目を覚ますと、私はジャージだった。下半身に違和感を覚え、ジャージのズボンをずらすと、オムツを履かされていた。そして、私が寝ている場所は世界で一番フカフカなベッドの上だった。
「このベッドで寝るのは、二度目か〜。二度寝しよ」
この場所が公爵家のゲストルームと理解した私は、二度寝してもう少しフカフカを堪能したかったが、この家の住人の声がそれを遮った。
「雑炊さん、目が覚めましなのなら、こちらへ来て欲しいですわ」
薄目を開けて周囲を確認するとフリーダさんの顔があった。ビンタのダメージはすっかり完治して、元の完璧で究極の悪役令嬢フェイスに戻っている。トイレに駆け込んだ後、リザレクションしたんだろう。
「ムニャ、フリーダさん?あれから何時間私寝てたの?私、何でまたフリーダさんの家に?というか、私あの後大衆の面前で漏らしちゃったの?」
「最後の質問については、ご安心なさい。私がトイレを秒で済ませた後、貴女を抱えてもう一回トイレに駆け込んだから、アウト寄りのセーフで済みましたわ。おパンツと制服も、洗濯が終わり次第お返ししますわ」
そっか、『皆の前では漏らさなかった』って事か。それなら、確かにアウト寄りのセーフだ。
「制服とパンツに関してはありがと。でも、他に返す物があるよね?」
「勿論、欠闘の報酬もお渡ししますわ」
フリーダさんがアイテムボックスを使い、おっかさんの杖を取り出し私へ手渡した。
「うわっ、重っ!フリーダさん、この杖って、こんな重い杖だったの?」
おっかさんは危険だからと言って、私に決してこの杖を触らせようとはしなかった。私は、その理由を杖を紛失しない為か魔力が暴走する危険からだと思っていたが、理由はもっと単純だった。この杖、ものごっつ重い。こんなんを持ち歩きダンジョンで戦っていたおっかさんも、フリーダさんも私より遙か上に居る。決勝戦、ウンゴ我慢比べにならなきゃ絶対に負けていた。
「フリーダさん、この杖もう暫くはフリーダさんが持ってて」
「そうはいきませんわ。これは、貴女の勝利の証。欠闘の結果は覆りませんわよ」
「だから、所有者になった私が、敗者であるフリーダさんに貸してあげるって言ってるの!まだ私にはこの杖使えないし、あのオンボロ寮に置いておいても盗まれるかもだし」
「そういう事なら、了解道中膝栗毛ですわ。さて、雑炊さんとの欠闘の結果に関する処理も終わりましたし…改めて大事な話をしますわ。そこに座って聞いて欲しいのですわ」
ベッドに腰掛けていた私が、用意された椅子に座り直すと、部屋の中に人が続々と入って来た。ブーン様にリー君にタフガイに、それから大人が何人も。
「雑炊さん、こちらは私の父ブルーレイ公爵と、ブーン様の父アークボルト辺境伯様、その後ろに居るのは公爵家と辺境伯家の使用人にラオ商会の会長と幹部達、最後にこの方は運び屋組合代表でタフガイさんのお父様ですわ」
「そ、そんなフリーダさんの人脈オールスターが集まって、一体何をするの?」
私はプレッシャーに耐えれず身構える。今のこの部屋、どんなモンスターハウスよりも総合戦闘力が高いと断言出来る。もしかして、私の今までの無礼に対して遂に公爵家が怒って、処される日が来たって事?
「ひょえー!い、今まで色々と失礼な事してすみませ…」
今更無駄かも知れないが、私は椅子から飛び降りてジャンピング土下座しようとした。だが、それよりも早く、私以外の全員が土下座をしていた。
「乙女ゲームのヒロイン様!」
「今まで、監視して!」
「何も知らないフリを続けて!」
「この一年ずっと辛い目に遭わせて!」
「転生者の事とかも見て見ぬフリを続け!」
「「「「「本当に申し訳ありませんでしたあああ!!!!!」」」」」
一体、ナニが起きてるんだ?
謝るべきは私の方なのに。彼らさ何を言ってるんだ?
知ってた?何を?知らないフリしていた?何を?
「あの…」
私は、土下座 の姿勢で固まっている人達に恐る恐る話し掛けたが、彼らは皆プルプル震えているだけだった。いや、怖いのはこっちの方なんですけど!?
