「──ヴァルター君!」
近いのに遠くでソーニャの声がする。馬の蹄が地面を蹴って、こっちに近付いて来ているのがわかった。
でもそっちを見る余裕はない。目の前には害獣と害虫が何匹かいて、襲い掛かってきていたからだ。何匹かは既に地面に転がしてあるけど、まだいる。
「と、せいっ!」
力を込めて剣を振るう。獣の肉に剣が入り込んだ。入り込んだけど、振り抜けない。肉だけじゃなくて、脂とか毛とかが絡みついているのかも。
──うぇ……っ。これ、引き抜いた方がいい?
「伏せろ!」
「へ。あ、私!?」
多分、ヴァルターさんが私に言ったんだろう。咄嗟に体が動いて、剣を引き抜いてその場にしゃがんだ。
そうしたら、後ろでバスケットボールくらいの大きさの虫の体が叩き斬られた。水しぶきでも出ているみたいに体液を飛び散らして、虫が落下してる。遅れて、私が倒した獣がその場に横たわった。
残り二匹ぐらいいたけど、そっちはカジキが倒してくれたみたいで、もう地面にいた。もう敵がいないとわかって、既にヴァルターさんは剣を収めている。
「あの……ありがとうございます」
「気にしなくていい。先を急ごう」
助けてもらったので、お礼を言ったけど助けた本人は本当に気にしていないみたい。さっさと先頭の方へとまた戻ってしまった。
「思っていたより、多い……」
騎士団本部に向けて出発したのは良いけど、さっきから何度も戦闘を繰り返してる。馬車を走らせては襲撃されて止めて、ヴァルターさんを引き止めていた。すっかりソーニャがヴァルターさんを呼び止める役になるくらい。
何とか今のところは対処は出来ているけど、数が多い。そのせいでなかなか進まない。
しかも、次から次に来るから剣についた体液を布で拭ってばっかりだ。布もここに来て結構消費しちゃっている気がする。しかも体液が染み付いた布だから、ダメになっちゃった物になるわけだし。
その分、ここでは素材が結構手に入っている。皮が一番売れるらしいけど、剥ぎ取る時間はなくて一枚も手に入っていない。
「なんか……剣の切れ味も落ちた気がする……?」
さっきの戦い。確かに刺さっていたのに、振り抜けなかった。私の腕力や技術の問題という訳でもなさそうに見えたけど、そうなると剣の問題だ。
ここまでの旅でずっと頼りにしていた剣だけど、ブラックバーンに入ってからの戦闘続きで削れちゃったんだろうか。いやでも、重たくなったような気も。どちらにしても、このまま戦っていくのにこれは危ない。
「ソーニャ、町か何か見えそう?」
前の方に顔を出して、ソーニャに尋ねてみる。私も前方を見てみるけど、見えるのは馬と先行するヴァルターさんと、景色だけだ。
「うーん……そこまで距離的には走れていないし、まだまだ町には着かないかも……」
「そうだよね」
驚くべき事実は返ってこなかった。分かっていたことだから落ち込むよりは、やっぱりという気持ちが強い。
このままじゃ、少年にまた先を越されるんじゃ。
──いや、それを阻止するために騎士団長であるクライトさんがいる。
彼女が先に行ってくれているから、先に少年が着いたとしても迎撃するなり対処してくれるだろう。
「うーん……あとは私達が間に合うかどうか」
解決していたとかだったら、それはそれで良いけど。剣もこんな状態だし。最悪、私は戦力にはならないかも。
向かっている間、ヴァルターさんが戦っているところを何度も見た。
振り払うように、とか。断ち切るように、とか。そういう言葉が似合うような。そんな戦い方で。次々に倒していた。
強い、と思う。どれくらいの強さかとかはわからないけど、でも。確実に言えるのは、手慣れているって事だ。
今回の国であるブラックバーンには、こういう人達が騎士団本部にたくさんいるから、今までよりも安心だろうと思えては来る。
「急ぎだが、町に着いたら持ち込んで売って金に換えた方が良さそうだな」
私が考え込んでいる横で、カジキが呟いているのが聞こえた。こっちに言ったというよりは、私と同じく独り言だろう。
カジキが売ると言っているのは虫やら獣やらを倒して手に入れた素材達だ。今までと違って量が多い。これでも手早くとれるものに厳選しているんだけど。
早く騎士団本部に辿り着かなきゃいけないから、店を出して売る事は出来ない。だからヤムシの針を売った時みたいに、どこか買い取ってくれるところに持って行って売るって事だ。
──時間はないけど……確かに。結構馬車の中も素材で占領され始めてきてもいるし……布とかも新しいのに買い換えるお金もいる。
「戦いが多くて道具類の消耗が激しいし、買うのと売るのはした方が良さそう……」
「ある程度金が入ったら素材の回収はしなけりゃいいしな」
「早く騎士団本部に着かないとですからね」
あくまで騎士団本部に着くまでの旅を万全にするためだ。今回はお金稼ぎじゃない。いや、カジキはお金稼ぎ目的も含まれていそうな気がするけど。だとしても、時間を優先することには変わりないからいいか。