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10-09 敗走

 久右衛門さんは座ったまま、両手を広げて歓迎の意を表す。


「よく来てくれた……と言いたいところだが、まずはその物騒なモノをしまってくれんかのう? 怖くてかなわんわ」


 セリフとは裏腹に、久右衛門さんは落ち着き払ってるように見える。

 いつジルコが発砲しても、五人の氏立警護官――PBが身を挺して自分を守ってくれる。そんな自信が窺える。

 それに……私には分かる。彼らは全員、背広や腰に銃を隠し持っている。それでも誰一人銃を抜かないのは、私たちを殺す気がないって事。蒐集家コレクタは、五人いなくちゃ万能薬が作れない。これなら交渉の余地もある。


「……ジルコ」

「ちっ」


 ジルコも状況は把握している。舌打ちはしたものの、中腰のまま銃を懐にしまい立ち上がった。


「お騒がせしました、お祖父さま。中庭では葉室警備の手荒な歓迎を受けましたので、私たちも少々過敏に反応させてもらっています。どうぞご容赦下さい」


 みひろはジルコを庇うようにすっと前に出ると、柔和な声で久右衛門さんに話し掛けた。


「ふっ……まぁよい。中庭では、随分大胆な事をしでかしたようじゃな、みひろ」

「少しくらい大胆に行かないと、葉室警備を突破する事はできませんから」

「それで、蒐集家コレクタ引き連れてぞろぞろと、何しに来た?」

「本日はお祖父さまに、お願いがあってやって参りました」

「言ってみろ」

「私を含めここにいる五人のコレクタは、八雲さんに次期葉室財閥総帥になって頂きたいと願っております。そのため八雲さんには万能薬を飲んで頂き、健康なお体になって頂いた上で、お祖父さまから正統後継者である事を内外へお示し頂きたいです」

「ふむ……だが八雲はまだ二十歳はたち。葉室財閥総帥にしては、ちと若すぎる」

「いつの世も若き指導者を陰から支える役は、先代総帥のサポート役だったはずです。八雲さんを不安に思うなら尚の事、万全のサポート体制をご準備頂ければ問題ないかと存じます」

「老害は隠居し、葉室財閥総帥の座と万能薬を孫に譲れと……そう言いたいのじゃな」

「はい」

「くだらない」


 久右衛門さんは、話にならんとばかり吐き捨てた。

 このやりとりは、みひろのブローチに仕込んだ小型マイクを通して、八雲さんも聴いている。

 分かっていた事とはいえ、実の祖父に無下にされ……その心中は察するに余りある。


「では聞きますが、お祖父さまは後継者問題についてどうお考えなのでしょう? まさか万能薬を飲み続ける事で、自分が不老不死になるから問題ない……そんな夢物語みたいな事、本気で仰ったりしませんよね?」


 煽りも含んだ問いかけに、久右衛門さんは大真面目な顔で答える。


「その夢物語みたいな効果を、その身をもって実証したのはみひろ――他でもないお前だろう」

「それは……」

「万能薬の効力を今更議論する気はない。いずれ八雲にも飲ませてやるつもりだ。だが物事には順番がある。特にみひろ、お前は一番初めに万能薬を飲んだ。横入りにもほどがある」

「お祖父さまは、万能薬を飲むべき人間とその順番を、既に決めていらっしゃるのですか?」

「そうだ。そのリストにはみひろ、お前も入っておる。最初に飲むのは想定外じゃったが、あの怪我だったし……何よりお前は若く美しい。優先順位を繰り上げても致し方なしと、今では納得しておる」

「その……お祖父さまが決めた順番通り、万能薬を飲まなければならない――その意図が、よく分からないのですが?」

「それを理解させるためにも、まずはこれが必要じゃ」


 久右衛門さんは椅子に座ったまま屈むと、一番下の引き出しから小振りなジェラルミンケースを取り出した。

 合計五つ、机の上に並べていく。


「それは……?」

「ふむ……お前の<万物を見通す目プロビデンスアイは、分厚い遮蔽物を透視できないのだったな」

「はい」

「他にも、音で状況を把握する<タスクシュトック>、匂いで感情を嗅ぎとる<ガンダルヴァ>、舐めた相手の能力をコピーする<バッカナール>、そして、指先に金の爪を精製する<ミダスタッチ>……」


 久右衛門さんは眉間に皺寄せながら、コレクタのみんなを見回していった。


「まったく。どれもこれも偽造天賦コインドというのは、実にやっかいな代物じゃ。しかしその特性さえ知っておれば、どうという事はない」


 久右衛門さんを守ってたPBが机に集まると、それぞれジェラルミンケースの蓋を開ける。ジルコは再び銃を抜き、大声で叫んだ。


「動くなっ! そのケースから離れろ!」


 PBは一瞬ジルコに振り返るも、警告を無視。ケースの中に入ってたマスクのようなものを取り出し、口元に装着する。

 ジルコは迷わず発砲した。弾丸がPB一人の背中に命中するも、中に防弾チョッキでも着てるのか、構わずマスクを着ける。

 PB五人と久右衛門さんは、おそろいのマスクを着けて振り返った。

 その異様な姿は、古い戦争映画とかで何度か見た事ある……口部分に小さな酸素ボンベが飛び出した――ガスマスク!?