「何?この状況何?」
「僕から説明しよう」
突然、土鍋からドナベさんが出て来て、私達の前で実体化した。
「お、お前は二回戦で戦った変態忍者ボンゴレ!こんな所で何してるの!不法侵入だよ!」
私は咄嗟のアドリブで、ドナベさんの存在を誤魔化そつとしたが、ドナベさんは右手を私の顔の前に出してアドリブを制した。
「いいんだ雑炊。もう、そんな誤魔化しはいいんだよ」
「え?」
「ここに居る皆は、ずっと前から僕の存在を知っていたから」
「え?え?」
「四月の対抗戦の時点で、僕と彼女はグルだったって事さ。だよね、フリーダ?」
「ええ。そして、私は転生者なので、原作と違って悪役令嬢的行為は一切してませんわよ」
「ええー!?」
ドナベさんとフリーダさんの自白により、私のこれまでの積み上げてきた一年間が音を立てて崩れていった。
「この世界が乙女ゲームである事、君がヒロインである事、世界の運命は君次第な事、僕が妖精グロリアに代わりアドバイザーになっている事、それは全部この場に居る人達に共有された情報だったったのさ」
「付け加えると、私とドナベさんという二つのイレギュラーにより、原作がかなり改変されてしまいましたわ。ですので、この一年は雑炊さんが悪い方に進まない様に見守りつつ、これ以上の歴史の変化を防ぐ為に秘密を貫いてたのですわ」
言われてみれば、フリーダさんの色彩感覚がドナベさんと同じだったり、隠しダンジョンを先回りして攻略していたり、フリーダさんが転生者だというヒントは結構あった。でも、そんなの気付けるハズが無いよ。
「二人ともちょっと待って。頭の中、整理するから」
私はここまでの話を何とか理解しようとする。えーと、つまる所、うーんと…。
「フリーダさんは倒さなくて良いって事?」
「その認識で合ってるよ」
散々、『君は悪役令嬢を倒さなきゃならないんだ』と言い続けていたドナベさんが今更そんな事を言うのは本当に腹が立ったが、フリーダさんと殺し合わなくて済みそうな嬉しさが上回った。
「よ、良かった〜。私、フリーダさんと友達になれるんだ。もうお互い隠し事無しで仲良く出来るんだ…」
思わず涙が溢れる。今日の告白は色々と面食らったけれど、フリーダさんが味方確定ってだけで全部許せた。
「フリーダさんもドナベさんも事情があってこんな事をしてたんだよね?なら、私も保身の為にドナベさんの事を秘密にしてたしお互い様!謝るのはナッシングだよ!」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが…、実はまだ二つ黙っていた事があるのですわ」
「え?何?もう、何を言われても驚かないよ。言っちゃえ、言っちゃえ」
私が催促すると、フリーダさんはこれまで以上に慎重に語りだした。
「まず一つ目ですが、貴女に前転を教えたごるびんは、私が死体の中に入っていたのですわ」
「そうだったんだ。ありがと!」
私はかなりの衝撃を受けたが、二人の恩人が同一人物だったのは良い事だと思い感謝を告げた。
「それと、もう一つなのですが、えーとですわね、そのー」
「なになに?早く言ってよ。ここまで来ると、逆に楽しみになって来た!」
「貴女のお母様は、魔王と融合して別次元で眠ってますわ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中でプツンと何かが切れた。ドナベさんが言っていた魔王とおっかさんが声優が一緒という話を思い出し、全てを理解した私の目からは赤い涙が流れていた。
「お前ら…それを早く言えやー!」
「ヒイィィィ!やっぱり怒りましたわー!でも、再起不能な落ち込み方じゃ無くて良かったですわー!」
私は悪役令嬢からおっかさんの杖を引ったくり、鈍器として力一杯振り回した。二十万詐欺したメガネも、全て知ってて黙っていた癖に上から目線で説教した筋肉も、圧倒的レベル差でマウント取ってきた金髪も、転生者の言いなりになって責任逃れしていた大人どもも、この状況を安全圏から楽しんでいたに違いない土鍋の化身も、全員叩きのめした。彼らはその気になれば私を止める事が出来ただろえが、私への罪滅ぼしのつもりか、一切反撃と防御もせず、私が疲れ切って動かなくなるまでしばかれ続けていた。
魔界のおっかさん、お元気ですか?私は二年生になり、その途端とんでも無い現実を突き付けられました。でも、私はこの人達と協力して、おっかさんを救いたいです。それは、きっと大変な道のりなのでしょう。でも、この世界の歴史が色々と変わってるのなら、私はおっかさんを救えると信じています。