっと消えた。

 続けざま、中庭を踊ってた丸いライトも、警備員が常駐する詰所の明かりも、何もかもが夜の闇に包まれる。

 さすが……ジルコが信頼するスーパーハッカー。葉室警備のシステムにリモートで侵入し、彼らのネットワークを一時的とはいえ完全に乗っ取ったようだ。

 ここからシステムが復旧するまでの十数分間で、屋敷に侵入できれば第一関門クリア。あとは八雲派の使用人の協力を得て、久右衛門さんの私室になだれ込むまで。

 細工は流々仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろって事よ!


「行きますっ!」


 伊織さんの運転するハイエースバンがライトも付けず急発進すると、固く閉まった門扉の前で横ドリフトをかます。テールをゲートレールにぶつけて横向きに停車すると、ジルコがサンルーフの窓から手りゅう弾をぽいぽいと、門の中に投げ入れた。

 懐中電灯持って集まって来た警備員の前で爆発が起きると、パニックを起こし大慌てで退避していく。爆破が収まると、門のロックを担っていた支柱が見事に大破していた。

 助手席から降りたミセリさんが、その怪力でスライド式の門をどんどん横に追いやると、ハイエースバンの後部ハッチが開き、エンジン音がこだまする。


「気を付けて、夏美さん!」

「まかせてっ! いってきまーすっ!」


 夏美さんの操るレーシングバイク、ホンダNSF250Rが勢いよく飛び出したかと思うと、その後を追うように、亜由美さんの運転するキャラバンが門をすり抜ける。


「いくぞ藍海!」

「だから! 慣れ慣れしく呼び捨てにしないで!」


 私とジルコ、ミセリさんは、残った警備員の無力化が仕事だ。車の後部ハッチから三人次々に飛び降りると、目についた警備員の武装をスッて斬って投げ飛ばす。その間に、伊織さんがハイエースバンを取り回し、正面突破の態勢を取った。

 とにかく今は、葉室警備を車に近づけさせない事が肝要。サンルーフから上半身だけ飛び出たリーラちゃんも、手りゅう弾を投げて周辺の車両を爆発炎上させている。


「オッケーです! 皆さん乗って下さい!」


 後方からみひろの声が聞こえると、私、ジルコ、ミセリさん、サンルーフのリーラちゃんも、車の中に退避する。


「このまま一気に乗り込みます!」


 伊織さんの掛け声と共にハイエースバンは急加速。警備員が手動で閉めるゲートの隙間に入り込み、ギリギリ屋敷内部に侵入した。

 先に入った夏美さんから、インカム経由で報告が入る。


『予定通り、執事さんと合流できたよ。お屋敷裏手の厨房勝手口にいる!』

「了解です。そちらに向かいます!」


 広い中庭を突っ切って厨房裏手に回り込むと、ヘルメット八雲さんと亜由美さんが、扉の中に入って行くところが見えた。ジルコは後部ハッチを開け、残りの手りゅう弾を全部後方に落とす。後ろから追い駆けてきた葉室警備の車両は、爆風で横倒しになった。


「ちょっとジルコ! いくらなんでもやりすぎじゃない?」

「余らしといても、敵に使われちまうだけだからな、こういう時は一発残して全弾使い切るが、テロリストの常套手段だ」

「うっわー、引くわ」


 呆れるリーラちゃんの手を取って、一緒に車を降りる。ジルコ、ミセリさん、伊織さんも後ろから突いてくる。

 勝手口で待ってた老執事やシェフにせかされながら厨房内に入ると、扉は固く閉ざされた。

 外では使用人数人が、葉室警備の人と押し問答してる声が聞こえてくる。基本、警備員は屋敷内に入れない。ここまでくれば一応は安全圏という事になる。


「手筈通り、亜由美さんには使用人の取りまとめをお願いします。残りは全員で、お祖父さまの私室に参りましょう!」


 みひろの掛け声と共に、私たちは広い廊下を別々の方向へ走っていった。


 広い屋敷の中は驚くほど人気がなく、しーんと静まり返っていた。

 夜遅い時間なので当直以外の使用人がいないのは当然だけど……中庭の喧噪と屋敷内の静寂にギャップがありすぎて、まるで別世界に迷いこんじゃった気がする。

 ううん。これはきっと、気のせいなんかじゃない。

 葉室財閥には一般人には理解しがたい、ある意味別世界の論理が存在する。

 その論理でしか物事を語らない久右衛門さんと、折り合う事はできるのだろうか……。


「こちらです、急ぎましょう」


 屋敷に詳しい伊織さんとみひろが、案内役を買って出る。その後を私、夏美さん、ミセリさん、リーラちゃん、ジルコの順に続く。

 屋敷内はどこもかしこも人っ子一人おらず、拍子抜けするほどあっさり、久右衛門さんの私室に辿り着いた。


「ちょっと待て」


 扉をノックしようとしたみひろを止めて、ジルコが扉に耳を当てた。一旦身体を離すと二本の針金を鍵穴に差し、慣れた手つきでピッキング。ものの数秒でロックを解除する。


「うぉおおらあっ!」


 気合の掛け声と共に扉を開け放つと、転がりながら入り銃を構えるジルコ。後に続く私たちも部屋になだれ込む。

 三十畳はある広い部屋には、左右にソファーセットがひとつずつ。それぞれに二人、三人と分かれて、ガタイのよいスーツ姿の男たちが座っていた。彼らは突然の闖入者に驚くも素早く立ち上がり、部屋の最奥――壁一面のブックシェルフの前に座る主人・久右衛門さんを守護するように立ち塞がった。

 この男たちが、みひろの言ってた氏立警護官プライベートボディガード――PBで間違いないだろう。

 近衛隊率いる久右衛門さんは、大きなデスクに両肘を付き顎を乗せ、驚く事なく笑みを浮かべている。

 まるで私たちが入ってくるのが、事前に分かっていたかのような――っ!?


 ギィ……バタン。


 背後で物音がして振り返ると、今入って来た扉が自動で閉まり、カチャンと小気味良くロックがかかった。

 ヤバ……これって私たち、罠に嵌められたって事?


* * *

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