「いかにコレクタとはいえ、呼吸せんわけにはいかんからの」

「しまっ……!」


 伊織さんが口走ると同時に、部屋の四方八方からプシューッと白い煙が噴出される!

 私はロックのかかったドアノブをガチャガチャするも、当然の如く開かない。鍵穴周辺を金爪で斬りつけるも……ダメだ。刃渡りの小さい爪の刃じゃ、鍵穴表面は削れても、ロック機構を真っ二つってわけにはいかない!

 そうこうしてるうち、ガスマスク装備のPB五人が肉弾戦を仕掛けてくる。私、伊織さん、ミセリさん、ジルコが前に出て応戦する。


「皆さん、煙を吸い込まないようにして下さい!」


 伊織さんが叫ぶも、それは無茶な相談だ。

 煙の噴出口は壁や天井にいくつも設置されていて、閉じ込められた部屋の中、充満する煙から逃れる術はない。

 片手で口元を覆っても、殴りかかってくるPB相手に腕一本じゃ、防ぎきれない!

 白いモヤの中、煙を吸い込みながら戦ってると、突然脳を揺さぶられるような激しい睡魔に襲われる。歯を食いしばって耐えるものの、そんな状態でPBの猛攻を受けきれるはずもなく。強烈なボディをまともに喰らい、うずくまる。

 すぐ近くでどしんと大きな音がし首を向けると、ミセリさんが倒れていた。続いて、部屋の隅でみひろを守りながら戦っていた伊織さんが、PBの回し蹴りをまともに喰らいきりもみ回転。こっちまで飛ばされてきた。

 まともに戦えてるのは、早々にガスマスクを奪ったジルコのみ。部屋の隅では腰砕けになったみひろ、夏美さん、リーラちゃんの三人が、PB二人に捕まりかけている!


「やめて……くださーいっ!」


 その時、みひろが最後の力を振り絞り、聖庇アジールを発動した。

 私の前のPBも、ピタリと動きを止める。その隙に右手を飛ばし、ジルコに倣ってガスマスクをかっぱらった。素早く顎に装着しPBを蹴っとばすも、時既に遅し。みひろ、夏美さん、リーラちゃんはぐったりと横たわり、アジールの呪縛が解けたPB二人に抱え上げられていた。


「いったん撤退するぞ、藍海!」


 ジルコは上着のポケットから最後の手りゅう弾を取り出すと、扉に向かって投げつけた。耳をつんざく爆発音で、眠気と扉が吹っ飛んでいく。


「みひろっ!」


 みひろたちの元に駆け付けようとするも、後ろ手をジルコに掴まれた。


「今は逃げるぞ! あいつらはコレクタだ、殺されたりしない!」

「でっ……でも!」

「み……みひろさま……」


 さっきの爆発で、伊織さんも目を覚ましたようだ。せめて伊織さんだけでもと起こしにかかると、ジルコが素早く背負って部屋を飛び出した。私も急いでその後を追っていく。

 廊下を駆けて逃げてると、後ろから追手の怒号が聞こえてくる。ジルコは振り返りざま拳銃をぶっぱなす。

 PBの足止めをしつつ、逃げていくと――、


「こちらです、早く!」


 廊下の角を曲がったところで、部屋の扉から顔を出し、手招きしてる亜由美さんが見えた。

 私とジルコは滑り込むように部屋に入ると、亜由美さんは素早く扉を閉める。扉の前を駆け抜ける足音が遠ざかると、ガスマスクを外し人心地ついた。


「皆さん、よくぞご無事で」

「はぁはぁ……なんとか。でも、みひろたちが……」

「ううっ……すみません。屋敷に詳しい私が、不甲斐ないばかりに」

「自室に催眠ガス撒くなんざ、誰だって予想できねーよ」


 背中で謝る伊織さんをゆっくり降ろすと、ジルコも壁を背にして座り込む。


「とにかく、捕まった四人は全員コレクタだ。万能薬精製に必要な人間は殺されたりしない」


 だからジルコ……伊織さんをおぶって逃げてくれたのね。

 まぁ、その隣で寝てた女子プロレスラー背負うくらいならって、だけかもしれないけど。


「とにかくまずは八雲様と合流しましょう。付いてきて下さい」


 亜由美さんは扉を開け廊下の左右を確認すると、足早に歩いていく。

 私たちは互いに頷き合うと、彼女の後を付いていった。


* * *


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