休憩室を探すと二階にあって、そこで二人は休んでいた。珍しく二人共一緒にいる。カジキの方はテーブルに突っ伏して眠っているみたいだけど。
急いでいるのでカジキの方は叩き起こして、二人にあの後起こった事を簡単に話した。
そして今から協力してあの少年を追うことも伝えると、カジキは私に「良かったな」と言った。多分、好転した事じゃなくて、これはあれだ。クライトさんと行動出来る事に関してだろう。構うのも時間のムダなので、無視しておいた。
「イルドリちゃんは何か食べた?」
馬車に乗るため三人で馬車に向かっていると、ソーニャに声を掛けられた。そういえば結構時間が経っているような気もするけど、何も食べてない。
「食べてない……」
「じゃあ、はい!」
正直に食べていない事を言ったら、手に何か乗せられた。それは楕円形のもので、何だか餅っぽい。ソーニャが頭を傾けて、私の顔を覗き込んで来た。
「二階で売ってたの。種類はあんまりなくて、これもこの種類だけなんだけど……嫌いな味とかだったらごめんね」
「全然! ありがとう」
馬車に乗っている間は似たような保存食ばかりだから、正直ありがたい。こういう普段と違った見た目や食感や味っぽいのは。
これは移動中に食べよう。餅みたいなそれは紙に包まれていたから、ポケットへと今は入れておいた。
「あ」
外に出ると、二頭の馬とそれに寄り添う二つの人影が見えた。クライトさんとヴァルターさんだ。二人は何か話していたみたいだけど、私達が来ると言葉が止まってしまった。そのせいで、どんな会話をしていたのか予測もつかなくなってしまったけど、多分これからの事だろうな。二人の性格からそんな気がする。
「えっと、クライトさん。彼女がソーニャで、彼がカジキです」
「ソーニャです、よろしくお願いします!」
いつも通りの元気なソーニャの挨拶。でも騒がしくはない。
なのに、何故だろう。何だか妙な間が生まれた。クライトさんが、何かを見てる。いやこちら側なんだけど、視線を辿ってみたらソーニャじゃない。目が合わない。私でもない。後ろを見てみたけど、今出てきた建物しかない。というか、そこまで逸れていない。
ということは──カジキを見ている?
「貴殿は……名前から察するに靱魔国の出身か?」
「そーですよ。今はビア国にいるが」
やっぱりカジキを見ていたみたい。カジキに話しかけ始めた。クライトさんみたいな立場の人でも、珍しいのかな。靱魔国の人。
「……では、この国は初めてか?」
──ん? 何だろう、この訊き方。なんだか……体がムズムズする。小骨が引っかかったみたいな感じともいうか。
変って程でもないけど、なんか違和感がある。
「どーだったかなァ。覚えてなくてよ」
そういえば、私ともそんな会話をしていた。ブラックバーンの事は確か噂程度には知っているって事で落ち着いたような。いや、今も言っているように覚えていない、だったっけ。
前にも聞いた言葉だなあ、と。私はそのくらいにしか思っていなかったけど。ヴァルターさんは顔を顰めて。鞘から剣を抜き始めた。
尋問中の二人のやり取りを見ていた感じもそうだったけど、この二人合わなさそう。というか、真面目っぽいヴァルターさんからしたら不真面目なカジキは苦手なんだろうなあ。
「団長、割りますか?」
「こっわ、この騎士君。割るって俺の体を真っ二つにの意味だろ」
別にカジキはおふざけ全開って感じの人ではない。ただ飄々としていて、掴めないって感じなんだけど。だけど、カジキが今している言動はその印象を強くしているような。若干悪ノリしているような気がする。
「民間人に容易く剣を抜くべきではない」
「……申し訳ありません」
クライトさんが止めてくれたお陰で、剣を抜いていたヴァルターさんが剣を収めた。
「失礼した。昔、貴殿を見かけたような気がしたが……」
「あるかもしれねえが……気のせい気のせい」
「そのようだ」
いくら何でもビア国の辺りで仕事しているのに、ブラックバーンで見かけたという事は──いや、まあ今カジキがやっている仕事をやる前だったらあり得るだろうけど。
だけど。世界地図を思い出す限り、船で渡ってたどり着くだろうセルーネや、ビア国の道中にあるフェロルトならともかく、山側にあるブラックバーンで見掛けられたっていうのも確かに変だ。カジキは目立たないようでこの辺にはいないような格好をしていたりするし。
というか、それならクライトさん達ならともかく私たちにも隠しているのは何でだろう。やっぱり今ひとつ分からない人だ。
「私のせいで時間をムダにしてしまったな。急ぎ向かおう」
さっきの話の事を考えていたけど、クライトさんはもう切り替えているみたいだった。本題に入った。
「ヴァルター・デイビーズ」
「はっ」
「私は先に騎士団本部へと向かう。貴公は、
「アイ・アンズ」
ビシッと音が聞こえて来そうな程、勢い良くヴァルターさんが礼をした。
つい動きを見てしまったけど、クライトさんは先に行くんだ。私たちはヴァルターさんについて行くと。
「では。無事に騎士団本部で」
私たちの方を向いて、クライトさんは短いながらも挨拶をした後馬に乗っていった。飛び出すみたいだ。もう見えない。
「他国から来たサらは、理解が及ばぬかもしれんが我が国では害敵が多い。馬車は特に存在感がある分狙われやすい。食物など匂いの発する物が乗っていれば尚更だ。襲撃の際は必ず声をかけるように」
クライトさんが見えなくなると、ヴァルターさんから前もって言われた。確かに、忘れてしまいかねないけど、もし襲撃にヴァルターさんが気づかなかったら彼に置いていかれる事になる。そうしたら、道がわからなくなってしまう。大事な事だ。
頷いておくと、ヴァルターさんは馬に跨った。振り返ってみたら、いつの間にかソーニャがいない。待っていたら馬車に乗ったソーニャが来た。どこかのタイミングで馬車を取りに行ってくれたみたいだ。
私とカジキも馬車にいつも通り乗る。
動き出した馬車を見たヴァルターさんが先行した。
──目指すは、騎士団本部だ。