「そこまでよ藍海! たとえあなたでも、パパ復活の邪魔はさせないわ!」
「マっ、ママ!?」
部屋の入口に現れたのは、メイド服を着た有海万智子――私のママだった。
その後ろには、ヘルメットを被った八雲さんの姿も見える。
『お祖父さま! 万能薬の序列の話……本当ですか?』
首から下げたスマホから、八雲さんの期待に満ちた声が聞こえてくる。
『その序列、僕は何番目になるのでしょう?』
久右衛門さんは僅かに口角を上げ、八雲さんに答える。
「まず、生命維持装置がないと生き永らえない木村依子が序列一位、二位は、同じ状況にある有海翔也に使う。お前はその次、序列三位だ。これなら文句なかろう?」
『はい、ありがとうございます』
「ちょっと待って! それは聞き捨てならないわ!」
ママはメイド服のスカートを両手で摘まみ上げ部屋を突っ切ると、空席のコレクタ椅子座面を踏んづけて、デスクに座る久右衛門さんに迫る。
「私の夫に、一番先に万能薬を飲ませなさい。そうじゃなきゃ、私もジルコも協力しない」
ジルコはお道化るように肩を竦めた。そんなの初めて聞いたよ的なノリで。
「ダメだ。この序列は変えられぬ。依子が先で、次が有海翔也だ。どちらもお前の近親者、姉と夫だろう? 文句はないはずだ」
訝しむように久右衛門さんを見据えると、ママは片眉を跳ね上げた。
「ならその二人を、この場に連れてきて頂戴。万能薬を木村依子に飲ませた後、あなたを拘束し藍海の監視下に置く。その上で、五人でもう一度万能薬を精製し、翔也に飲ませる。これならあなたが何を企んでいようと、邪魔する事はできないからね」
「……いいだろう」
久右衛門さんはひとつ息を吐くと、机の下をまさぐり何かのスイッチを押した。
次の瞬間、背後の壁一面に備え付けられた大型ブックシェルフが大きな音を立て分割、左右にスライドしていく。
「な……なんですか、この仕掛けは」
さすがのみひろも、これは知らなかったようだ。久右衛門さんは何も答えず、ニヤリと笑みを零すだけ。
忍者屋敷もびっくりな大仕掛けの裏には、人が三人ほど並んで歩ける秘密の通路が隠されていた。奥に人影が見えると久右衛門さんは立ち上がり、通路からやってきた人物と握手する。
「すまんな。想定外の事が次々と起きてしまった」
「いえ、問題ありません」
その人は、四十代半ばに見える普通のオジサン。白いマスクに白衣姿で、恰好から察するにお医者さんのようだ。
みひろは面識があったようで、小さく「あっ」と声を漏らすと軽く頭を下げ挨拶する。
「あなたは、お祖父さまのかかりつけ医の……野村先生ですよね?」
「ご無沙汰しております、みひろお嬢様」
「先生も、万能薬について調べていらっしゃったんですか?」
「いや……私はただ、患者さん二人を看てほしいと頼まれただけだ」
野村先生に続いて通路からやってきたのは、女性看護師二人。それぞれタブレット端末に映っていたベッドタイプのストレッチャーを二台、押して入ってくる。
そしてベッドにはパパと、みひろのお母さん・依子さんが眠っている。
ママは二人を確認すると、野村先生に問いかけた。
「依子姉さんは、なぜ寝たきりなんですか? 病名は?」
「詳細は不明です。ですが現在は、心拍も呼吸も微弱ながら安定しています。医学的には睡眠状態と言っても差し支えないのですが……とにかく意識だけが戻らない状態です。その原因となるエックス・ファクターに万能薬が働けば、目覚めるはずですが……」
先生はちらりと久右衛門さんの顔を窺うと、ギロリと睨まれ慌てて口を閉ざした。
野村先生は万能薬の事を知っている……という事は、私たちの事情もある程度分かってるはずだ。
今度は私が、先生に質問する。
「先生、依子さんはいつ頃から、こんな事になってしまったんですか?」
「えーと、いつだったかな……。最近だと思われますが、僕も詳細は知りません」
「そうですか」
歯切れの悪い返答……さっきの久右衛門さんの一睨みは、これ以上余計な事言うなの意味もあったのだろう。これ以上問い質しても、まともな答えは返ってきそうにない。
そうこうしてるうち、気絶してたPB五人が目を覚まし、久右衛門さんの指示に従って動き始めた。
二人が医療用ベッドを守るように前に立ち、三人が久右衛門さんの傍を陣取る。
久右衛門さんは改めて、ママに呼び掛けた。
「もういいだろう、有海万智子。儂は約束を守った。次はお前が、約束を守る番だ」
「分かってるわ。ちゃんと座ってあげるから、私のコインを返して」
「先に座れ。座ったら、コイントスしてやる」
ママは最後の椅子に腰かけると、コレクタみんなの顔を見渡す。
みひろの後ろに立つ私にも、目線が飛んでくる。私は心の中で大きく頷いた。
「万能薬が出来上がったらPBが回収する。ジルコと藍海は、そこを一歩たりとも動くなよ」
私は、みひろの後ろに立ったまま。
ジルコは部屋の隅――伊織さん、亜由美さん、八雲さんを守るように立って、私たちの様子を見守っている。
久右衛門さんは野村先生からジェラルミンケースを受け取ると、中から一枚の金貨を取り出し私たちに見せた。
裏面に描かれたレリーフは、ヤシの葉の予言書<アガスティアナディ>――人の過去を探り、自身の未来を予知できる、ママの
「さぁ、始めよう……偉大なる錬金術師フルカネリの遺産、万能薬の精製を!」
久右衛門さんが金貨を指で弾くと、キィンと甲高い音を立て真っすぐ上に飛び上がる。
そして、自身が認めた
コインが胸の谷間に消えると同時に、ママは首を横に振り、野村先生を見つめた。
「先生は……脳外科がご専門なんですね」
意外そうな顔でママを見た久右衛門さんだったが……いつまで待っても始まらない万能薬精製に、苛立ちの声を上げる。
「なぜだ……なぜ精製が始まらない!」
「当然でしょ」
私はみひろの椅子のロープを、
みひろは目を閉じたまま、すっくと席を立つ。
右手人差し指を意味ありげに立て、開眼したその右目は、吸い込まれるようなパープルアイズ。
私は、右手指先に輝く黄金のコイン<プロビデンスアイ>を天に掲げる。
「私が、みひろのコインをスッたからよ」
* * *