「こんにちは、僕ドナベさんです。人類は滅亡する!」
「な、なんだってー!」
私の名前はカトリーヌン・ライス。王都にある冒険者学園の二年生。
実力主義の学園に補欠合格した私に与えられた住まいは築数百年のオンボロ寮だった。そして、そのオンボロ寮の土鍋から現れた転生者ドナベさんの言葉で私の人生は一変した。
「この世界は乙女ゲームで、君はゲームのヒロイン。君がハーレムエンドを迎えて悪役令嬢を倒さないと王国に未来は無いよ」
「そいつはてぇへんだ!」
ドナベさんにこんな事を告げられた私は、乙女ゲームマスターであるドナベさんの攻略情報を参考にしてチートな攻略を目指すけれど、この世界はドナベさんの知ってるゲームと微妙に違うので、攻略法の多くは失敗に終わってしまった。
でも、私達の失敗の原因はそれだけじゃ無かった。
「ホーッホッホッホ、前世の知識を使って、何としても死の運命を乗り越えますわよー!金髪、メガネ、脳筋、明るい未来へジェットストリームアタックですわ!」
「「「アーラホイサッサー」」」
何と、悪役令嬢のフリーダさんが前世の記憶を思い出して、ドナベさんと私が出会うよりも五年も前からゲームとは別の行動を取っていたのだ。その結果、ストーリーは歪みまくって、死ぬはずの人が死なず、味方になるはずの人が悪堕ちしたりしていた。おまけに、私のハーレムメンバーになるはずの三人は全員フリーダさんの味方だ。詰んだ!
だけど、フリーダさんが悪役令嬢にならなかった事で歴史はかなり良い方へ動いているのは間違い無いみたい。人々を守る為に行動を続けてきたフリーダさんと私は次第に仲良くなっていく。
そして、年度末の大会決勝で私達は激突する。
「行くぞ悪役令嬢ー!」
「来るが良いですわヒロイン!」
この戦いは僅差で私が勝利。その後、遂に私とフリーダさんは互いの秘密を全て暴露し本当の友達になれたのだった。
そして、その時に私のおっかさんが魔王と同化してラスボスとして立ちはだかる事まで教えられた。とてもショックだったけど、歴史が色々と変化しちゃってるし、攻略法を知ってる転生者が二人も居るのだから、おっかさんを助ける方法はきっとある。そう信じて、今日も私はヒロインロードをひた走る!
さあ、二年生になった私が大活躍する第二部スタートだよ!
「駄目だー。もう無理。ドナベさん、タスケテ」
二年生になってはや一ヶ月。私は現実の厳しさに耐えきれず、寮の学習机に突っ伏していた。
「雑炊、一年生の終わりに見せたあの決意は嘘だったのかい?」
「嘘じゃないよ。でもさ、好感度が!上がってる気がしないの!」
あの日、全てをネタバラシされて、フリーダさんが完全協力を約束してくれた後、私達が真っ先に取り組んだのは、ハーレムルートを進行させる事だった。
ハーレムと言っても、原作では結婚の約束とかもしてないし、好感度がマックスになったり、個別エンドを迎えても両思い止まり。このゲームは全年齢向けかつRPGの比重が大きいので、恋愛はそこまで深掘りされていないとの事。言葉の意味は分からんが、仲良しこよしでオッケーなのだそうな。
フリーダさんからも、『ブーン様とは、ハグまでは許可しますわ。残りの二人については、研究馬鹿と筋トレ馬鹿で彼女とかも居ませんからご自由に』と許しを得ていたので、春休みの間も、二年生になってからも毎日三人にアタックしていた。だけど、反応がどうも良くない。
「すまないが雑炊、お前を愛する事は出来ない。いや、分かってる。私とお前が愛し合わないと世界が危ないのは分かっている。だが、フリーダ以外の女性を愛する事は私には出来ない一ミリも出来そうにない」
ブーン様は既にフリーダにメロリンキューだった。
「ドナベさん!ドナベさん!これ、貴女のアドバイスを元に作った新薬です!雑炊さん、ちょっと鼻つまんでコレ一気してみて下さい。ドナベさん、それでですね、今日僕が聞きたいのは…」
リー君は、私と会う時は大体ドナベさんとばかり話をしていて、私の事は完全にオマケ扱いだ。
「んー、取り合えす今日も一緒に筋トレしてメシ食うか!ほら、雑炊の貧相な体格を改善する豪華メニューだぞ!金はフリーダさんが出してくれるから心配すんな!」
タフガイとは会う度にトレーニングしているが、そこから色恋に発展する気配が全く無い。
「…という感じじゃない!あいつら世界の危機が迫ってるのに、全然グイグイ来ないの!何で!」
「何でだろうねー」
「リー君に関しては、お前が原因じゃーい!」
