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13-8


 私は生粋の戦士ではない。その甘さが出てしまった。そう思った時には、少年との距離が空いていた。


 今からでもと急ぎ、少年の元に向かって走り出した。



「あああぁぁっ」



 少年の元にたどり着くより先に声が上がった。声を上げたのはカジキではない。苦しんでいそうなその声の主は後ろ側──馬車の方にいた。兵士だ。兵士だけではなく、あの研究員もだ。二人して頭を両手で抱えるようにして押さえている。



──私達じゃなく、ふたりに魔晶術を使った!?



 私が彼に受けた時と違って頭痛を起こしているっぽいけど、こちらには何もない。少なくとも私の方は痛みはない。あの時私が受けた痛みの一つなんだろうか。



──どちらにしてもやめさせないと!



 どういう魔晶術なのかはわからないけど、意識をこちらに向けさせれば止まるはず。今度はもう少し踏み込んで剣を振るう。余裕を持たせないように、思い切り。風を切って剣先は少年の胴体へと向かう。


 剣先が服を掠めたかと思えば、剣が縦に揺れた。振動が伝わってくる。目の前では少年が振り抜こうとした剣に向かって蹴り上げてきているのが見えた。切れ味の鈍いと言われる西洋の剣とはいえ、危険な事を易易としてくる。


 こちらの方がヒヤリとしてしまう。落とさないように両手で握って蹴り飛ばされないように引き寄せた。



「お姉さんはそこまで共鳴力が高くないんだね。共鳴力が高くなくて良かったね?」



 共鳴力。魔石の力を引き出すために必要だけど、それが高い事が仇となる。少し前にカジキが言っていた魔石酔いしたり魔石晶が多い場所では頭痛が起きたり。


 それに今のが関係しているという事のように聞こえる、けど。魔石晶を使って、意図的に引き起こしたという事なのか。



──そんなの、聞いた事がない。

 そもそも、彼の魔石対応タイプは一体……?



 私の知る属性のどれにも当てはまらない気がしてしてくる。今のところ、それらしい力が見当たらない。



「きみ達に用はないんだ」



 今戦っているはずの私を少年はあからさまに視界から外した。



──私達を無視して、王城に入る気?



 そうはさせてなるものかと、少年が向いた先に飛び込む。前に立つと、体を前に出されるのを防ぐためにすぐに剣を振るった。どこら辺に剣先が落ちるかなんて気にせずに、とにかく速度重視だ。


 今、頭痛で苦しんでいるだろう彼らも恐らく集中力さえ途切れさせれば持ち直すはず。



「行かせない」



 少年の進行を邪魔するためだけに振るった剣は、無視はしていても視界には入るし予測も立てられたようで今回は掠りもせずに避けられる。


 でも、彼の正面の確保は完全に出来ている。ただ、また『本気で斬りに来ているわけではない』と分かられると魔晶術に集中されてしまいそうだ。



 だから、若干でも当てる気で休む暇なく剣を振る。視界にチラつかせて妨害するために、顔の近くを通るようにして。



 そうしたら、さすがに少年も集中出来ないようで剣を見て体を逸らしていた。実際に何度も目が合った。その目は感情が何も読み取れなくて、不気味だけど。



 でも、それを繰り返していたら後ろの方は──研究所の人は逃げるくらいはしてくれるはず。さすがに今振り向く事が出来ないので後ろの状況はさっぱりわからない。



「お姉さんは」



 一振り。振り下ろした剣が少年の顔の横を通り過ぎる。



「ぼくの前に現れて、邪魔をするようだけど」



 手に乗る重みが、増しているような気がする。速さも重要な中で何度も振り続けていると、狙いもブレてくる。息もほんの僅か、上がってきた。



「ぼくのを狙っているの?」



 振り下ろし間際。また目が合った。私を見るその目は薄っすらと寒気を呼び起こし、凍りそうになる。



──ぼくのを狙ってる? 自分の物のような口ぶりだったし、各国の国宝である『聖遺物』の話をしているの?



「お姉さんも、帰りたいんだもんね?」



 問いかけているけど、答えなんて求めていない。まるで「わかっているぞ」という言葉が裏に隠れているかのように。何となく、そう思った。


 戻るためには聖遺物が必要である事が確定ではないけど、もし本当に必要なら。彼の言う通り私は聖遺物を手に入れなければならない。



──彼がしているように?



 とにかくこの少年を止めて、帰るための方法を聞き出す。


 それが第一だった。だけど帰りたいのならば、私も同じように盗んでは追われる立場にならなければならないのかもしれない。少なくとも少年は、私が彼から聖遺物を奪おうとしているのだと思っているみたいだった。



「気ィ抜くな!」



 ぼうっとしてしまったらしい。考えていなかった事を急激に突きつけられて、動きが止まっていた。カジキの声で我に返って目の前に焦点を合わせれば、少年が動いているのが目に飛び込んで来る。既に動いているのは足。その足は、お城に向かおうとしているのではなく、私に向かっている。


 防ぐか避けないと、と思うけど。体が追いつかない。そんな超常的な何かによるスピードなんて出る訳がなく。気付いた時が遅かった。


 だけど。不意に、眼前で何かが弾けて、彼の動きは止まった。



「えっ?」

「うわ……何これ?」



 言葉は驚いているというか嫌そうというか、そんな言葉だけどあまり驚いている感じではない。だけど、少年のローブっぽい服には何かがべっとりと付着していた。飛沫が顔にまだ飛んでいる。



──この臭いは……? 何かが焦げたような。火を感じさせる臭いがする。さっきまでしなかったから、恐らく少年の服につけられたそれからしているっぽい。

 その正体はわからないけど、お陰で助かった!



 隙も出来たので剣を構え直すと、少年の目がぎょろりとこっちを向く。少年の懐にいっそ飛び込んでしまって剣を軽く叩きつけようかと思ったその瞬間だった。



「わっ!?」



 突然、少年がこっち側に倒れてきた。

 慌てて前に出かけた体を後ろに戻す。少年の背中にはカジキがのしかかっていた。隙を見てタックルでもかましてくれたのだろう。



──そうだ、魔石晶!



 カジキの体の下で動く手足。それなりに鍛えられているだろう成年男性を押し退けられそうなくらいに強い抵抗を示している。ある意味少年らしいエネルギッシュさだけど、本当にカジキを押し退けて抜け出されてしまいそうで、当初の作戦通り魔石晶を取り上げにかかった。



 よくあるのはペンダント型。襟の方から手を入れて、首周りを探ってみる。だけど、それらしい感触がない。



──ない……ペンダントじゃない?



「何事だっ!?」



 後ろから恐らく聞き覚えのない声がした。知らない人が王城から出てきたっぽい感じがするけど、伝令に城の方に戻っていっていたもう一人の門番だと考えた方が自然かもしれない。



「お姉さんが探しているものは……これ?」



 透き通っている。持ち主である少年のように。少年が持っているそれは、混じり気のなく輝いていた。水晶らしき物を、少年は手に持ってゆっくりと掲げる。


 それに目がいっていたら、目の奥を刺激するような眩しい光が一瞬で溢れた。





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