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10-10 ワンルーム

 亜由美さんに連れていかれたのはいつもの大講堂ではなく、狭い廊下に同じ玄関扉がいくつも立ち並ぶ、使用人居住区だった。

 亜由美さんはそのうちの一つ、玄関扉の中央に可愛らしい手作りパッチワークで『♡AYUMI♡』と書かれた表札の部屋で立ち止まった。


「もしかしてここ……亜由美さんのお部屋ですか?」


 伊織さんに問われると、ポケットから鍵を取り出した亜由美さんは、耳まで真っ赤にして頷いた。


「ええ、あの、もう、ホントに……ここしかなくて。狭くて申し訳ないですが、どうぞ中へお入りください」


 亜由美さんに続いて玄関に入ると、ふんわりアロマの香りがして、靴箱の上にはパステル調のファンシーな小物なんかが飾ってあって。仕事キッチリ性格カッチリな亜由美さんからは想像できないくらい、ガーリーな部屋だった。

 そんな女子部屋ワンルームの中央では、座椅子に座ってノートPCで高速タイピングしてるヘルメット男……私たちが入ってきても、その手が止まる事はなく、黙々と作業を続けている。

 いや、八雲さんだってのは分かってるけど、この女子女子した部屋にそのナリじゃ、どう見ても変質……こほん。


「『今手が離せない状況なので、このままで失礼します。ご無事で何よりです』……との事です」


 ほんのり頬を染めた亜由美さんが、八雲さんの声を代弁する。

 なーんか八雲さん、女子部屋に一人でいる癖に、妙にリラックスしてる感じするなぁ。もしかしてこの部屋……二人の愛の巣だったりする!?

 と邪推するもそんな事、冗談でも口にはできない。

 だって八雲さん、この部屋じゃヘルメットを脱ぐ事も許されないわけで。

 もし二人がそういう関係だったとしても、その……キスとかもできないし。そんなの、かわいそすぎる。


「何してんだい、そりゃあ」


 そんな私の妄想お構いなし。ジルコは我が物顔で部屋に上がると、八雲さんの隣に座って横から画面を覗き込む。

 これだからノンデリは……テロリストがデリカシーあったら、テロなんかやらないか。


「おいおい、こいつぁもしかして、コーディングってやつかい?」


 自慢の息子を紹介する母のように、亜由美さんは八雲さんに両手をかざし、広げた手をひらひらさせる。


「実は八雲さまは、プログラミングにも精通していらっしゃいます。今は、屋敷内の監視カメラ映像を一括でダミーのものにすりかえる、プロンプトを書いて頂いております」

「はえ~、御曹司はハッカー教育までされてるのかよ。やるじゃねえか」


 ジルコは八雲さんの背中をバンバン叩く。

 卒倒しそうな亜由美さんを尻目に、八雲さんはジルコと肩を組み、最後のエンターキーをポーンとはたいた。黒い画面に白い文字が、すごい勢いで下へと流れていく。


「『コマンドは問題なく実行されました。これであなた方の行方は久右衛門さまに分かりません』……って! いい加減八雲さまから離れて下さいっ!」


 Gでも叩かんばかりの勢いで、スリッパでジルコをバシバシ叩く亜由美さん。いいぞ、もっとやれ。


「おおっと! すまんすまん、でも、このメット被ってたら大丈夫なんだろ?」

「絶対というわけではございません!」

「分かった分かった、悪かったよ。それで……これからどうすんだ?」


 八雲さんはスマホを取り出すと、スピーカーモードにして『あ、あー』とマイクテストする。

 おー、そんな事もできるのね。これなら亜由美さんを介さず話ができる。


『現状、お祖父さま陣営にみひろ、夏美さん、リーラちゃん、ミセリさんが捕まってしまいました。ここに独房の有海真知子さんを足すと、ちょうど五名のコレクタが揃った事になります。今頃はお祖父さまの私室で、万能薬精製の準備が進められているでしょう』

「寝てる間に椅子に縛り付けて向き合わせとけば、勝手に万能薬が出来上がるって寸法か」

「だったら今すぐ行って、止めないと!」

『落ち着いてください、藍海さん。今はまだ四人しかコレクタしかいないので、すぐに儀式が始まるわけではありません』


 八雲さんはパソコン画面に表示された、地下独房らしき監視カメラの映像を見せてくれた。


「最後のピースとなる万智子さんは、まだ独房にいます。彼女がお祖父さまの部屋に入ってから、万能薬の儀式が始まります。まだ少しだけ猶予があります」

「しかし……久右衛門さまが場所を変える可能性もあるのでは?」

『たった今使用人全員宛のメールで、お祖父さまの私室周辺が立入禁止に指定されました。万能薬精製のための人払いと見て、間違いないでしょう』


 伊織さんは慌ててスマホを取り出すと、メールを確認する。


「仰る通りです……」

『おまけに――』


 今度はカメラ映像が、久右衛門さんの私室前廊下に切り替わる。

 PB二名が壊れた扉の前に立ち、左右の警戒にあたってる様子が映し出された。

 亜由美さんが、額に汗を浮かばせて呟く。


「PBが守ってるという事は、八雲さまの仰る通り、ここが万能薬精製の舞台と見て間違いないですね」

『これはある意味チャンスです。万能薬精製時に部屋に飛び込む事ができれば、藍海さんかジルコさん、二人のどちらかが万能薬をスリ取れます』

「でもよぉ……今度はヤツら、問答無用で撃ってくると思うぜ。コレクタは五人揃ってる。俺はもちろん、万能薬精製に関係ない藍海や伊織、メイドさん……実の孫のあんただって、殺されても不思議じゃない」


 実際、監視カメラに映る二人のPBは、人目もはばからず銃を手にしている。

 ジルコの言う通り、見かけたら即射殺せよと、命令が下っているのかもしれない。


「あの……」


 伊織さんが、おずおずと手を挙げた。


「私に考えが、あるのですが……」


* * *


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