私はドナベさんのホッペタを限界まで引っ張る。
「何でお前がリー君と仲良くなっとるんじゃー!」
「あだだだだだ!リーは、知識系イベントをこなすと好感度上がるからね。このゲームをマスターしてる僕を好きになるのは仕方無い…あだだだだ!」
相変わらず、ドナベさんにダメージは無さそうだが、際限なく伸びる顔面を見ていると多少は気分が晴れた。
「というか、私がヒロインなら簡単に三人共好感度上がるはずでしょ。しかも、私とラブラブにならないといけない事まてお互い知ってるのに」
「それだよ雑炊」
「へ?」
「乙女ゲームのヒロインがモテるのはね、周りと違う珍獣だからなんだ。純粋な可愛さだとフリーダやプツンより下の君が原作でハーレムを築けたのは、君が『おもしれー女』かつ、世界の危機を共に救った際の吊り橋効果によるものなんだよ」
えーと、つまり私の存在が完全に明るみにされていて、世界の危機も、おっかさんを救う方法を探す以外はほぼ解決している今は、私にキュンと来る要素が皆無って訳か。
「成る程、つまりはフリーダさんとドナベさんが悪いって事じゃん」
「否定はしないよ。それに加え、今の状況って『お付き合いする事を前提としたデート』じゃないか。この時点で実質お見合いになっちゃってるよね?乙女ゲームヒロインは自由恋愛してナンボだよ」
「なお、全部ネタバレしている以上、偶然の出会いもクソも無い模様」
「そんな感じだね。ハッハッハ」
私は土鍋を暖炉に放り込んで火を付けた。
「やめてー!熱くは無いんだけど、ススまみれになっちゃうー!」
「ねえドナベさん、好感度上げないとマジでハーレム無理なんだよ。もっと真剣に考えて」
「いや、だから真剣に君と三人をくっつけようとすると、逆に乙女ゲームから遠のいちゃうんだよ。本来なら、とっくに好感度上がってハートが半分はピンクになってるはずなのに、それも無いだろ?うわっ、ススが内側にも入って来た!」
ハート?ここに来て私の知らない新たな要素が出て来た。
「ドナベさん?ハートって何?」
「え?前に言っただろ?」
「いや、初耳だよ?」
私は火箸を使って土鍋を暖炉から出しながらドナベさんに聞いた。
「で、ハートって何?」
「簡単に言えば、外付けでアナログなステータスオープン」
全然簡単じゃ無い。何言ってるんだコイツ。
「もっと詳しく話して」
「好感度は、プレイヤーに明かされない内部データだからね。仮に君がステータスを見れたとしても正確な数字を知る事は出来ない。でも、ある程度の目安は分かるようになっている。それがハートだ」
ドナベさんは土鍋についたススを使い、床に真っ黒なハートを書いた。
「攻略対象との会話や一緒に冒険する事で好感度が高まった場合、攻略対象の頭の上に大きなハート型の器が現れる。それでね」
ドナベさんは床に書いた真っ黒なハートに指を置き、ハート下の方からススを払っていく。
「好感度が上がっていくと、こんな風にハートの器が下の方から少しずつビンク色になっていくんだ。そして、ハートがてっぺんまでピング一色になると…」
「好感度マックスって事なんだね!」
「そーゆー事!君は卒業までに三人の頭の上にピンク色のハートを完成させれば良いんだ」
ハートが何なのかは分かった。でも、それが分かった事で新たな疑問が生じたので、それもドナベさんに聞いてみた。
「そんな大事な事なら、さっさと教えろ」
「最初に攻略対象にハートが出現した時に、ホンワカパッ波するつもりだったんだよ。でも、今に至るまでハート出現の第一段階にすら辿り着かないとは思わなかった。そのせいで教えるのをすっかり忘れていた訳さ」
「つ、つまり、好感度の目安を知る必要すら無いぐらい、今の好感度は低いって事なんだね。シクシク」
結局何一つ前進して無い悲しい現実に涙しながら、私は床に書かれたハートを雑巾で拭き取った。
「こうなったら仕方無い。もう乙女ゲームテンプレで両想いになれないのなら、雑炊は三人の好みのタイプに変身するんだ!」
「え、今更?」
「君の大幅なイメチェンは原作ブレイクの危険がピンチなので清潔感を高めるに留めさせていたけれど、もう、何もかんも違うからね。原作のカトリーヌンに拘る事でバッドエンドに近付いてる現在、もう君をイメチェンするしか無いんだよ!」
こうして、私はタイプの違うイケメン三人から好まれる存在になる為の努力をする事になったのだった。
魔王との決戦イベントまで後一年と十一ヶ月。