久右衛門さんは座ったまま、両手を広げて歓迎の意を表す。
「よく来てくれた……と言いたいところだが、まずはその物騒なモノをしまってくれんかのう? 怖くてかなわんわ」
セリフとは裏腹に、久右衛門さんは落ち着き払ってるように見える。
いつジルコが発砲しても、五人の氏立警護官――PBが身を挺して自分を守ってくれる。そんな自信が窺える。
それに……私には分かる。彼らは全員、背広や腰に銃を隠し持っている。それでも誰一人銃を抜かないのは、私たちを殺す気がないって事。
「……ジルコ」
「ちっ」
ジルコも状況は把握している。舌打ちはしたものの、中腰のまま銃を懐にしまい立ち上がった。
「お騒がせしました、お祖父さま。中庭では葉室警備の手荒な歓迎を受けましたので、私たちも少々過敏に反応させてもらっています。どうぞご容赦下さい」
みひろはジルコを庇うようにすっと前に出ると、柔和な声で久右衛門さんに話し掛けた。
「ふっ……まぁよい。中庭では、随分大胆な事をしでかしたようじゃな、みひろ」
「少しくらい大胆に行かないと、葉室警備を突破する事はできませんから」
「それで、
「本日はお祖父さまに、お願いがあってやって参りました」
「言ってみろ」
「私を含めここにいる五人のコレクタは、八雲さんに次期葉室財閥総帥になって頂きたいと願っております。そのため八雲さんには万能薬を飲んで頂き、健康なお体になって頂いた上で、お祖父さまから正統後継者である事を内外へお示し頂きたいです」
「ふむ……だが八雲はまだ
「いつの世も若き指導者を陰から支える役は、先代総帥のサポート役だったはずです。八雲さんを不安に思うなら尚の事、万全のサポート体制をご準備頂ければ問題ないかと存じます」
「老害は隠居し、葉室財閥総帥の座と万能薬を孫に譲れと……そう言いたいのじゃな」
「はい」
「くだらない」
久右衛門さんは、話にならんとばかり吐き捨てた。
このやりとりは、みひろのブローチに仕込んだ小型マイクを通して、八雲さんも聴いている。
分かっていた事とはいえ、実の祖父に無下にされ……その心中は察するに余りある。
「では聞きますが、お祖父さまは後継者問題についてどうお考えなのでしょう? まさか万能薬を飲み続ける事で、自分が不老不死になるから問題ない……そんな夢物語みたいな事、本気で仰ったりしませんよね?」
煽りも含んだ問いかけに、久右衛門さんは大真面目な顔で答える。
「その夢物語みたいな効果を、その身をもって実証したのはみひろ――他でもないお前だろう」
「それは……」
「万能薬の効力を今更議論する気はない。いずれ八雲にも飲ませてやるつもりだ。だが物事には順番がある。特にみひろ、お前は一番初めに万能薬を飲んだ。横入りにもほどがある」
「お祖父さまは、万能薬を飲むべき人間とその順番を、既に決めていらっしゃるのですか?」
「そうだ。そのリストにはみひろ、お前も入っておる。最初に飲むのは想定外じゃったが、あの怪我だったし……何よりお前は若く美しい。優先順位を繰り上げても致し方なしと、今では納得しておる」
「その……お祖父さまが決めた順番通り、万能薬を飲まなければならない――その意図が、よく分からないのですが?」
「それを理解させるためにも、まずはこれが必要じゃ」
久右衛門さんは椅子に座ったまま屈むと、一番下の引き出しから小振りなジェラルミンケースを取り出した。
合計五つ、机の上に並べていく。
「それは……?」
「ふむ……お前の<
「はい」
「他にも、音で状況を把握する<タスクシュトック>、匂いで感情を嗅ぎとる<ガンダルヴァ>、舐めた相手の能力をコピーする<バッカナール>、そして、指先に金の爪を精製する<ミダスタッチ>……」
久右衛門さんは眉間に皺寄せながら、コレクタのみんなを見回していった。
「まったく。どれもこれも
久右衛門さんを守ってたPBが机に集まると、それぞれジェラルミンケースの蓋を開ける。ジルコは再び銃を抜き、大声で叫んだ。
「動くなっ! そのケースから離れろ!」
PBは一瞬ジルコに振り返るも、警告を無視。ケースの中に入ってたマスクのようなものを取り出し、口元に装着する。
ジルコは迷わず発砲した。弾丸がPB一人の背中に命中するも、中に防弾チョッキでも着てるのか、構わずマスクを着ける。
PB五人と久右衛門さんは、おそろいのマスクを着けて振り返った。
その異様な姿は、古い戦争映画とかで何度か見た事ある……口部分に小さな酸素ボンベが飛び出した――ガスマスク!?
