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16-8




 前を走るヴァルターさんを追い掛ける形で馬車がガタゴト揺れる。ここからしばらくは移動だろう。ヴァルターさんが注意してくれたみたいに、戦わなければならない事も多そうだけど。



──あ、そうだ。



 諸々のやり取りで忘れかけてたけど、ソーニャからもらった食べ物を食べよう。紙に包んである餅みたいなやつ。



 ポケットの中に入れていたけど、入れてからそんなに動いていないから崩れていない。

 最初パッと見た時はお餅っぽいと思ったけど、よく見たらお餅というよりはおやきっぽい。中にも何か入っているのかな。



「ん……んん?」



 噛んでみたけど、予想していた食感と違う。もちもちしていないし、具がゴロゴロ入っているような感じもない。ただねっとりはしているかもしれない。


──餅は餅でも……いももちっぽい?


 イモ系を使っているのかも。でもあのイモ特有の味はしない。ほくほく感もあまりない。イモ自体には癖がないけど何か混ぜ込んであるみたいだ。噛むとモロに歯ざわりが変わるからわかる。味自体は酸味と甘味があるような。



──フルーツ、かな? うん、ドライフルーツが中に入れられている。



 何だか不思議な感覚だ。食感としては未知という訳でもないんだけど。ほぼほぼ味はドライフルーツで、でも舌触りと歯ざわりが違う感じ。まずくはない。でも美味しいかって聞かれると断言出来ない。ドライフルーツの味がどっちもハッキリしているからそのせいかも。あと、時々べっとりとイモの生地が舌に張り付くせいか、結構飲み物が欲しくなる。



「イルドリ」

「……ふぁい?」



 水を取り出して、口の中をさっぱりさせつつ飲み下した。そこでカジキに声を掛けられた。私から話しかける事の方が圧倒的に多いから、ちょっとだけびっくりしたけど。何か大事な用事かな。



「お前さんって、剣の手入れセット持ってなかったよな?」



 手入れ一式がある事は知っている。日本刀の手入れも西洋剣の手入れも私の知っている時代と同じかはともかく。そもそも、私自体は特にそっち方面への興味が強いとかではなかったから。

 でも今の時代では武器が身近な分、関連の物の種類も豊富だ。手入れ道具も色々あって、結構売れているらしい。その辺はソーニャの方が詳しいだろう。私は今ほど戦ったりしなかったのもあって、家にあった共有の手入れセットを見た事がある程度だ。数える程度にも使った事はあるかな。



 その手入れ一式道具は──買っていない。ビア国で剣を買った時に、店には一式並んでいるのは見はしたんだけど、少しでもお金を残しておきたかった。正直、専用の拭き道具じゃなくて何かの布とか水で洗い流せば良いと思っていたし。



「……持ってないですけど」



 元々携帯してもいなかったし。カジキみたいに討伐任務とかでよく剣を振り回す訳でもない。そういう人から見たら、呆れるような事かもしれないけど。

 嘘ついても手元に魔法みたいに突然現れる訳ではないので、正直に言った。



「だろうな」



 呆れるでも、バカにするでもない返事だった。ずっと馬車では隣だし、何度も戦っている姿をお互い見ているのだから、当然と言えば当然か。



「急にどうしたんです?」

「騎士団本部までに町かどこかありそうなら、そこで買っておけよ。ブラックバーンだ。安価でも良い物売ってるだろ、きっと」



 確かに、フェロルト前の国で褒賞金としてもらったお金は三人で分けても多かったから、今なら余裕がある。買う事も出来るだろうけど。



「……布を買うだけじゃダメですか?」

「ダメだな。安価でも良いから、出来るだけ一通り揃っているやつを一つ持っとけ」



 今のところ、獣やら虫やらと戦った後はちゃんと布とかで拭いたりしている。それで何とかなっているんだけど、カジキは買うようにの一点張りだ。

 ここまでにビア国やフェロルト国と来て、その間も戦っていたのに。何で今になって言い出したんだろう。思ったよりもこの旅が長引いているからかな。



「まァ……その内わかるだろうが……わかる前に買っておいた方が良いだろ」

「ん、うーん」



 正直、念を押されてもピンとは来ない。だけど、別にカジキだって腕は立つけど剣とかにこだわりは無さそうに見える。五年だって言っていたけど、長い間そういう仕事をしている人な訳だ。

 そんな人が言うんだから、従っておいた方が良さそう。



「わかりました。次町に止まったら買います。……でも、私どれが良いかとかわからないですよ。どれだけの道具が揃っていたら良いのか、とか」

「それは店のやつに聞きゃァいい。お前さんよりはわかってるだろ」



 それは確かにそうだ。

 出来れば実戦の経験者であるカジキの意見も聞いておきたい気持ちが無くはないけど。この感じだったら付き合ってくれるか分からないし、一人で行こう。



 カジキが話し掛けた理由はそれだけだったみたいで。話が終わると、大きなアクビをして体勢を崩した。

 何かもう、そういうのもう今では日常なので、私もさっきのイモを食べるのに戻った。あと半分残ってるけど──味は何とも言えない不思議な感じではあるけど割と腹の足しにはなりそうだ。



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