「いかにコレクタとはいえ、呼吸せんわけにはいかんからの」
「しまっ……!」
伊織さんが口走ると同時に、部屋の四方八方からプシューッと白い煙が噴出される!
私はロックのかかったドアノブをガチャガチャするも、当然の如く開かない。鍵穴周辺を金爪で斬りつけるも……ダメだ。刃渡りの小さい爪の刃じゃ、鍵穴表面は削れても、ロック機構を真っ二つってわけにはいかない!
そうこうしてるうち、ガスマスク装備のPB五人が肉弾戦を仕掛けてくる。私、伊織さん、ミセリさん、ジルコが前に出て応戦する。
「皆さん、煙を吸い込まないようにして下さい!」
伊織さんが叫ぶも、それは無茶な相談だ。
煙の噴出口は壁や天井にいくつも設置されていて、閉じ込められた部屋の中、充満する煙から逃れる術はない。
片手で口元を覆っても、殴りかかってくるPB相手に腕一本じゃ、防ぎきれない!
白いモヤの中、煙を吸い込みながら戦ってると、突然脳を揺さぶられるような激しい睡魔に襲われる。歯を食いしばって耐えるものの、そんな状態でPBの猛攻を受けきれるはずもなく。強烈なボディをまともに喰らい、うずくまる。
すぐ近くでどしんと大きな音がし首を向けると、ミセリさんが倒れていた。続いて、部屋の隅でみひろを守りながら戦っていた伊織さんが、PBの回し蹴りをまともに喰らいきりもみ回転。こっちまで飛ばされてきた。
まともに戦えてるのは、早々にガスマスクを奪ったジルコのみ。部屋の隅では腰砕けになったみひろ、夏美さん、リーラちゃんの三人が、PB二人に捕まりかけている!
「やめて……くださーいっ!」
その時、みひろが最後の力を振り絞り、
私の前のPBも、ピタリと動きを止める。その隙に右手を飛ばし、ジルコに倣ってガスマスクをかっぱらった。素早く顎に装着しPBを蹴っとばすも、時既に遅し。みひろ、夏美さん、リーラちゃんはぐったりと横たわり、アジールの呪縛が解けたPB二人に抱え上げられていた。
「いったん撤退するぞ、藍海!」
ジルコは上着のポケットから最後の手りゅう弾を取り出すと、扉に向かって投げつけた。耳をつんざく爆発音で、眠気と扉が吹っ飛んでいく。
「みひろっ!」
みひろたちの元に駆け付けようとするも、後ろ手をジルコに掴まれた。
「今は逃げるぞ! あいつらはコレクタだ、殺されたりしない!」
「でっ……でも!」
「み……みひろさま……」
さっきの爆発で、伊織さんも目を覚ましたようだ。せめて伊織さんだけでもと起こしにかかると、ジルコが素早く背負って部屋を飛び出した。私も急いでその後を追っていく。
廊下を駆けて逃げてると、後ろから追手の怒号が聞こえてくる。ジルコは振り返りざま拳銃をぶっぱなす。
PBの足止めをしつつ、逃げていくと――、
「こちらです、早く!」
廊下の角を曲がったところで、部屋の扉から顔を出し、手招きしてる亜由美さんが見えた。
私とジルコは滑り込むように部屋に入ると、亜由美さんは素早く扉を閉める。扉の前を駆け抜ける足音が遠ざかると、ガスマスクを外し人心地ついた。
「皆さん、よくぞご無事で」
「はぁはぁ……なんとか。でも、みひろたちが……」
「ううっ……すみません。屋敷に詳しい私が、不甲斐ないばかりに」
「自室に催眠ガス撒くなんざ、誰だって予想できねーよ」
背中で謝る伊織さんをゆっくり降ろすと、ジルコも壁を背にして座り込む。
「とにかく、捕まった四人は全員コレクタだ。万能薬精製に必要な人間は殺されたりしない」
だからジルコ……伊織さんをおぶって逃げてくれたのね。
まぁ、その隣で寝てた女子プロレスラー背負うくらいならって、だけかもしれないけど。
「とにかくまずは八雲様と合流しましょう。付いてきて下さい」
亜由美さんは扉を開け廊下の左右を確認すると、足早に歩いていく。
私たちは互いに頷き合うと、彼女の後を付いていった。
* * *